どんぐり1号のときどき日記
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2008年03月31日(月) ユキが降る

 まさか雪が降るとは思わなかった。
 積もるような雪でなく、みぞれ状態ではあるが、一時はかなり雪の量が多く非常に寒かった。

 という訳で、全国的に月末である。2007年度末の会社も多いだろう。うちもそうなので、なかなか大変な一日であった。
 でも相変わらず支店長などはそそくさと飲みに行く(もちろん会社の金だ)。実際この支店の酒好き連中は、傍から見ていると異常である。

 ところで、揮発油税の暫定税率維持を含む歳入関連法案の年度内成立が絶望的になった訳だが、福田首相は素直にわびたそうである。ある筋によれば、福田首相は麻生次期首相へのつなぎに徹していると言われているが、確かにそう考えれば彼の言動の根拠が見えてくるから、あながち大きく外れている訳でもなさそうだ。
 もしこれが間違いなければ、何があろうと福田は来年の任期一杯まで首相の座を降りない可能性が高くなる。麻生への花道を作らなければならないからだ。実際、自民党の総裁を持続させるという枠で物事を考えている節は、確かにある。そのためには人気を落としてでも次へつながる戦略が必要になってくる訳で、もし本当に次期首相の事をメインに考えた政策をとっているのなら、それはそれで凄い事である。
 ただし庶民にはかなり迷惑な話だが。

 それに比べて民主党の小沢はどうしたのだろう。例の大連立をよりによって内部から妨害されてからというもの、行動パターンがおかしくなっている。単純に言えば何も考えずに行動している。
 昔の小沢は駆け引きがとにかく上手く、ごり押ししているように見えても引き際が絶妙で、恐ろしく無茶な事をやっているようでいて最後は上手くまとめてしまうあたりが、天才的と言われていたものだ。
 それが現在は戦略のかけらもなく、後先を何も考えていない。考えていないように見えるのではく、本当に何も考えていないとしか思えない行動をとっている。もはや政治をかく乱する事しか考えられないほどに疑心暗鬼になっているという事なのかもしれない。
 それでも誰も彼を止められない民主党というのも、お笑いだ。このままの野党では、いない方が遥かにましであろう。

 人間には才能のピークというものがある。どれだけ才能を発揮した人間でも、能力自体は徐々に落ちていき、結局最後は人的ネットワークを利用して権力を駆使するだけになる。
 つまり周囲が権力と能力を区別できなくなるから、その集団はダメになっていくのである。


2008年03月30日(日) ウインドウ・ショッピング

 駅前の本屋に行く。
 色々と立ち読みして、結局買ったのは「クラッシュ/J.G.バラード」と「続 オーディオ常識のウソ・マコト」の二冊のみだった。いつもながらビンボである。ちなみに探している本もあるのだが、見つからなかった…。

 前者はクローネンバーグの手によって映画にもなり、バラードの最高傑作という声も聞かれるほどの出来らしく、元々買う予定でいた本だが、とにかく文庫でバラードの作品が買えるのは喜ばしい限りだろう。
 まだ生きてるから難しいだろうが、そのうち全集を出して欲しいものだ。
 後者は、この著者の14年前に出た前作がかなり信頼の置けるオーディオ本だったので、今回も買ってみたのだった。
 ちなみに前作のどこで信用したかというと、「電源プラグの金属部分の材質を変えて音を良くする商品」を、きちんと否定した部分だった。そもそも送電された電気は様々な回路を経て家庭に入ってくるので、本当にピュアな電源(そんなものがあるとして、の話である)が欲しいなら、自分で一から発電しないと不可能なのである。そして回路が介在する限り、現状より音を良くするような電源などありえないのも確かな事実で、そういう部分を指摘しているのだ。木を見て森を見ず、と。
 いずれオーディオもかなりトンデモな商品が多いので、こういう本も必要なのだ。

 ちなみにテルミンの教則本が売られており、練習用CDなる物が付いているためかちょっとばかり高いので今回はパスしてしまったが、教える人がいない地方都市では貴重な存在になるのかもしれない。ちなみに著者の佐藤紗恵氏は竹内正実氏に師事した人との事なので、マコさんの系列という事になるのだろうか。
 近いうちに買ってみたい本だ。

 そして帰り道、中古PCの店やミニカー・ショップを覗きながら歩いて帰ってきたのだが、なんと某プラモ屋でマルシンの「エクセレントHWブローニングM1910」を見つけてしまった。ただしここは定価販売の店なので、少しばかり悩んでしまう(アマゾンで安売りしている「ウゴウゴ・ルーガ」のDVDボックスより高い)。
 しかもタナカのモデルガン「グロッグ17」も置いてあるのだ。非常に小さいのに変な店である。
 そういえばここは、去年イングラムのモデルガンを売っていたのだった。誰が買ったのかは知らないが、奇特な人もいたものである。

 それにつけても、金の欲しさよ…。


2008年03月29日(土) マテバ、グロッグ

 今日も仕事の鬼、ごっこ。
 年度末だからなんとなく慌しいのだが、土曜日とは言え支店長以下、営業が皆ヒマそうにしているのが不思議だ。本来の仕事が判っているのだろうか。

 そんな夜に、マルシンからリリース予定のマテバの情報を見る。
 いろいろな筋の情報では、販売スケジュールからすると現時点で試作は完成している可能性が高いとの事である。確かに開発状況を順次リリースするなど、今まで一度もなかった事で、つまり夏に攻殻機動隊の新たなイヴェントと同時の仕掛けの可能性もあるという事だ。
 もっともガンスリンガー・ガールのP230が、限定とは言えリリースされて売れているのだから、マンガ、アニメの影響は無視できないというだけの事かも知れない。
 でもマテバなんて銃、マニア以外の誰が買うというのだろう。

 ちなみにyoutubeでは「Mateba 2006M and 6 Unica」で検索すると引っかかってくるが、やはり本物の金属音は良い。これだけは現在のプラ中心のエアガンでは絶対に出せない部分であり、かつ我々の世代が最も馴染んでいた部分でもある。
 そしてこの映像では、途中から猫が乱入してくるところが妙におかしいのだった。

 なおこの過程でグロッグ17のフル・オート・モデルのシューティングも引っかかってきたのだが、流石にピストル・タイプのフル・オートは凄い。回転が比較的速いので、まさにカートのシャワーである。
 この時のモデルはすべてロング・マガジンを使用しているが、中にはロングマガジンとMG42のようなドラムマガジンを併用して296発の連続オートをしているのもあった。
 しかしこのフル・オートの射撃シーンで共通している事がひとつある。全員がとにかく射撃中はシリアスなのだが(当然ではある)、撃ち終わって振り向くと全員がニヤッとするのだ。いたずら坊主がやるような、あれだ。本当に楽しそうにニヤッとするのである。
 やはりフル・オートのグロッグは「男の子のおもちゃ」なのだろう。そもそも実戦には向かないのだから。


2008年03月28日(金) 送別会、の予定だった

 同じグループの一人が他グループへ異動となる。どんどん人を減らしてどうするのだろう。

 まあそれはともかくとして、今日はその送別会となる、予定だった。だが親戚に不幸があって急遽不参加となってしまった。不幸事では仕方がないが、そこで中止とせずに宴会にしてしまうところがこの会社の特徴だ。どうせ二週間後には新入社員がくるのだし、後日まとめてやっても良さそうなものだ。
 やはり会社の宴会は、それほど面白いものではないし、疲れるだけなのだ。

 ただ今回少しばかり驚いたのだが、かなりの人が私の年を勘違いしているようだ。うちの会社は社員コードから簡単に年齢が判る仕組みになっている。だから年が知りたければ誰でも閲覧可能なグループウェアの社員データベースを見れば良いだけなのである。そもそも普通は同じセクションの人間の年くらいは知っているものだとはかり思っていたのだが、どうも違うらしい。
 これが判ったきっかけは、例によって昔MGCにいた事のある人と話をしていて、この人とは二つしか違わないのだから話が合うので盛り上がっていたのだが、どうもこの光景が不思議だったらしい。しばらくして女性陣(と言っても二人だが)から年齢を聞かれてしまったのである。
 転勤してきてからは、会社の人とあまり年の話はしたくないので「仲間内でも年齢不詳で通しているので秘密だ」と言っておいた。彼らにこちらから年齢を教える気はまったくない。
 もちろんMGCにいた人は、話の内容からこちらの年齢は判っている。以前「この話が判るという事は××歳位のはずだ」とほぼ正解していたのである。

 しかし女性二人が目の前にいても、それほど楽しくないというのも困ったものである。彼女たちは話題の範囲が著しく狭い上に全く物を知らないのだが、それでいて聞き上手でもない。彼女たちに限った事ではないのが恐ろしいが…。
 疲れるだけの宴会である。


2008年03月27日(木) ロジャー・ディーンのロゴ

 ストレンジデイズから100号記念のTシャツが届いた。ロジャー・ディーンがロゴを描いた黒のシャツだ。
 これは着てみたいが、ロゴ部分の強度とシャツの素材の問題で、多分一度か二度しか着る事はできないだろう。洗濯したらアウト、という感じである。まあ全員プレゼントだから、こんなものだろう。
 とにかく日本の雑誌の依頼でロジャー・ディーンがデザインをしたという事が重要なのだから。

 ところで。
 昔MGCからS&WのM59とM39のモデルガンが出ていた。M59はダブル・カラムで装弾数は15+1、M39はシングル・カラムで8+1である。M59は持っているが(散々遊んだのでボロボロである)、当時からかなり分厚くて握りにくい銃だと感じており、友人のM39を持った時は「やはりシングルカラムの方が薄くて握りやすい」と思ったものだった。
 だが驚いた事に、実はどちらもグリップ外周が同じなのだという。単に形状が違うのである。

 結局、大型拳銃に分類されるガヴァメントがあれほどグリップしやすいのは、ひとえにその形状の絶妙さにあるという事だ。やはり銃器のグリップは、サイズより形状の方が重要なのである。
 たかがモデルガンでも、そういう事が良く判るあたり、日本のメーカーは優秀だった証拠だろう。


2008年03月26日(水) もう就職試験終了

 そろそろ雑誌がいろいろと発売されているが、なかなか本屋に行けない。近所から本屋が一掃されたのと、帰りが遅いためである。困ったものだ。やはり歩いていける範囲に本屋がないと、自分がどんどんバカになっていくのが判る。
 義務感とかではなく、楽しく読むだけですらこれである。書店が消えていく事と文化の消失は同義なのだと思ってしまうのだった。

 ところで昨日、会社で採用試験の面接があった。
 時期的に変だと思ったら、これがなんと来年の卒業生の試験だった。筆記はすでに2月には終わっていたとの事で、就職戦線は卒業の一年前には終わっていたのである。これではの大学生はダメになる一方なのだというのが良く判る。まじめに4年生を勉強して過ごすのは、特に文科系では少ない。
 若者をダメにしているのは、こういう環境を作っている社会の大人たちなのである。

 しかし私の場合、大学の勉強が面白いと感じたのは3〜4年生の時だった。それまでの勉強とは違って、自分たちが主導となるので、テーマも調べ物もすべて自分たちで考えて行っていた。今のようにネットもなかった時代だから、すべて自前の足で稼ぐしかなく、だからこそ人との差もつけやすかった。
 でも当時の自分を振り返ると、結構色々な情報網を持っていたが、あれはどうやって構築していたのだろう。意外と不思議な事ではある。友人付き合いの部分も多かったし、色々な店を通しての情報もあった。図書館などの施設からというのもある。今よりずっと情報網は充実していたような気がする。
 こうして色々な情報を集めるというのも楽しかったが、とにかく自分で考え行動するという事が楽しく、それが勉強の一部だったのだからやはり楽しいものになるのも当然だ。
 だから大学後期の勉強というのは本当に楽しかったのである。

 今の大学生は、そういう体験をしているのだろうか。人事ながら心配になってしまう。


2008年03月25日(火) またも無能

 23日に茨城県土浦市のJR常磐線荒川沖駅周辺で起きた連続殺傷事件では、土浦署捜査本部の不手際、もっと率直に言えばミスが被害を大きくしたようだ。
 そもそも駅近辺で無線を持たずに何をしようとしていたのだろう。実際に最初の捜査官が取り逃がしており、そこで無線があればここまで被害者が大きくなる事はなかったはずだ。
 特に捜査本部側の「無線のイヤホンは、容疑者の目につく可能性があるのでやめた。逮捕を優先した」という言葉に大いに問題がある。つまり彼らは「逮捕を優先した」のであり「被害を食い止める」事は考えていないのである。そして実際には取り逃がして死傷者を出した訳で、はっきり言えば無能である事が招いたミス以外の何物でもない。

 そんな無能をさらしたために、警視庁は各県警本部に「適切な捜査員配置、状況に応じた捜査員の拳銃携帯などを求めた」そうだが、こんな人ごみでの拳銃携帯など、ろくな射撃訓練をしていない日本の警察官にとっては全く意味がない。人ごみで撃てるだけの技術はないのだし、そもそも犯人側に奪われる可能性もある。とにかく日本の場合、特殊部隊以外の警察官が人ごみの中で銃を携帯するのは、あまりにも危険だ。
 今回の事件では、警官が銃を持っていたところで何の役にも立たなかったのは明白である。本当に最近の警察組織はレヴェルが低くなったもので、これでは犯人を刺激して被害を大きくしているだけだと言われても仕方がない。実際に取り逃がしているのだから。

 まあそれでも例によって「操作に著しいミスはなかった」と責任逃れの発表をして終わるのだろう。自分たちに責任はないから、被害者は加害者に損害賠償請求すればいい、という考えでしかないのだ。結局被害者は無駄に死んだり怪我をした事に、当の警察が気づいていないのだから、犯罪の抑止などできるはずもないのが実情である。

 警察は事件を事前に食い止める事はできない。もっともストーカー事件のように、本来は可能であっても絶対に行わないが、それでも事件が起きてしまったら、全力で速やかに収束に向かわせなければならないのだ。それが本来の仕事なのに、今回のように拡大させてどうする。
 もう呆れるしかない。


2008年03月24日(月) 借りるか買うか

 今日から3日間、監査である。私の場合、今回は少ししか関係しないから気楽なものだ。

 そんな今日、驚いた事に会社で「冒険者たち」が大好きだという人がいた。もちろん私より少し年上で、それほど熱心に映画を見るというタイプではないので意外だったが、話してみると若い頃に結構見ていたようで、「ゾンビ」や「オメガマン」も知っていた。
 ただ、「冒険者たち」は年に数回見ているというほど好きなのだというが、驚いた事にソフトを持っている訳ではなく、図書館で借りてくるのだという。しかもビデオ・テープで…。
 そこまで好きで何度も見るのなら買った方が絶対に良いと思うのだが、何故か買わないのだそうだ。もしかして一般人という人には、映画ソフトを買うという感覚がないのかも知れないと思ってみたりする。
 確かに一生に2〜3回しか見ないというなら別に買わなくても良いかもしれないが(私ならそれでも買う)、仮に年2回見ていれば、10年で20回である。いかに図書館がタダといっても、これなら買った方が面倒もないし好きな時に見られるから良いと思うのだが。
 でも珍しく会社でアラン・ドロンの話題で盛り上がった。雨でも降らなければ良いのだが…、あ、降ってるのか。

 ところで全然関係ないが、会社で「金の微糖」なる缶コーヒーをもらったので飲んでみたのだが、これが実に甘い。これで微糖なのだろうか。
 昔から缶コーヒーの甘さは異常だと思っていたが、少しだけ甘いというタイプはすぐに市場から消えてしまうし、かといって無糖の缶コーヒーという物は異常に不味い。あれだけ不味いから甘くしてごまかすしかないのだろうと思ってしまう程に不味い。
 だから缶コーヒーはほとんど飲まないのだが、微糖といいながらここまで甘いという事は、やはり甘くしないと売れないシロモノなのだろう。
 実際のところ、缶コーヒーというものは本物のコーヒーとは全くの別物だ。何をどうやってもコーヒーの味には程遠いのである。


2008年03月23日(日) 散財な日

 午前中に、密林から川井憲次作品が届いた。
 「KENJI KAWAI CONCERT 2007 CINEMA SYMPHONY」
 「K-PLEAURES〜Kenji Kawai BEST OF MOVIES〜CD-BOX / 川井憲次」

 そして受け取ってすぐに、駅前までCDを買いに行った。
 「天空の音楽 / マイク・オールドフィールド」
 「Red flaction / MELL」

 なんだか一気に揃ってしまったが、ほとんどが去年発売予定だったのにここまでずれてしまったのである。なにも一気にという感じだが、とりあえず午後はこれらを見聞きした訳である。

 「KENJI KAWAI CONCERT 2007 CINEMA SYMPHONY」
 昨年11月に行われた川井憲次による初コンサートを収録したDVDである。これは観に行きたかったが当然のごとく無理だったので、DVDのアナウンスがあった時に迷わず予約したのだった。
 しかし実際に見るとかなり感動的だ。もともとが映画のサントラなので、ライヴでの演奏はまったく考慮されていないため、ライナーノーツを読んだだけでも、おちゃらけて書いてはあるがかなり苦労した事は良く判る。多分これと同じ規模でのライヴは、少なくとも地方都市では不可能だろう。練習場所の確保がまずできないし、ペイするだけの観客動員も望めないからだ。もっとも、ライヴを想定しないからこそ良いサントラが作られているのも確かである。せめて自分でベスト盤を作って楽しむとしよう。
 ところでドラムやパーカッションなどのリズム・セクションが活躍しているパートを見ていると、どうもマイク・オールドフィールドのネブワース・ライヴとダブってしまう。1980年代前半のマイク・オールドフィールドはかなりリズム・セクションが面白いのだが、それと同じように興奮してしまう。やはり私が川井作品を好きなのは、琴線に触れる部分が他のアーティストと同じ部分があるからなのだろうと納得してしまう。いずれ楽しいライヴである事は間違いがない。
 そして川井氏本人によるライナーノーツも、久々だかとんでもなく楽しい内容に仕上がっていた。

 ただ苦言もある。ライヴに「リング」の曲は合わないとだけ言っておく。ゴブリンなどと違って、元々が映画にのみ合わせて聞く事を前提にしていないので、それのみを単独で聞いても面白くはないのである。
 それとメイキングがネットで公開されているが、なぜDVDに入れなかったのか。私のような古参のファンはそういう部分も好きだし、それを含めて川井憲次のファンなのである。

 「K-PLEAURES〜Kenji Kawai BEST OF OVIES〜CD-BO / 川井憲次」
 こちらはCDのボックスで(当然定価である)、川井憲次のベスト盤3枚組だが、基本的に欲しい曲はほぼオリジナルで持っている。それでは何故買ったかというと、これが川井憲次作品初のSACD仕様だというのと、入手できなかった「KILLERS」からの曲が入っているからに他ならない。つまり基本的にはこの一曲のために10,000円強という金額を出しているに等しい、大ヴァカもんである事だよなぁ。
 しかしこのボックスはいつものCDサイズではなく、DVDのいわゆるトールボックス・サイズであり、しかも持った感じが妙にフニャフニャしている。変だと思ったら上記のDVDを入れるスペースが確保してあるためだった。私のように迷わず両方買った者にとっては問題ないが(むしろ嬉しい)、CDだけ買った人は困るのではないだろうか。モンティ・パイソンの時のようにハード・ケースならともかく薄い紙のケースである。これはファンなら両方買え、という戦略なのだろう。
 いずれなかなか楽しい選曲だし、荒川氏による曲目解説も楽しい。

 「天空の音楽 / マイク・オールドフィールド」
 ようやく発売された彼の新作アルバムCDである。川井憲次ボックスと同様に、こちらも11月くらいの発売予定がここまでずれ込んだのである。
本当は輸入盤にしたかったが、店を回ったら国内盤しかなかったので、諦めて買ってしまった。デビュー時からのファンをしているので今更ライナーノーツなど必要ないから、ここで1,000円の差は大きいのだ。
 しかしオープニングはなんとなく「チュープラー・ベルズ」を意識させる作りだ。もともとのコンセプトは「もし今回が最後になるとしたらどんなアルバムをファンは望んでいるか」というものらしく、やはり彼は一作目の呪縛からは逃れられないということなのだろうか。
 ちなみに全体を通して聞いた感じでは、平凡だ。オーケストラの指揮にカール・ジェンキンスを起用した事が悪い方に出たとしか思えない。一般の人には良いかもしれないが、昔からのファンには「何かが足りない」と感じてしまうのである。
 ただ今回からレーベルがクラシックやジャズ専門のところに移ったらしく、最近の彼としては珍しくクラシック寄りの作りになっている。これが以後のアルバムにどう生かされていくのか、楽しみではある。

 しかし店で見て驚いたのだが、今回のアルバムは新譜コーナーに10枚以上置いてあった。前作は少なくとも新譜コーナーには置いておらず、自身のコーナーですら数枚だった。この差は何なのだ、と思ったが、やはりカール・ジェンキンスの名前もあるのかもしれない。
 いや、よく考えたら前作の「Light+Shade」は国内盤が出ていなかったのだ。これでは扱いが違うのも当然ではある。当然ではあるが彼の新譜が大量においてあるというのも、ここ20年くらい見た記憶はない。珍しく販売会社が力を入れているという事なのか。

 「Red flaction / MELL」
 これはほとんど買う事などないCDシングルなる物だ。
 ちなみにあの「ブラック・ラグーン」のオープニングで使われた曲だが、サントラに入っているのはTVヴァージョンなので、こちらを買ってみたのだった。まあyoutubeでも見る事はできるが、なんとなく、である。
 しかし歌詞はすべて英語なのだが、歌詞カードを見ながら聴いても「この単語をこう読むのか?」と、ほとんど空耳状態になる。いろいろ声を加工しているせいもあるのだろうが、やはり変だ。


2008年03月22日(土) 復活、だそうな

 なんだか久々に土曜日に休んでいるような気がする。まあ仕事はたくさん残っているのだが、よしとしよう。

 とりあえず午前中に本屋へ行き、映画秘宝を買ったのだが、中にとんでもない広告があった。なんとあの「宇宙船」が復活するのだそうである。
 普通、雑誌の休刊というとそれはまず間違いなく廃刊を意味していた。トラブルを別にすれば一般的には採算が取れないから休刊する訳で、それが復活する事はまずない。自分で知っている限り復活したのは「奇想天外」と「スターログ」位だ。もっとも後者は予想通り、再度休刊したが。
 ただ今回の復刊は、朝日ソノラマからではなくホビージャパンからである。それはそれで意外だったが、少なくとも朝日ソノラマを引き継いだ朝日新聞社よりはサブカルチャー雑誌としてのノウハウはありそうだ。当面は季刊誌として発行するらしいが、1800円なら月刊化は無理だろう。
 いずれ4月1日発売だからエイプリル・フールにならなければ良いが、といらぬ心配をしてしまう。
 そして「旧・宇宙船」は創刊号からずっと買っていたので、今回も買う事になるのだろう。ただしこの値段なら内容もそれなりに納得のいくものでないと、多分途中で止めてしまう事になるのは確実だ。金を払って出版側の道楽に付き合うほど余裕はないのだ。

 そんな午後は、とりあえずPCを机の下に再セットする。今まで使っていたVAIOに比べればまだまだうるさいが、少なくとも顔のそばからは離れたので多少はマシになった。
 この時VAIOに液晶ディスプレイをセットしてみたら、デジタル出力でちゃんと機能した。やはり当時としての最先端機種だったのも伊達ではない。これならとりあえずバックアップとしてまだしばらくは脇においておける。本当にネットが問題なく表示できれば、まだしばらくは使える優秀な機械なのに…。
 そしてキーボードも所詮は安い物なので、どうにもタッチ感覚が良くないし、配置の間隔も妙に狭い。しばらく使えばダメになりそうなので、そのときは少し良いキーボードに交換したいものだ。

 あとはディスプレイの音を多少良くするために、ある程度鳴らさなければならない。まあこんなディスプレイについているどうしようもなく安いスピーカーだが、やはりスピーカーというのはある程度使わないとまともな音にはならない。微々たるものだろうが、この辺は自分が長年やってきた事だから仕方がない。
 もっともいくらやったところで分解能が良くなる訳もないのは、充分すぎるほど判っているのも悲しいのではあるが。


2008年03月21日(金) ブーメラン

 昨日のニュースによると、国際宇宙ステーション内でブーメランの飛行実験が行われ、地上と同じように飛び同じように戻ってくるという結果になったとの事だった。
 それは当然の結果だと思っていたが、そもそも何故宇宙ステーション内でそんな実験をするのか、意図が良く判らなかった。基本的に空気があれば、揚力と重心軸の変動で戻ってくると思っていたからである。

 だがニュースを見ると、「ブーメランが戻ってくる仕組みには、重力も関与していると考えられてきた」とあり、だからわざわざ実験が行われたという実験の意図は判ったが、何故重力が関与していると考えられていたのかが判らない。
 重力が関与しているのなら、縦に構えたり横に構えたりという投げ方の違いがあるのにきちんと戻ってくるという理由が判らなくなる。あくまで揚力と変心軸との組み合わせから、円軌道を描いて戻ってくるのだと思っていたのだが、違うのか?

 とここまで書いて気がついたが、多分重力の影響を考えていたのは、ヘリコプターのイメージがあるためなのではないだろうか。ヘリのローターは回転する事で揚力が発生しどんどん上昇していくのだが、ブーメランは回転を続けているのにもかかわらず、あるところで上昇をやめて戻ってくるため、ここで重力が関係していると考えるのだろう。な・る・ほ・ど。
 確かにある地点で戻ってくるのは重力をイメージすれば判りやすいが、では戻ってくる時にどんどん高度が下がるが何故そこで墜落せずに最後は地面と平行になってきちんと飛んでくるのか。それが重力が関係していると考えた場合に謎とならないだろうか。それともグラウンド・エフェクトが働いているとでも言うのだろうか。だがそれほど高速回転をしている訳ではないのだから、それこそ無理がある。

 私はむしろブーメランの形態によって飛行経路が決定されていると考えている。理論的裏づけも何もあったものではないが、飛行する様子を見ていると「ブーメランの本質は、揚力とその形態による変芯軸効果にある」と考える方が自然なのではないだろうか。
 これは、それほど的外れではないと思う。


2008年03月20日(木) いい物もある、悪い物もある

 夕方に車検に出していたレガシーが帰ってくる予定なので、万が一を考えて外出せず、PCのセッティングとなる。
 とにかく液晶は薄いので、机が広く使えて良い。画像処理をするのに安い液晶は役に立たないというのは判っているが、今回は仕方がないのである。予算が全然ないのだから。

 しかし本体のファンが想像以上にうるさい。常にフル稼働しており、店で見た時にうるさいだろうという予想はしていたが(店内は騒々しいので判りにくい)、これは次の休みにでも机の下に追いやらないとダメだ。それほどにうるさいのである。
 そしてディスプレイのスピーカーは、これまた予想通りだが音が悪い。いかに今まで使っていたVAIOがすばらしかったかという証拠になってしまう。

 元々SONY製品というのは、安いものはほぼ100%ダメで、そのかわり高い製品では本当にすごい物を作ってくれるという認識はあったが、10年前のVAIOは素晴らしかった訳である。当然当時としても高かったのだが、まあそれだけの価値はあったという事だ。今回も別にネットの情報がここまで重くならなければ、もうしばらくは使えていたマシンなのである。
 例えば現状の構成でフォトショップが重過ぎて使えなくなったというのなら判るが、フィルターワークを行っても、時間はかかるがまだフリーズするような事はない。だがネットで少し重いサイトを見ていると、時々固まったり、ひどい時にはブルー・スクリーンと化してしまうのだ。ネットの方が無法地帯だけあって、みんな軽くするという概念がないままサイトを運営しているから、うちのような非力なPCでは限界がある。
 いずれ現在のVAIO本体はバックアップとしてしばらくは保管しておいてもいいだろう。さすがにディスプレイはダメだが…。

 そして夕方、車検の終わったレガシーが帰ってきた。かかった費用は15万円である。
 意外な事に、あれだけ防錆処理をして高速走行後にはマメに車体下部を洗浄していたのに、マフラー関係が錆でボロボロになっていた。とりあえずひどい部分は交換したが、車体にもそこそこ錆がついていた。
 いつも思うのは、特に車体下部を意識していない普通の人の車はどうなっているのだろう。やはり冬は塩をまく高速を多用する事が良くないのは判るが、他の車はそれほどひどくならないのだろうか。不思議だ。
 以前フォルクスワーゲンのディーラーで聞いた時も、車体自体は防錆処理がしてあるので10年保障だが、マフラーだけは別だという。ますます一般人の安い車がどうなのか知りたい(もっとも、安い車の人はそれほど高速を利用しないのだろうが…)。

 そしてオーディオも調子が悪いので、取り外してメーカーでチェックしてもらう事にした。しばらくCDをかけていて、一旦エンジンを切ってから再度使うと、とたんに低音部が消えてシャカシャカした音になってしまうのだ。
 こちらはしばらくかかるので、機械を外して預けてある。こういう状態もなかなかメカニカルで良いかもしれない。


2008年03月19日(水) クラーク死去

 ついにアーサー・C・クラークが亡くなった。90歳だからほぼ寿命といっても良いだろう。
 クラーク自身はSF作家として一流だし歴史もあるから各メディアではそこそこ大きな扱いだが、たぶん翌日の新聞でも扱いは大きいだろう。これはテレビ、新聞、ネットを問わず各メディアにSFファンがかなり浸透しているし、それなりの地位にいる人も多いから、まず間違いない。

 いずれアシモフ、クラーク、ハインラインという三大SF作家の中ではクラークが一番好きだった。自分の感性に一番合っていたのだろうし、彼の作風はほとんど変わらなかったからだ。せめて来年公開予定といわれる「宇宙のランデヴー」を見てもらい、その感想が聞きたかったがもう無理となった。さて、次はいよいよ日本のあの御大か…。

 こんな夜に「2001年宇宙の旅」を見るかというとそんな事はなく(あれはどうしても「キューブリックの作品」というイメージが強いのだ)、ようやく「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」を見たりする。
 今回の作品を見て、ようやく当初のダブルドア役をリチャード・ハリスにした理由が見えてきた。やはりダンブルドアも魔術師なので戦う必要があり、そのイメージだとリチャード・ハリスの意味が生きてくる。最初の作品だけだとダンブルドアに戦うイメージはないので、どうしてもリチャード・ハリス起用の意図が読み取れなかったのだ。

 しかし今回の作品も、相変わらずご都合主義といわれても仕方のないシーンが多い。やはり映画というのは原作を多少縮めている都合上仕方がないのかも知れないが、やはりこのシリーズはそういうシーンが多いと感じてしまうのだ。
 それでも脚本と演出がある程度うまく作られているので、おそらくほとんどの観客は、判っていてもそれを気にしないのかも知れない。それならそれで映画としては合格なのだ。


2008年03月18日(火) 基礎がない

 会社で突然、リーダー以上の連中全員に「ビジネス文書の書き方」をレクチャーするのだという。
 この場合のビジネス文書とは、「手紙で相手の会社には御中をつける」とか「社長様は間違い」とかいう、普通なら新入社員の方が詳しそうなあれである。何をいまさらという気がするが、周囲の課長クラスの話を聞くと「どうして社長様という表記が悪いのだろう。様をつければそれで良いではないか」と言っている。本当にヴァカか、こいつら。
 試しにいくつか聞いてみたら、本当にビジネス文章の基本的書き方を知らずにいる。これで課長とかの職についているのだから呆れてしまう。

 そういえば前の上司は、必ず「支店長様と書け」と言い、それはビジネス文書の書き方ではないと指摘すると、「とにかく様を付ければいいのだ」と怒り出すような知性ゼロの人間だった(もっとも知性ゼロ状態は誰もが知っているので、むしろ何故こんなのが課長になったのかの方が不思議だ)。

 結局うちの会社も教育が間違っていたという証拠だ。今頃になってこんな教育をするという事は、多分他の会社から指摘があったかクレームでもきたのだろう。うちの会社も大手メーカーとやり取りがあるから、なおさら恥ずかしいのである。こんなところから、イナカもんと言われてしまうのだ。

 こういう問題も、結局は売ったもん勝ちというシステムでやってきているからで、社会に対する信用や評価というものをすっかり忘れてしまっているのである。
 一見些細な事が後々大きく響いてくるのだが、多分そういう認識はないのだろうし、あったらここまでヴァカではいられないだろう。


2008年03月17日(月) 宴会の効用

 以前KCが宴会時の事を日記に書いていた際の言葉で、「話についていけないけれど楽しい」というものがあったのを思い出した。これは趣味の世界ではごく普通にある事なのだが、なぜか会社などではほとんど見られない。

 本来の会話では、当然の事ながら相手の知らない事を話す事も多い訳だが、その内容について相手の知識が的確なら、会話として楽しめるし、そもそもそのジャンルに興味があれば、自分の知識を増やす事になるので聞いていても面白い。
 ところが自分の知らない事に関しては聞く耳を持たないというタイプだと、ちょっと自分が知らない事になればとたんに興味をなくしてしまう。これではどんどん視野が狭くなるし、相手も話していて面白みがないから、だんだんとその人とは話をしなくなっていく。
 基本的には年をとるにつれて知識が多くなるから、相手の話す内容が全く判らないという事は少なくなり、そこそこ会話が続いていくのだが、こういう人だといつまでも知識が身につかず、昔で言うところの知性も教養もないというパターンになってしまう。当然だろう。

 だが昨今の、例えばコンピューターやアニメなどのサブカルチャーのようにその歴史が浅いものに関しては、年の功とか蓄積された知識が役に立たず、そればかりか若い人の方が知識の絶対量が多かったりもする。そこで自分もある程度覚えようとすれば、ある程度の会話にはついていけるのに、年をとると新しい事を一から覚えるのも苦痛なので、ますます知らないジャンルとなってしまい、ブラックボックス化してしまう。
 こういう時に年齢は関係なく、知識欲があるかどうかか大きな分かれ道になるのだろう。
 結局知らない事は問題ではない。知らない事が話題になった時、いかに自分なりに吸収していくか、なのである。それが宴会などでは容易にできるような気がするのは、ただの気のせいなのかもしれないが…。

 と、KCの過去日記を見て思った次第である。


2008年03月16日(日) PC購入

 今日はパソコンを買う事にしていたが、例によって子どんぐりは早々に起きてくる。本当に現金なやつだ。
 とりあえず昨日のモデルと三菱の17インチ液晶ディスプレイをセットとして2台購入、30回のローンを組む。それでしか買えなかったのである。なんだかんだと手続きに時間がかかり、全て終わってたのは12時を過ぎていた。
 昼食後に早速子どんぐりの分をセットしたが、ディスプレイのオーディオコードが1本入っていなかった。仕方がないので店に電話して取りに行く事にしたが、午後のパイパスは異様に混んでおり、往復で90分以上かかってしまった。結局ほとんど一日仕事になってしまった訳である。

 そんなこんなで、当初予定していたマイク・オールドフィールドの新譜探しは出来なかった。輸入盤なので、こういう時はさっさと動かないとあっという間に市場から消え去ってしまうのである。まったく三菱がケーブルを一本入れ忘れるからこんな事になったのだ。ぶつぶつ。

 という訳で書く事もないので、昨夜見た「ブラックホーク・ダウン」について。
 サム・シェパードが出ていたのには驚いたが、やはり「ライト・スタッフ」におけるイェーガーが彼のベストだろう。今回のも実在の人物なのだが、やはり苦悩するだけの役なので、どうしても暗い演技ばかりになってしまうのだ。仕方がないが、ちょっとばかり残念である。
 ちなみに監督はリドリー・スコットだが、所詮実話をペースにしてあるのでどうしても話としてはつまらなくなる。ハリウッドの映画なのだから、多少はエンターテナーな部分も欲しいと思ってしまうのだ。リアルに内戦の悲惨さを表すという意味ではそこそこ上手いとは思うが、リアルさを排除している「コンバット」という名作を超える事には誰も成功していないように感じてしまった。

 それとラストで何のために戦うのかという自問自答に「仲間のため」と答えを出していたが、これは非常に危険だ。「プライベート・ライアン」の例を出すまでもなく、アメリカ軍は仲間を見捨てない事で有名なのだが、仲間の事だけを考えていたのでは、最後は復讐という言葉で括られてしまう。
 この戦いでは、アメリカ軍のそういう性格を見切って「ヘリを一機落とせば勝ちだ」と断言した相手が、戦略上は一枚上手だった訳である。つまり戦略の時点でアメリカ軍は負けていたので、あとは撤退するしかなかったのも当然の戦いだったのである。

 ちなみに今回のような民兵と暴徒による襲撃というのは、アメリカ軍の兵器運用では想定されていない。1000人を鎮圧するだけの量の弾丸と爆薬を一度に使えるだけのヘリや航空機は存在しないし、部隊を運用しても不可能だ。味方を含めて殲滅するならともかく、敵味方を識別しながらの攻撃には、意外と向かないのだ。
 だからそういう事を全て理解した上で「ヘリを一機落とせ」なのである。戦闘に関してはかなり頭がいいとしか思えない。
 つまり最近のアメリカ軍というのは、先進国相手の戦闘なら簡単に勝てるが、ろくに兵器も持たない開発途上国相手には勝てないという事を露呈している。あまりに相手の文化をなめているので、考え方の修整が出来ずにいるのだろう。

 現在は北朝鮮相手の交渉では常に相手をなめてかかっているが、今後どうなるか、なかなか予断を許さないというのが判ってくるではないか。


2008年03月15日(土) PC攻略

 パソコンがいよいよヤヴァい。というか子どんぐりのノートPCはご臨終である。
 という訳で一家揃ってパソコン・ショップへ行く。しかし自分のPCが絡んでいるものだから、いつもは遅くまで寝ている子どんぐりも、しっかりと9時に起きてきた。まったくコイツは。

 とりあえずチュウジさんちの近くにあるパソコン工房へ行く。
色々と見ていたら流石はオリジナルを作っているだけあって、XPでそこそこグラフィックに強いモデルがあった。ただしディスプレイ別で11万弱。1台なら良いが2台買わなければならないので、なかなかきつい価格ではある。
 午後に他の店を回ってディスプレイを探してみたが、やはり単体を探すという事に関しては仙台レヴェルの店は弱いといわざるを得ない。安くて良い物はほとんどなく、どうしても利益率の高いモデル(必然的に価格が高い)しかないのである。こういう時に秋葉原が心底羨ましいと思う。

 ただ探している途中で泉の旧デンコードー、現ケーズデンキへ行ったらなんとゲートウェイのモデルがあった。てっきり日本からは完全撤退していたと思っていたので、非常に驚いた。もっともこちらの要求にあったものではなかったので、さっさと見切りをつけたが、あの模様は健在らしい。
 しかしデンコードーもその前には小松電気を吸収していたから、仙台におけるケーズデンキは小松電気の発展系だといえない事もない、と考えてみたりする。

 ちなみにこの日はすぐそばにイオンSCが開店した日のせいもあって道路が非常に混んでいた。そういえば名取のダイヤモンドシティでも1周年記念のイヴェントをしていたはずだ。どこもかしこも混むような事ばかりしなくてもいいのに…(この日のダイヤモンドシティでは、イヴェントの一環で「バルタン星人との握手会」なる企画があったらしい。どうやって握手していたのかとても気になってしまうのは、私だけではあるまい)。

 結局夕方までかかって、パソコン工房でとりあえずすべて買ってしまうのが一番良いという結論に達した。そうしないとローンを組むのも大変だし…。
 念のため八戸の寺沢君に電話して、いくつかアドヴァイスを貰う。それがクリアされていればまずは問題なし、という事だ。


2008年03月14日(金) 懐かしい高橋和巳

 先日買った「小松左京自伝」をチマチマと読んでいるが、最後の方の高橋和巳に関する部分は非常に面白い。

 実は大学の頃に高橋和巳にはまって結構読んでいる。ただし小松左京と京都大学で一緒だったとは全然意識していなかったので、純粋に高橋和巳の小説として楽しんだのである(実は私小説と言われるジャンルも好きだったりする)。だから「日本の悪霊」なんかはかなり好きなのだが、今回のインタビューでお互いの小説の狙いと展開が説明されており、かなり役に立った内容である。
 そしてやはり自分は高校から大学にかけてそこそこ面白い小説を読んでいたのだと改めて思ったりする。それが現在の役に立っているかと言えば別に役立ってはいないが、本を読むという事は究極の自己満足であり、仲間うちでの会話では役に立つから、そういう意味では自己を確立するという事において助けにはなっていると言えるだろう。

 しかし今日初めて知ったが、高橋和巳の処女長編である「悲の器」が実はテレビドラマ化されており、これに女優としてドラマ初出演したのが野際陽子だったそうである。
 さらに、高橋和巳の妻であった高橋たか子は小説家なのだが、彼女の「誘惑者」はあの三原山自殺幇助事件をベースにしており、ここで大野安之へと繋がっていく。
 なんだか妙な繋がりを感じて面白い。

 なんて高尚な事を考えながらネットを見ていたら、マルシンからマテバが8mmのエアガンとしてモデル化される、というニュースが引っかかってきた。もちろんマテバとは攻殻機動隊でトグサが使ったあの銃である。

 しかし世の中のGUNファンは、本当にあんな物が欲しいのだろうか。私にはどうもこの銃の魅力が判らない。ユニークだとは思うが、かっこ悪いとしか思えない。少なくとも自分で欲しいとは思えないシルエットなのである。
 基本的に自分が好きな銃はセミ・オートマチックといわれるジャンルなのだが、今時の銃は皆似通ってしまい、やはり昔の銃が好きである。そしてリボルバーはといえば、好きな銃はかなり限定されてしまい、チーフ・スペシャルやパイソンといった非常にオーソドックスな物が好きだ。
 これらの銃はデザイン的に美しいと思うのだが、どうもマテバはグリップあたりのラインが好きではない。いずれ店で見ても「ふ〜ん」で終わりそうだ。


2008年03月13日(木) PCのピンチ

 スペースシャトル・エンデバーの飛行3日目となる12日、土井隆雄氏のモーニング・コールは地上から流された「ゴジラ」の劇中曲とゴジラの叫び声だったそうだ。叫び声は判るが、劇中曲ってなんだ? 非常に気になってしまうではないか。
 そしてこの日の作業は、エンデバーとISSのドッキングだったそうだ。破壊シーンもなく無事に済んで良かった…。

 しかしうちにある3台のPCも本気でヤヴァいようだ。そろそろハードディスクの不良セクターも目立ってきたし、子どんぐりのノートはかなり不安定になっている。
 いよいよ買い換えもしなければならないが、ここでいまさらVISTAになんぞはしたくない。やはりXPの方がまだマシだ。もともとMeは詐欺ソフトだが、VISTAはただの失敗作だ。こんなものをまともに動かそうとしたら、ハードにかなりの初期投資が必要だし、それでキチンと動く保証はない。
 やはり2000は良く出来たOSだったのである。

 近日中に買い換えが必要だが、問題は安くてそこそこの機械が見つかるかどうかである。PCの世界は、安いものはそれなりでしかないが、高いから良いとも限らない。実に困ったものである。


2008年03月12日(水) 50,000突破

 この日記も、本日カウントが50,000を越えた。別にたいした事もしていないただの一般的日記(日記にすらなってないかも…)だが、まあそこそこ続いている訳である。

 そんな今日は、なんとなくアニメ版「ブラックラグーン」を見る。
 ただし見る話はいつも同じで「竹中編」と「偽札編」だ。他は何度も見ると飽きるし、「日本編」に到っては原作が失敗作だから、それをトレースするアニメ版が傑作になろうはずもない。つまり楽しいという部分が全くないのである。
 そして一般的には人気があるらしい「ロベルタ編」は荒唐無稽すぎる。あれではターミネーターそのものだし、これではどう考えてもレヴィが対等に戦える理由がない。いずれ世間が騒ぐほど楽しめる作品でない事は確かだ。

 では「竹中編」が傑作かというとそんな事はない。
 学生運動のしっぽを持っているように見えて、実は奥は深くない。この辺は押井守の作品からにじみ出るものとは質が全然違っており、この作品内に登場する誰に対しても私はシンパシーを感じない。それで何故見るのかといえば、シェンホアが活躍するからだ。彼女は「ブラックラグーン」の中で唯一、まともなキリング・マシーンなのである。正統な殺し屋であると言い換えてもいい。
 他の連中は、殺し屋というのがまともかどうかは別として、どこかおかしいのである。もちろんマンガとして楽しめる程度のキ印なら良いが、程度が過ぎると呆れてしまう。そんな中でシェンホアというキャラクターは、冷静かつ思考回路がまともなのである。

 そして「偽札編」はとにかく楽しい。意外とシェンホアが中心になって話が進むし、あのソーヤーも原作以上に活躍するところもいい。ストーリーもアクションに徹しており、またシリアスではない。異常な連中が異常な楽しさで描かれている。
 私にとって「ブラックラグーン」は、この2作品だけで充分である。


2008年03月11日(火) 希望と絶望

 エンデバーの打ち上げが成功した。もちろんスペース・シャトルである。
 日本人が載っているという事で、ニュースも取り上げているが、最も重要なのは構想から20年以上を経て、日本初の有人宇宙施設「きぼう」の建設が始まる事である。
 もっともこのシャトル・システム自体がもうあと数年で引退する訳で、その後の建設と運営がどうなるのか、かなり疑問になるが、この手のはまず始めない事には話にならない。上げてしまえば、あとはアメリカがなんとかするしかなくなるのだから。

 ところで。
 例のmixi18条問題は、いまだにどうなるかの発表がない。このまま押し切ろうとしているのかも知れない。
 加入者の動きを見ていると、クリエイティヴな内容を書きこんでいる人たちは、このままなら脱退すると表明しているケースが多いようだ。つまり真っ先に脱退するのは、趣味などで有効な情報を提供している人たちであり、内容的にどうでもいいような事を書いている人ほど無関心なので、結局mixiは最終的にただの伝言版と化してしまう可能性が高い。

 もっともここまで巨大になれば、書かれる内容に全く意味がなくても、mixi側にとってはまったく問題がないというのも事実だ。つまり広告収入があれば良いのだから、巨大でさえあれば良いのである。
 実際mixi側はそう考えているはずだ。運営している彼らには、以前はあったかもしれないネット上に新たな文化を創るという気概など、とっくの昔に消え失せているだろう。要は金が入って力があれば良い、というただそれだけの存在でも構わない訳である。

 新しい文化を創れたかもしれないシステムなのに、惜しい事をしたものだ(まだ死んではいないけれど、いずれ時間の問題なのだ)。


2008年03月10日(月) 意外なエリック

 朝のめざましテレビで、広川太一郎氏の訃報が流れたが、その時紹介されたのが「モンティ・パイソン」でのエリック・アイドルだった。これは個人的にかなり意外である。めざましテレビを普段見ている人で、どれだけの人が広川太一郎氏を知って入るのだろう。ましてやエリック・アイドルである。どちらかと言えば、「誰これ?」と思った人が圧倒的に多かったのではないだろうか。

 他のメディアはいざ知らず、テレビにおける訃報の役割は、流れた映像を見た人が「ああ、こんな事もしていたなぁ」と思い出に浸るための手助けであり、一般人が全然知らないシーンを流してもあまり意味がないのだ。例えば自分が全然知らない高齢の役者が亡くなったとして、その人が出ている全然知らない映像が流れるのを見ても、何ら感動はない。経歴も知らなければ出ている映画も知らないとなると、感動するだけの素養が皆無だという事に他ならないからだ。

 もちろん今回の映像では、パイソン・ファンが喜んだだろうし、私も当然喜んだのだが、それ以外の人にはあまり意味がない映像だという事も事実なのである。ま、現在のテレビ局が作る映像などという物は、テレビ局の自己満足のためにあるのだから、別にいいのかもしれないが。

 ところで。
 八戸で以前住んでいた場所のすぐ近くで工事していた洪水時の放水路が完成して、内部が公開され、抽選で500名が内部を歩けたそうだ。例の東京にある外郭放水路のミニ版だと思ってもらえばいいだろう。
 実はこういうのが大好きなので、このニュースを見た時に真っ先に思ったのは「ずるい」であった。住んでいた時に工事を始めるという話は聞いていたので、ちょっとばかり期待していたのである。なんだか残念だという感覚に襲われてしまったのだった…。


2008年03月09日(日) ついに広川氏の訃報

 なんと広川・ストレイカー・太一郎氏が3月3日にガンで亡くなっていたそうだ。
 メジャーどころではロジャー・ムーアやマイケル・ホイなどもあるが、シリアスならストレイカー司令官が最高だし、彼の100%本領発揮なら、エリック・アイドルが最高だろう。先日リリースされたばかりのモンティ・パイソン・ボックスで誰もが見られるようになったのだから、彼のファンなら是非見るべきだろう。

 そんな今日のお買い物は、本を4冊。

 まずは「戦争のリアル」を買う。
 これは押井守氏と岡部いさく氏による、いわゆる「226イヴェント」の初の活字化だ。おそらく皆キワモノと思っているだろうが、極めて真面目な本である。というか押井監督の書く本はすべて、ベースの部分では完全に真面目なのである。
 しかし最初に行った本屋で2冊しかなかったのだが、駅前に行ったら大量に置いてあり、いつから押井の本がそんなに売れるようになったというのだろうと疑問に思ったのだが、置いてあるのが軍事コーナーだった。対象が微妙にずれているのではないだろうか。

 何気なくSFコーナーを見たら「小松左京自伝」がある。こちらは1冊しかなかった。
 日経に載った自伝をまとめたにしては厚いと思ったら、その部分は100ページ、残り300ページはインタビューである。多分全て執筆するには体力がなくなっているのだろう。これは時間の問題か(何が?)。
 しかし内容は、インタビュアーもきちんと勉強してから臨んでいるようで、かなり楽しめるのは良いのだが、いかに自分が物を知らないかが痛切に判ってしまうのが難点になっている。この年になって自分を見つめ直すのは、ある意味で命取りになりかねないのだ。
 だが中学の頃からずっとファンをしていたのだから(中学から中年まで…、いやもう老年か)、色々な意味で買わなければならない本なのは確かだ。

 そしてびっくりの、創元推理文庫から高城高全集1として、彼の唯一の長編である「墓標なき墓場」が出た。例のセミナーに出たのだし、とりあえず買っておかなくてはなるまい。いずれこれは全集と称しているから、数冊ですべて揃うお買い得な文庫になるだろう。
 もっとも現在の若い人に合わないだろう事は容易に想像がつくが…。

 そして「謎の円盤UFO とことんツッコミ・ネタばらし」なる本も買う。
 元々この手のテレビ・シリーズというのは予算や時間との兼ね合いで、どうしてもツッコミどころが多くなるのだが、それに対して科学的にどうこう言っても始まらない。むしろこの番組が好きで好きで仕方がないという当時のファンが自費出版したという心意気を買いたい(私より一つ年上なのだ)。
 結局、この「好きだからこそあえて突っ込む」というのは、こちらもファンだから許せる姿勢なのだ。そこが科学的に不可能だとかなんとかイチャモンをつけるだけの輩とは違う。
 根底でその作品が大好きかどうか、それが問題なのである。
 だからファン以外が読んでも面白くはないだろうという欠点を内包しているのも確かではあるのだが。


2008年03月08日(土) テロは強いぞ

 今日もまたまた粗仕事。忙しかったが粗仕事である。

 そして世界は相変わらずのテロ事件。
 「シー・シェパード」なる環境右翼団体が日本の調査捕鯨船に対して、妨害と称するテロ行為を働いている。彼らの行為は抗議等ではなく、明らかにテロである。
 そもそもこの手の環境団体というのは、何故か暴力団や戦闘的な右翼と同じで、無抵抗の人間に危害を及ぼす。そのため今回は警告弾を使用したのだが、これに対してオーストラリアのスミス外相は7日、声明を発表。日本側から在日豪州大使館に「警告弾が3回発射された」との連絡があったことを明らかにした上で、「いかなる船の乗組員によるものであれ、公海上で他者を負傷させる行為、または負傷させる可能性がある行為を強く非難する」と表明したそうだ。
 どの口でそれを言うか。

 自分たちの行動は棚に挙げておき、相手の行為だけをとらえて非難するのは、アルカイダ等と同じくテロリストの常套手段である。つまりオーストラリアはテロリストを支援する国家だと表明しているのである。
 基本的にこの手の環境団体と称する奴らは、グリーンピースを挙げるまでもなく、最後は皆テロに走る。彼らの認識だと「目的が崇高なら、人命は関係ない」のである。

 実際問題として、今回のような捕鯨問題はほとんどの国が捕鯨反対を表明している。先進国は日本以外すべてだ。したがって残念ながらテロを根絶すると明言している諸国も、捕鯨に関してはテロ行為に目をつぶっているのが現状だ。
 情けないが、結局テロというものがなくならないのは、こういう行為が許されているからなのだ。ほとんどの国がこのダブル・スタンダードを抱えている。だからいつまでもテロリストの論理を否定できない。そこにテロリストは付けこむ。
 そして日本も、今回とは逆のパターンでダブル・スタンダードを抱えているのだから、結局世界中がテロを認めているという事になる。別に日本だけが特別ではない訳だ。


2008年03月07日(金) 死んだら死刑?

 ロイター発の小ネタ・ニュースで、久々に大受けしたのがあった。

『フランス南西部にあるSarpourenx村の村長が、住民約260人に対し、墓地が満杯でこれ以上埋葬するスペースがないため、もしも死んだら罰を与えると通達した。
 村役場に掲示された条例は「墓地に区画を保有していないのに埋葬を希望するすべての住民は、教区内で死亡することを禁じる」としており、「違反者は厳しく罰せられる」という。』

 土葬が普通のヨーロッパならではの切実な話題なのかもしれないが、なんというか、非常にブラックなジョークが効いたニュースである。モンティ・パイソンあたりがやっていともおかしくない話だろう。
 しかし「違反者は厳しく罰せられる」というが、この記事を読む限り、死者そのものを罰するとしか思えない。死んだら死刑! とか…。この場合の罰なら、やはりゾンビとして生き返らせるというあたりだろうか。これなら確かに厳しい罰だ。

 あちこちでも話題になっており、読んだ人たちは大概が爆笑しているようだが、見事なまでにブラックで笑いを誘うニュースである。おそらくこの村長は大真面目なのではないかと思うのだが、大真面目にベクトルを狂わせる事ほどおかしいものはないのである。

 もっともこのニュースも、ロイター側か翻訳セクションあたりが仕込んだ可能性もあるので、実際に村でどういう状況になっているのかは当時者しか判らないのも事実だ。だが日本でニュースになった時点では大受けしたのも確かだ。
 ただ、これのどこがおかしいのか判らない人もいるのだろうな、とも思ってしまう。最近思うのだが、そういう人は頭が固いのではなく、笑うベースとなる基礎知識がないから笑えないのではないだろうか。つまり「笑いに関してはまったくの無知だ」という事だ。
 いくら頭が固くても、おかしいものはおかしいと思うのだが…。


2008年03月06日(木) 18条と18巻

 しかしmixiの対応は遅い。なし崩し的に18条を明文化しようとしているように感じてしまう。
 だがそうなったら、マトモな神経を持っている人のほとんどはmixiから撤退するだろうが、それも当たり前だ。ここを管理している連中の知能程度はどうなっているのやら…。
 まあなぜ18条を作ったかは、欲の皮が突っ張った連中がしゃしゃり出てきたからだと容易に想像はつくが、それを通した時点で全員同罪である。
 ここは株式を上場しているので、この話がこじれれば、役員は総入れ替えという事態もありうるし、そもそも銀行の融資格付けランクが下がっているらしい。当然だろう。

 そんな今日、ようやく「鉄腕バーディ」の18巻を買う。
 もう18巻にもなっていたのだと感心するが、増刊のサンデーで読んでいた時からすればもう20年以上経った訳だ。思えば遠くへ来たもんだ。
 だがここへ来て、なんだか迷走が始まっているように感じる。どうも話のベクトルがぶれていると感じるのだ。これは最近の漫画を読んでいていつも感じるものと同じだ。ただし大概はその作品に対して思い入れがないのであまり気にならないのだが、ゆうきまさみのようにほとんどデビューから現在まで長期に渡って付き合っていると、このベクトルのブレは非常に気になってしまう。それが露骨に出た作品は打ち切りになったし…。
 何でもいいが、きちんとケリだけはつけて欲しいものである。


2008年03月05日(水) mixiの18条

 実はかなりの大騒ぎとなっているmixiの利用者規約改定問題だが、問題になっている第18条および附則は以下の通りだ。
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第18条 日記等の情報の使用許諾等
1.本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行うこと)を許諾するものとします。
2.ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします。

附則
1.本利用規約は平成20年4月1日から施行します。
2.本利用規約の施行前にユーザーによって行われた行為についても本利用規約が適用されます。
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 読めば判るとおり、かなりユーザーをなめきったものだ。当初からこんな規約を出してれば当然誰も加入しないのだが、今になって突然である。私はmixiの管理側を罵倒する言葉しか浮かばない。この内容はあまりにお粗末だ。
 以前からmixiの広告センスは悪いと思っていたが、悪いのはセンスだけではなかったようである。

 そもそもこの問題は、以前から他のプロバイダーなどで問題になっていたのだから、こんな文章を出せばどうなるかは火を見るより明らかであり、この業界にいる集団としてはあまりに勉強不足である。
 ここまで巨大なSNSになったとたん、途中から利用者の不利になるように変更するのは、社会通念上かなりの問題があるし、一企業が個人の著作物を勝手に改竄するという暴挙に対しては、裁判になればmixi側が惨敗するのは明白だ。多分誰も裁判など起こさないと楽観しているのだろうが、これは危機管理が全然なっていないという証拠だ。
 加入者が怒るのも当たり前で、怒らない奴は身内かバカのどちらかである。

 そしてあまりの反響に驚いたのか(この時点で驚くというのもバカな話だが)、夜になって規約に対する補足などを出した。しかし規約というのは読んだとおり解釈して実行するから規約なのであって、内容に対しての補足と称する言い訳を付けるようでは意味がない文章を書いているのと同義だ。

 さらにお知らせとして下記のような文章が挙がった。
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・mixi利用規約第18条の条文修正
 −ユーザーのみなさまに著作権があることの明記などについて検討しております。
-----------------------------
 もうとことんバカである。著作権はmixi側になど、元々ないのは明白だ。タダだからという考えを振りかざすなら、それはネットという物の存在を根底から覆す愚かな行為である。
 彼らの18条を拡大解釈すると、mixi内部にミッキーマウスの絵が載ったら、それはmixiの著作物だと主張できると言っているのと同じで、そんなバカな話はない。そんな不自然な事態に気付かないmixiの管理側は無能の集団であると断言する。


2008年03月04日(火) 吹替えパイソン

 子どんぐりの誕生日だが、当人は期末試験の真っ最中〜。という事で、お祝いは後日となる。
 しかし今日で16歳だとは、なんだか信じられない。自分が16歳の頃は、少なくとも遊びの面ではいろいろとやり始めていた事だから、あまりにも子どんぐりは平凡だ。大丈夫なのだろうか。

 それはともかくとして、先日買ったモンティ・パイソンの吹替え版をチマチマと見ている。
 やはり日本語訳はアナーキーでかなり面白いのだが、原語の方がはるかに素晴らしいと感じるものが想像以上に多い事に気がついた。
 確かに日本人には判りにくいスケッチも多く、そういう時はこれだけの芸人が揃ったのだからアナーキーな日本語に作り変えてしまう方が面白くなる。だが「バカ歩き省」等のように論理的なバカを扱う話になると、流石にオリジナルの練られたセリフの方が一歩上を行くのは当然だ。バカバカしい事を論理的に分析・説明しつつ観客を笑わせているのだから、真面目に考えないとシナリオなど書けない。このあたりの言葉の展開は、やはりオリジナルの方が一歩上だ。

 そう考えると、「ホーリー・グレイル」の吹替えは凄いという事が判る。
 当時は映画館で公開されたので、ある程度脚本も練られていたのだろうが、後日テレキャスジャパンから購入した台本を見ると、驚いた事にかなりの部分が「アドリブ」なのである。いかに吹替えを行なった連中が芸人として一流だったかが、本当に良く判る。
 モンティ・パイソンの作品としても一流だが、吹替えに関わったスタッフが一流だったので、日本においては映画として大きな付加価値がついた作品になったのである。
 その証拠に、アメリカで発売されたクライテリオン盤のLDには日本語の吹替えがそのまま収録されたである。そのおかげで日本語音声が紛失する事もなく、後日DVDで出た時にはそのまま収録され、全国一千万のパイソン・ファンが狂喜乱舞したのだった。
 本当にこの時は嬉しかった。長生きはするものである。


2008年03月03日(月) ゴミをもらう

 耳の節句。いや、違うし。

 遥か昔、MGCに勤めていた事があるという同僚から、ガヴァメントのハンマーを貰う。ただし本来シアーが引っかかるノッチ部分が磨り減っていて、本来の意味からは全く使い物にはならない。だがなかなか貴重な物である。
 ちなみにこれは、当時ゴミとして捨てられていたものだそうだ。まあ興味のない人にとっては、それこそただのゴミ以外の何物でもないのだから、当然か。
 ま、色々な意味で貴重な物である事に間違いはない。

 ところで、昨年12月21日にエキサイトメールがリニューアルされた。
 だがこれがログインできない、受信メールへの返信ができない、そもそも受信メールが大幅に遅れる、過去データの復帰が遅れに遅れる等の大問題が発生し、しばらくは全く使えなくなっていた。最近はようやくマシになったが、以前に較べれば、異様に動きが遅いのは事実だ。

 この問題は未だに根本的な解決がなされず、エキサイト側はついに以前のシステムに戻すという決断をしたが、当たり前だし遅すぎた。
 元のシステムに戻す理由としては、長年安定した運用実績があり、現在発生しているレスポンスの悪さや、ログインの問題が解消すると判断したためだそうだが、そもそも安定しているものを何故わざわざ改悪したのか、理解に苦しむ。
 元々システムを変更するという連絡を受けた時、おそらくユーザーの99%は絶対トラブルが起きると思っただろうし、実際そうだった。ここに限らず、大きなシステム変更の後は必ずトラブルが起きる。これはすべてのトラブルに対応できる優秀なエンジニアが、ほとんど存在しないからだ。
 新たなユーザー獲得という目標のために目先を変えるなどという愚かな事をした結果が、これである。

 デジタルの世界では、安定しているという事は想像以上に奇跡的な事なのである。ネットの仕事をしている連中が何故こんな当たり前の事に気がつかないのだろう。不思議だ。


2008年03月02日(日) むじレコ依頼

 少し前に、KENさんから「むじレコ」の話が来た。自身のHPに載せたいとの事だ。
 この「むじレコ」とは「もし無人島に好きなアルバム1枚だけを持っていくとしたら、何にするか」という単純でありながら奥の深いものだ。

 ちなみにメールが来て真っ先に浮かんだアルバムはこれである。
 「Jeff Wayne's Musical Version of The War of the Worlds」
 ジェフ・ウエインが中心となって、あのウエルズの古典SF「宇宙戦争」をやってしまった大作だが、もう30年にも渡って聴き続けている文字通りの愛聴盤で、大好きなEL&Pやキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエスなどよりもはるかに多く聴いている。
 当時のSFファン・クラブの集まりにも実はロック好きが多く、その出来の良さも手伝って、かなり話題になったアルバムだった。LPから始まったこのアルバム、現在でもCD、SACDと買い続けている。
 ただし今回の条件に、2枚組であっても1枚だけとするという項目があって困ってしまった。実は上記のアルバムはLP2枚組なのである。昔、CDが発売されていると知って輸入盤を頼んだら、ご丁寧にこちらも2枚組だったし、SACD盤も変わらずである。まあ長いから当然だ。
 だが2枚で宇宙戦争というストーリーを展開しているのだから、1枚だけという訳には行かない。実に困ってしまったのである。

 という訳で改めて考えてみると、これ以外で1枚だけというのは、当然ながら想像以上に難しい。他の人との兼ね合いも考えないといけないのだ。例えば10人が10人とも同じアルバムを挙げては良くないのは判るだろう。
 当初考えていた「クリムゾン・キングの宮殿」はよりによって会長が使ってしまったし、普段は好きで良く聴いている「恐怖の頭脳改革」や「炎」なんかは、むじレコにはちょっと向かない。そうなるとあとは「危機」か「オマドーン」あたりになるだろうか。悩むところだ。

 なんだかんだ言っても私は非常に単純なので、基本的に誰もが良く出来ていると思う旋律が美しいアルバムが好きなのである。そしてそういうアルバムは、欠点があまりないので、文章にする時には色々と悩んでしまう。欠点が多い方が文章にはしやすいのだ。
 さて、どうしたものか…。


2008年03月01日(土) かに宴会

 毎日何らかの映画などを見ているのも、なかなか疲れる。
 昔の映画ばかり見ているわけにも行かないので、最近のも見るのだが、なかなか当たりが少ない。だからますます疲れてしまうのだ。それでも昔は、良い悪い関係なく片っ端から見ていて別に疲れなかったのだから、結局もう若くはないという事なのだろう。

 そんな今日も貴重な時間をさいて、粗仕事である。結局雑用でほとんど終わるのだから、人生の無駄ではある。
 そして夜は同じ部署内での宴会。新年会の予定が遅れに遅れて今日になった次第である。友人との宴会と違って、別に無理してまでやるようなものではないのだが…。
 なにせこの支店では、ほとんど毎日のように営業は宴会をしているが(ほとんど会社の金だ)、私は平日に宴会をするつもりはない。元々が痛飲するような事はないから平日でも構わないといえば構わないのだが、やはりどうしても翌日に支障が出る奴が必ず出てくるのだ。これは最終的にこちらの迷惑になるのである。

 宴会の場所はフォーラスの近くで、少し時間があったので本屋で立ち読みしていたら、色々と面白い情報があって、危なく遅れるところだった。部署内だけで人数が少ないため、遅れると目立ってしまう。

 ちなみに今回は「かに本家」である。料理のみで8,000円のコースだ。
 流石にこのクラスになると、質も量もそこそこ満足感は高い。やはり冷凍モノばかり食べていては良くないのであるる。たまには贅沢も必要だ。ただし最終的に問題になるのは同席者の質なのだが…。
 かに料理だし少人数なので、どちらかというと食べる方が主力で時々静かになったが、会社の宴会ならむしろこの方が良いだろう。

 ところで「梅のワイン」という物があった。途中で誰かが気付いて頼んだのだが、一口飲めばこれは明らかに食前酒だと判る。この場合、梅のワインから梅酒を連想するのが正解だが、別に酒類に詳しい人間ばかり来るような店ではないのだから、メニューにはそう明記するべきだろう。食事の途中で飲むには甘すぎるのである。
 いずれ良い物を食べられたので、宴会としてはよしとしよう。


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