どんぐり1号のときどき日記
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月末である。当然忙しいのだが、営業というのは不思議なもので、月末月初はヒマだという。いつも会議で刈り取りがどうとか言っているが、そもそもの種蒔きという言葉を知らないらしい。
そんなのはともかく。 某所で、旧MGCのガヴァメントの呼称についての記述を見た。夏にタニオコバ名義でモデルガン(エアガンではない)が出るのだが、その名称にGM7というものが付いているため、判らない人のためらしい。 だがそこに書かれていたのは旧MGC社内での開発コードであり、俗に言うGM5の部分は合っているが、販売レヴェルでの呼称としては違うように思う。そもそも販売店、雑誌などではこういう使い方はしていなかった。 ちなみにそこで書かれていた呼称である。
GM-1 初代金属モデル GM-2 初代ABSモデル GM-3 2代目金属モデル GM-4 GM2ベースのナショナルマッチ GM-5 ショートリコイルBLKのABSモデル GM-6 コルトがベースの、ウイルソンLEなどのガスガン GM-7 デルタエリートやシリーズ70、それに1991A1 GM-8 スプリングフィールド刻印のカスタム GM-9 モデルガンのナショナルマッチ GM-10 コンバットコマンダー GM-11 スプリングフィールドコンペティション38スーパー GM-12 リアルサイズカートのモデルガン
ここまで詳しいと、明らかに販売レヴェルの呼称とは異なるし、ガスガンはモデルガンとは違うのでGM-6の部分は明らかな間違いとなる。モデルガンとしては、一般的にGM-6がリアルサイズカートの物になるだろう。だから今回のタニオコバのモデルガンがGM-7なのである。やはりモデルガンとエアガンとは全くの別物なのだから、名称も分けるのが当然である。
ちなみに私が当時GMの呼称として聞いていたのは、下記の通りである。
GM-1 初代金属モデル GM-2 初代ABSモデル GM-3 輸出用金属モデル GM-4 ABSマイナーチェンジ版ナショナルマッチ・モデル GM-5 ABS新規金型モデル GM-6 ABSリアルサイズ・カート・モデル 上記のGM-5以前のモデルはグリップが短い物だったが、GM-5から銃のサイズがほぼ実寸通りになったのである。そしてGM-6でカートリッジのサイズが実物のカートリッジと同じになったのだが、このモデルからバレルが割れやすくなったのは周知の通りだ。 このGMという日本独自の名称については、そういう流れだったと私は認識している。
特に何事もなく過ごす。色々とCDをきいていたらあっという間に夕方である。 夕方になってから久々に近くのブックオフに言ってみたが、予想通り何の収穫もなし。しかもちょっと欲しいと思う本は、意外と安くない。「東京爆発娘」や再販版の「楽勝!ハイパードール」など影も形もない。まあそんなものだろう。 帰りに食玩を入れるケースを100円ショップで買ってきたが、やはり100円でない商品も増えている。元々100円ショップの物など、多少高い物であっても一時しのぎでしか使えないと思っているので、そんな店で高い物を売られても困ってしまう。耐久性は絶望的に低いのだから。
そして夜に「ボーン・アイデンティティ」を見る。 なるほど、確かにうまく作られている。特にどちらもプロだという点が良い。まあ映画なので主人公が簡単にやられるようでは困るから、どうしても敵方は多少質が劣るようになってしまうが、それでも結構プロっぽい描写が多いのは好ましい。 ただあのラストはちょっとなぁ…。もちろんこれ一作で終わる可能性もあったのだから仕方のない脚本だが、やはりあのラストはない方が良いだろう。 そもそも女と子供に弱い破壊工作員という部分が弱みになっている。あんな世界にいる人間がそれでは、早々に殺されてしまうだろう。世界配給する映画というシステム上これはどうしようもないのではあるが、やはり見ていてちょっとばかり違和感がある部分だ。
でも早いうちに続きを見た方が良さそうだ。
夜にKC宅へ行く。借りていた本を返すためである。 会社が終わってからなので、どうしても20時30分になってしまうのだが、まあ仕方がない。これでも少しは早く抜け出したのだ。
返却ついでにDVDも貸す。しかしこうしてみると、やはり1970年代あたりの映画が自分には一番合っているのだとつくづく思う。名作も多いし、なによりアクション物のような娯楽作品ですら、色々と考えながら見られるのが良い。
「ジャガーノート」 「サブウェイ・パニック」 「ミニミニ大作戦」(1969年オリジナル版) 「狼よさらば」 「ロサンゼルス」
そして下記は新しめの作品だが、これに限らずやはり近年の作品は、総じて軽い。言ってみれば「映画を自分で語ろう」という気が起きにくい作品が多いのである。まあハリウッドの映画産業が完全なる経済活動になってしまった現在、芸術性などを語れるはずもないので仕方がないし、日本でヨーロッパの作品をあまり上映しないのも問題なのだ。
「リーグ・オブ・レジェンド」 「トルク」 「ブラック・ラグーン」
で、KCと色々語る。だが結局ガス抜きになっているのは自分の方なのである。こういう内容は、現在の会社では絶対に語れない。基本言語が違いすぎるからだ。だが転勤前の八戸では、少なくとも若い連中とは色々と語れた。仮に意見が違っても、何かを語れると言う環境にあったのだし、話せば意外と納得してくれた人が多いのだ。 だが転勤してきた支店は、本当に何も語れない。思考するという事を最初から拒否しているのである。だから仕事、野球、ゴルフの話ししかしないし、驚いた事に女性陣も同じなのである。はっきり言ってカルチャーショックだった。 だからこういう昔からの友人が近くにいるという事は、非常にありがたいのである。
少しだけの予定だったが、やはりあっという間に時間が過ぎてしまい、退去は23時30分である。 帰宅して、少し悩んでから「バイオハザード3」を見てしまったので、寝たのは3時であった。ま、いいか。 ちなみに今回の作品は、あんなにいい加減だった1と2を、良くまあここまでうまくまとめたもんだと感心してしまった。この監督はなかなか大したものだと思う。もちろんあくまでB級であり、あちこち無理な設定も多いのだが、それをあえて脚本と演出に力技を加えて押し切った力量は見事だと誉めても良いだろう。 ミラの動きも「ウルトラヴァイオレット」で鍛えられていたはずだし、ハズレばかりの3作目映画としては珍しくうまくできあがっていた作品だ。
テレビでちょっとばかり長野での北京五輪聖火リレーのニュースを見た。 こういう騒ぎでは必ず地元の人間より外部から来る人間の方が騒ぎまくって終わるのだが、今回も全く同じ構図である。相変わらず地元不在で地元に迷惑をかけて本人たちは満足して帰っていく。日本の抗議運動はいつもそうだ。
そして映像を見て気がついたが、かなりの人間は暴動を楽しむために来ているのではないだろうか。 あの「リレー選手に何かを投げて、にやにやしながら去って行った男」は、明らかに政治的アピールではなく「楽しんでいる」。本当に政治的なアピールがあるならああいう態度は取れないはずで、ただのチンピラ的行動、あるいはガキと言ってもいい。 この時たまたま撮影していた撮影クルーが「何を投げたんですか」と聞いていたが、いい加減こいつらもかなりのバカだ。そういうのは黙々と事実を撮影すればいいのであって、芸能人にするバカ質問とまったく同レヴェルの質問をしてどうするのだ。あえて言えば、こんなバカ・クルーを派遣するテレビ局は、そのバカ当人以上にバカだ。もう放送資源の無駄遣い以外の何物でもない。もう10年以上前からマスコミというのは死んでいるのだ。
ただ一番問題なのは、IOCが中国でのオリンピック開催に踏み切ってしまった事だろう。 元々経済の専門家の間では、中国でのオリンピック開催は混乱を招くだけだと言われていた。それは中国がオリンピックを開催するために必要な能力がないためである。 この場合の能力とは、建造物を立てる技術、水道やトイレを整備する技術などの建築能力もそうだが、もっとも重要なのは中国共産党の独裁政権という存在が、政治的に開催する技術・能力に欠けているという事だ。 実際この大切な時期にチベット問題を大きくするなど、普通の国では考えられない。問題があってもオリンピックが終わるまではおとなしくするのが普通の国なのだが、彼らにはそういう概念がない。独裁政治に慣れてしまっているからだ。そして中国はまがりなりにも大国なので、他国の忠告を聞かないから尚更たちが悪い。 そんな国で開催しようなどと考える方も、どうかしているのだ。それは開催決定する前から充分に認識されていた事実だ。
そしてオリンピックが開催されるのでそれに参加表明した国としては、どんなに問題があっても強い抗議はしない。特に日本の政府は絶対に口出しはしない。オリンピック開催成功が暗黙の了解だからだ。 したがって、現在の抗議行動は無意味なのである。国として抗議をしていないばかりか、多分中国側の肩を持つはずだからだ。日本とはそういう国だし、そういう政府に首根っこをつかまれている株式会社のテレビ局や新聞社が全面戦争を仕掛けられるはずもない。 結局、何もかもがお祭りでしかないのである。
ようやくタイヤ交換。天気もそこそこ良い状態だったので楽である。
先日ネットで知った「空想科学画報 vol.1」を探す。 駅前のジュンク堂、丸善を見たが置いておらず、あゆみブックスでようやく見つける。 仙台の書店もテリトリー分けが厳しいのか、一箇所で本が揃う事は、ほとんどなくなった。しかも国書刊行会のようにどこも扱っていない本もある。これは以前、旧丸光内にあった八重洲書房が一手に引き受けていたのだが、いつの間にかなくなってからは扱う書店は現れなかった。実に不便である。レムの全集が欲しかったのだが…。
それはともかく「空想科学画報 vol.1」である。 この本はSF映画のメカを扱うという事で、今回は海底軍艦轟天号とシービュー号という、メカ・マニアが喜ぶ内容である。 しかしA4変形のたかが80ページ、大部分がモノクロ、しかも90%は持っているか見たかした写真である。これで3,360円は高すぎる。誰がこんな高い本を買うというのだろう(あ、私か…)。 第二弾が「スター・トレックのUSSエンタープライズ号」と「宇宙家族ロビンソンのジュピター�狭罅廚世�、これは売れ残るのではないだろうか。日本でメカ本として売るのなら、他の物を先に出すべきだ。SFに関しては、日本とアメリカでの人気にかなりの温度差があるのだから。
そして夜は会社の歓送迎会。 新入社員と他の部署へ行く人との歓送迎会はいいのだが、なぜか60歳で一旦定年、すぐに嘱託となった人のお祝いもするという。この人の会費も持つので結構大変なのだが、なぜ還暦のお祝いまでしなければならないのだろう。良く判らない。 相変わらずこの会社での会話は疲れる。ただし新入社員は、映画やロック、世界情勢の話が通じるので多少話が弾む。もっとも若いから限界点がくるのは早い。 当然のように一次会で帰宅する。
その後チャウチャウから電話。いくつか懸案事項あり。 いずれ5月中に正明さんちに行く事にしたいと意見が一致。本人も寂しくしていると思うし。
現在3代目レガシーに乗っているのだが、2009年にはモデル・チェンジするのだという。さて、今度はどういう路線で来るのだろう。 現在の4代目レガシーは、3ナンバー・サイズ化、まるでミニバンの如くのデザインという部分で魅力が半減している。走りの点では我々一般的な車好きに対してはほぼ満足のいく出来なので、こういう目立つ部分での落第点は困ってしまう。レガシーは、5ナンバー・サイズで内部が広い事に意義があるので、3ナンバー・サイズ化というのは、最大の欠点になっている。 結局、走り、デザイン、内部の広さ、使い勝手などあらゆる点で水準以上だった2代目レガシーは傑作だったのである。
しかし外観で魅力がないので、改めて走っている車を見ると、本当にみんな似たような形になっている。しかもミニバンのようなデザインのなんと多い事か(そんな車をドレスアップする奴らのセンスは、破壊されていると断言する)。 結局現在走っている車で魅力的なデザインの車は全く存在しない。そういう部分ではまだまだヨーロッパ車というのはましなのだが、いかんせん割高であるし、パーツも高い。国産車は同じ性能ならかなり安いのである。もっとも細かい部分、例えば防錆などではかなり劣るが、やはり輸入車は安くない。
さて、今乗っているレガシーを買い換える時期が来たら、どうしたら良いのだろう。デザインを無視してインプレッサにするしかないのだろうか。 今のところ、3ナンバー・サイズの車を買う気は全くないのだから。
| 2008年04月24日(木) |
「真・女立喰師列伝」の中身 |
会社では現在、20時以降の残業が禁止されている。あまりに違法労働させたために労働監督署から改善命令が出たためである。当然、仕事の種類や時期によっては明らかに時間が不足する。こんな事は初めから判っているので、そこで予想していたとおり、仕事が命の連中は朝5時位から会社に出たりしている。 予想通りだから別にいいのだが、そろそろそれを他人にも強要しようとしている。これは改善命令が出たという事が全然判っていない訳で、だから頭が悪いというのだ。ここはセコムで管理しているので、出社状況は簡単に判るのだが、「残業がだめだから早く出ればいい」と考えるところが愚かなバカ者だと言う証明になってしまっている。なぜ長時間残業がいけないのか、その理由がまるで判っていないのである。 結局数字しか見られない管理職の存在が元凶という事だ。
そんな夜に実家へ行く。妹が来ているので子どんぐりを連れてお年玉のお礼をさせるためだ。1時間ほど話をして退去。
その後「真・女立喰師列伝」の本編をまじめに見る。 今回は完全にスピンアウト作品であり、立喰師の世界からは外れているのだが、それはそれで良い。それでも各監督はまるで押井監督のようなセリフ(脚本ではない)を書いており、みんな勉強しているのだとつくづく思う。もちろん作品の雰囲気は全く違うので、とにかくオムニバスとして成立している訳だ。 異色だと思ったのは「バーボンのミキ」で、立喰師がついに詐欺師へと昇華されている。つまり騙された本人が騙された事に全く気づいていないというシチュエーションなのである。ただしハデな銃撃戦の後なのだが。
ところでこの銃撃戦の中でウインチェスターM73で敵の弾丸を防ぐシーンがあったのだが、これはまるで「ブラック・ラグーン」のソーヤーだ(例のチェーン・ソーで弾丸を防ぐシーンである)。どちらも材質で考えた場合、現実的に防御は不可能なのだが、面白い事にどちらも絵として見事にサマになっているから許せる。こういうところで演出の上手い下手が判るのである。
しかしこの「真・女立喰師列伝」は、明らかに見る人を選ぶ。元々の「立喰師列伝」よりも、だ。
| 2008年04月23日(水) |
「真・女立喰師列伝」のおまけ |
会社でかなりの人間が野球を見るとかで早々に退社していた。当然仕事など途中で放り投げている。別にいいけどな。 これが先週だったら、私も仕事をさっさと投げ捨てて映画を見に行けたのに、今週はもう終わっている。困ったものだ。
そんな今日、ようやく「真・女立喰師列伝」が届いた。もろちん特典ディスク付のボックスである。押井作品は、かなりマニアックなメイキングが面白いのである。というか作品単体のDVDではつまらないのだ。特典映像などで作品の本質や信じられないようなメイキングなどが見られるのが彼の作品の面白いところである。
という訳で、本編を後回しにしてそちらから見る。 押井守100問100答はかなり笑えるが、同時に勉強になる。このインタビューは、問いに対して長考不可という条件にしてあり、ほとんど脊髄反射的内容になるので彼の本質がかなり見えて面白い。昔パトレイバー2の手の内をさらけ出したMETHODという本があったが、今回は映像を通して自身の本質をかなりオープンにしている。
おかげで何故彼の作品を追い続けてきたのかが見えてきた。色々な部分で考え方や嗜好が、嫌になるくらい似ているのである。驚きつつ納得。 ちなみに100問はあっという間で、100問を突破してさらに続けていた。さすがだ。
樋口監督との対談では、何故今回の「真・女立喰師列伝」に自分を呼ばなかったのか、と問い詰められていた。 しかしお互いの話の感じから、樋口監督に本気でやる気はないし、押井監督は彼の本質がこの作品とは相容れないと判っている、というのが見えてくる。つまりこのシリーズに樋口監督か登場する事はない、という事だ。こういう、文章では判らないが映像では見えてくるところが、特典映像の醍醐味なのである。
映画秘宝を買う。 最近は、雑誌の発売日当日に購入する事はほとんど出来なくなっている。近所に本屋が全くなくなってしまったからだ。月刊誌といえども、極めてまれではあるが、特集内容によっては一日でほぼ店頭から消えるケースもある。そういう事態になった時、全く対処できないのが残念である。
それはそれとして、今月の秘宝の表紙は「ホット・ファズ」である。 もしかしたらソフトが発売されるのだろうかと思ったら、なんと映画館で上映される事になったのだという。なるほど。これは是非とも観たいが、どうやら単館系の扱いらしいので、はたしてこちらで観られるのかどうか疑問である。 なにせ現在の日本は大都市中心でしか動いていない。利益を出すのが企業の宿命なのだから、地方都市というペイするかどうか判らない危険なところは無視するのが最善の策なのだ。 まあそれでも劇場公開されるという事は、もしかしたら見られるかもしれないのだから素直に喜びたい。なにせキング・クリムゾンのライヴを見に行った時に「リベリオン」を見る事が出来たのだから。
そのほかの情報では、DVDで「ピンク・フラミンゴ」のノーカット版が発売されるという。真っ先に思ったのは本当にノーカットなのかどうか、である。しかも「DVD-BOX」って、どういう事だ? 本当にノーカット版なら一度は見たいが、買ったところで2回も見るかどうかという内容である。少なくとも私はそう何度も見る映画ではない。だから買わないと思うのだが…。
それよりも、LDで持ってはいるが「ライフ・オブ・ブライアン」である。これはとりあえず買っておくだろう。なにせ特典映像がついているのだから。そういう意味では「ホーリー・グレイル」も買わなければならないだろう。 そしてようやく「8 1/2」と「ヒート」も出る。これは待ち望んでいた人も多いだろう。まあ「ヒート」に関してはあまりたいした映画ではないが、やはりその銃撃戦は一見の価値がある。映画館で見た時にそう思ったものだ。
しかしレンタルって、使わないなぁ…。
グランドプリンスホテル新高輪と同ホテル高輪が日教組の集会会場使用を拒み、集会参加者の宿泊予約を取り消した事件があった。別に日教組を擁護するつもりはないし、どちらか言えば日本の教育には不要な組織だと思っているが、このホテルは最高裁の判決を無視してまで会場使用を拒むという、法治国家にあるまじきとんでもない行為に出た訳である。
しかし15日に港区が、両ホテルを経営するプリンスホテルを旅館業法に基づき口頭で厳重注意したところ、同社は区に謝罪する始末書を提出し、「重く受け止め、法律の趣旨を従業員に徹底したい」というコメントまで出した。 つまり、最高裁の判決という法治国家の根源は無視したのに、都には営業停止処分の権限があるためヘコヘコ頭を下げて尻尾まで振ったのである。
このプリンスホテルの対応には全く呆れる他はない。全然スジが通っていないではないか。そのスジを通せないただのホテルの分際で最高裁の判決を無視し、法律を無視しても大丈夫という前例を作ってしまったのである。つまりプリンス・ホテルは、法治国家というシステムをブチ壊した、とんでもない犯罪者集団なのである。 彼らのおかげで、弱者が最終的に頼るべき最高裁という一種の駆け込み寺が無残にも破壊されてしまったのだから、彼らの罪は重い。こういうのを本当の売国奴というのである。多分今後の日本というのは、先進国の仲間から大きく逸脱してしまうだろう。そのくらい重大な問題なのである。 本当に当初のコメントのように「ホテルの他の客や周辺の方々の安全を守るためだった」と考えているのなら、都の厳重注意も無視してしかるべきなのに、営業停止は嫌だとガキのように振る舞い、コロコロと主張を変える。まったくとんでもない話だ。
例えて言えば、暴力団が昔の地上げ行為のような事をして住民を追い出した場合に、住民が裁判を起こして勝訴しても、暴力団側はそれを無視してかまわないという前例を作ってしまったのである。信じられるだろうか。裁判というものがまったく機能しなくなる事を意味しているのだ。もはや日本は法治国家とは言えなくなってしまったのである。 それほどにプリンスホテルのとった行為は愚かで、最高裁の権威を何らかの形で見せる必要がある事態になってしまった。極端に言えば、このホテルは見せしめのために潰しても構わないほどにとんでもない事をしでかしたのである。
今回は日教組の事などどうでもよい。法治国家の存亡がかかっているといって良いほどの事件なのである。なぜマスコミも国民もそれを大きく問題視しないのだろう。不思議だ。
そろそろコージー・パウエルが事故死してから10年である。早いものだ。 意外と2000年前後に有能なプレイヤーが他界している。日本のメディアは洋物に弱いので全然報道しないが、ネットのおかげでむしろ個人レヴェルで知る事が多い。 でも今のドラマーで亡くなったら大騒ぎされるのは、やはりビル・ブラッフォードくらいなのだろうか。いや、日本のメディアでは知らない人間の方が多そうだ。現在の日本で一番物を知らないのは、他ならぬマスコミなのだから。
今日はmixiにアップする写真をスキャナーで取り込んだ。 しかしまともな写真は少なく、数は撮ったものの、あまり上手くはないという事実をまざまざと見せ付けられた感じである。ただし当時としてはユニークなものを撮っていたと思うので、まあ10枚くらいは自慢できるデキだと言えるだろう。 これらの写真を撮った後、いろいろと構図も思いついてきたので、もう少しまともに写真を撮りたいものだ。 いずれアップしても閲覧キーをつけて極々一部の人にしか見せないつもりだし、そういう写真でもある。
ちなみにスキャナーは10年前の物で、やはり取り込んだ写真を見ると、ゴミも多いしそもそも粗い。プラテンの裏側のゴミが簡単に取れないので、いずれ分解して、キャリッジもオイルを差さなければならないだろう。 フィルムから綺麗に取り込める最新の機種が欲しいのだが…。
またまた粗仕事。 しかし営業という職種は本当にヒマのようだ。支店長以下、遊んでいるのである。前期は赤字だったはずだが、これでは当然だろう。 こちらは決算処理に追われてメチャクチャ忙しいのに、その他にも訳の判らない雑用に追われて時間がない。困ったものだ。
疲れたので、21時頃に泉方面の本屋へ行く。しかし車でないと行けない場所にしかマトモな本屋がないのは、実に不便だ。仙台という町は泉と合併する段階で南北への優遇策を行ったため、本当にそれ以外のエリアは不便になった。役人の面子が悪い方向に働いた結果だろう。
それはともかく、カメラ雑誌を立ち読みする。 やはり老舗の四誌以外は面白くないので、とりあえずその四誌を立ち読みする。いろいろと面白い記事もあったが、特にデジタル写真のデータを安心して保存できるメディアは、今のところ存在しないという部分が面白かった。 機械の信頼性もあるが、メーカーの生産打ち切りにより使えなくなるという部分も怖い。一番怖いのは突然の故障などでデータが消失する事だ。記事によればjpegデータが結構破壊されてしまい、サムネイルしか残っていなかったという例もあるらしい。そもそも新品の記憶媒体も、一度大量に試し撮りして、本当にそのメディアが大丈夫が確認した方が良いとの事だ。
結局デジタルの世界は、メーカーの消耗戦である。現在のメーカーは、自社の利益を第一に考えてユーザーという消費者は無視している。カメラの世界では、キャノンやニコンはまだユーザーの事を無視してはいないが、いつそうなるかは判らない。大手企業が簡単につぶれる時代になったのだから。
ただしそれが自由経済というものの本質だという事を忘れてはならない。戦後日本はそういう道を選んだのだから、仕方がないのだ。それが嫌なら1970年あたりまでの「世界でもっとも成功した社会主義体制」を守るべきだったのである。 もっとも日本人は、戦後の教育が間違っていたので、本当の自由には義務と責任が付随するという部分を理解出来ずにいたのだから、ある意味仕方がないのではあるが、だからそういう社会の歪、乱れを今の若い連中のせいにするのは間違っている。そういう社会を作ったのは、今まで何度も言っているが、今の老人たちなのだから。
今は年寄りに優しくない社会だというが、元々日本は年寄りに優しくなどないのである。ただ単に高齢者の絶対数が少なかったのと、切り捨てるにしても、姥捨て山のように泣く泣く捨てるという、まだ社会の健全性は残っていたから美談にすら転化できたのだ。だが戦後の社会は、切り捨てる事で自由経済の右肩上がりをキープしてきた。それを今になって変えようというのは無理なのだ。 実際役人や企業のトップの感覚としては、社会が経済的に苦しいから老人には早く死んで欲しい、というのが本音だろう。単純な金勘定をするなら、それが手っ取り早いし、経済の今しか考えないから、どうすれば良いかなど考えつかないのである。 それが今の日本社会の実体だ。
色々なメディアで、仙台の交通マナーは最悪だと書かれている。 確かにこれは、あちこち動き回っていた私には実感として良く判る。本当にマナーがひどいというレヴェルを超えて、交通法規を守っている連中が少ないし、そもそも若い連中は法規を知らないのだ。
ただ仙台の名誉のために言っておくが、これは仙台の元々の人間のマナーがおかしいのではなく、新幹線が開通し政令指定都市になり、各地の人間が流入してきてからである。つまり周囲の人間が勝手に自分のルールを適用する事で、仙台の交通ルールの質を下げているのだ。マナーを悪くしているのは、マナーが悪いといっている当の連中の仲間が問題なのである。 少なくとも昔は、歩道を歩いていても横断歩道を渡っていても、別に身の危険は感じなかった。だが現在は平気で歩道は走る、横断歩道を渡っていても平気で突っ込んでくる、停止線で止まらない、信号はほぼ無視する。明らかに外部の連中が入ってきて、営業を始めてからおかしくなっているのだ。
しかも警察機構が無能化して、飲酒運転やひき逃げという凶悪犯罪者が検挙されないし、免許制度が崩壊しているから、運転に向かない人間に平気で免許を交付する。それだけならまだしも、それ以前に人間として崩壊しているような「物体」にまで交付している。事故が一向に減らないばかりか増えるのも当然である。
ついでに今日のニュースでは、福岡市職員がまた飲酒運転で人身事故を起こしたとニュースにあったが、これはもう個人の資質の問題ではなく、福岡市の職員はそういう環境で仕事をしているという事であり、だからみんな危機感がゼロなのである。周囲のみんながやっていれば感覚が麻痺するのも当然だ。だがこれは地元の人間が多く採用されている役所という特殊環境で起きているのだから、地元の連中がそういう感覚だという事だ。しかも去年の3児死亡事故を引き起こした大ヴァカ者は、被害者に責任があるかのごとく振舞っており、多分福岡市の職員は似たり寄ったりなのである。 そうでなければ、3児死亡事故を起こしてそれほど時間がたっていないのに、飲酒運転をするはずがない。つまり日常的に行われ続けているという証拠なのである。 これが仙台とは違う部分だ。
| 2008年04月17日(木) |
文字通りバカばっかり |
新年度になってからというもの、会社ではろくでもない事ばかり起こる。 今日も今日とて、営業が車をぶつけられその対応でいらなく時間がとられてしまう。なにせ相手が任意保険に入っていない大学生なのである。今回は人身事故にはならなかったが、人をはねたらどうするつもりなのだろう。いや、事故を起こすようなヴァカに限って保険など入っていないのだ。 今回は相手の不注意が100%に近い状態での事故で、大学に遅れそうになって、右折時にトラックの後ろから飛び出してきたのである。見事な大ヴァカだ。弁償と自分の車の修理はどうする気なのやら…。 いずれどうにかしてもらうしかない。それが社会というものだ。
その後、他の支店に行った前の上司が自分の成績を上げたばかりに決算のルールを破って決算調整をしないように騒ぎまくっていた。あちこちの支店に電話して騒ぎまくり、仕事の邪魔ばかりしている。こちらでも電話を受けた課長が「バカか、あついは」とこぼしていたのも当然だろう。 そして本店の会計部門にまで電話していたらしく、さすがにその時点でバカ扱いされたようだが、どうしてこういう人間が管理職なのか本当に不思議だ。別に有能な訳でもなく、他の支店に迷惑をかけまくっているだけのバカなのだが。 ちなみにその支店でも嫌われている。自分の事しか考えていないのだから当然だろう。
今日の夜、近所の公園で花見をするのだと、朝礼で親睦会で発表していた。朝に突然言うか? どうもみんな、酒が飲めるとなると、当日の朝の告知でもノープロブレムらしい。特別に親睦会がそうなのではなく、支店のほぼ全員がそういう体質らしいから困ったものである。 もちろん綿は参加などしない。そもそもつまらないからだ。
そして予想通り、営業の連中などはそそくさと帰っていったが、こちらはいつもどおりである。本当は単館系の映画を見たいのだが、決算という事もあり行く暇などない。日曜の混んでいる時にはあまり行きたくないし…。 という訳で、いつもどおり帰宅して「ケルベロス 地獄の番犬」を見る。 ただし時間の関係で、あの「カルピス・コマーシャル・シーン」から後ろを見る。映像的には色々と中途半端なところもあるが、やはり面白い。これで「紅い眼鏡」におけるトランクの中が判るのであった。
ついでという事でもないが、この後ついつい「紅い眼鏡」を見てしまう。しかも最初から最後まで、だ。 やはり私は押井作品ではこれが好きだ。何度見ても飽きないのである。低予算ゆえの工夫を逆手に取っているが実に楽しいし、そもそも映画として面白いと思う。 もちろんアニメには「うる星やつら2」や「パトレイバー2」という傑作があるが(どちらも「2」というところがミソだ)、実写では彼がある意味好き勝手にやっていて楽しいのである。もちろん色々な映画の影響はあるのだが、それでも押井作品になっているところが楽しいし、また彼の作家性が垣間見えるという意味でも楽しめる。
もっともアニメ・ファンといわれる人種には理解できないらしいが…。
夕べはまたまた「KENJI KAWAI CONCERT 2007 CINEMA SYMPHONY」を見た。 やはり最初の二曲でもう感動してしまうし、ラストも本当に良い。それも当然で、一曲一曲が一本の映画の中で感動的な役割を持って演奏されているのだから、感動しない方が不思議なくらいである。結局は彼のベスト盤である「K-PLEAURES」のライヴだと理解すれば良いのだ。 ただ、冷静に見るとプレイヤーの上手さにばらつきがあるのが判る。特にオーケストラは、下手ではないがそれほど上手くもない。もちろん様々な制約があり練習不足があったのはよく判る。かなり特殊な曲ばかりなので、むしろこれだけのスケールでライヴに出来たという事自体が奇跡的なのである。だが、やはり世界の一流オーケストラのレヴェルがいかに素晴らしいものかが、こういう部分で判ってしまうのも事実だ。
いずれ川井憲次という人は、もう世界を相手に仕事が出来るレヴェルに達しているし、実際あちこちからのアファーがよく来ているという。その凄さを肝心の日本人が判っていないというのも悲しい事だ。 どうも日本という社会はサブ・カルチャーの凄さを全然理解できないようで、アニメが世界に輸出できる唯一の日本の資産だとは報道されても、では具体的に誰がどういう部分で評価されているのかは誰も知らない。 少し前までの押井守は、その実力と相反して日本では完全に無名だった。そしてその時期の作品が野心的であり、かつ傑作であった。
結局日本という社会は、文化を見る目が貧弱なのだろう。
少し前の朝日新聞(4月9日だ)に、篠山紀信のインタビューが載っていた。 先に断っておくが、私はあまりこの人の写真が好きではない。良い写真だと思う事もあるが、それは極めて少ない。完全に私の趣味からはズレているのだ。だが好きではないが、彼のコンセプトは非常に良く判る。だから彼のカメラマンとしての力量が半端なものではないというのも判るのである。
今回のインタビューで「写真は時代の映し鏡だから、一番いい時に、一番いい場所に行って、バンバン撮っちゃうのが一番いいカメラマンだと思っている。過去を振り返らない。今がすべて。」と載っていたが、これは間違いなく彼の撮影の基本だ。だから彼は懐古写真が嫌いだと断言している。造っては壊す異常なまでに新陳代謝のはげしい東京が好きだというのも、プログレッシヴな彼のカメラマンとしての本質を表している。 私も多少写真を撮るが、勉強以外でのスタンダードな撮り方は、好きではない。例えそれが結婚式や入学式などの写真であっても、やはり少しは変わった事がしたいと思うし実際そうしてきた。そうでなければ、自分で撮る楽しみなどない。平凡な写真であれば、ひたすら他人の上手な写真を見ているだけで充分である。
写真を撮るなら、どこかに自分の特徴が必要だ。それがのちのち平凡になっていっても、その時点でユニークなら良いのである。だから紀信のように、今がすべてと考えてその時のユニークが何かを考えるのが重要なのである。 もっとも、だからこそ写真雑誌やファッション雑誌(Vogueのような一流誌)などを見て、現時点での「時代」が何かを見極める必要もある。写真雑誌を見ているだけでも、やはり何らかの流れは感じられるのである。
そしてそういう好みがあるから、地域の写真コンテストというものが嫌いだ。実際問題として、通常はいかにもコンテスト狙いの写真しか入選しないからだ。 もっともそういうコンテストの存在意義は地域の発展なのだから、ユニークなのは不要だというのは充分判っている。むしろ平凡さこそが求められる資質であろう事も充分判っている。 判っているがそういうコンテストは大嫌いである。自分の参考にならないからだ。写真の勉強ならマニュアル本、写真集で充分であり、見るだけであってもユニークな写真の方が絶対に楽しい。 そしてユニークな写真を撮ろうとするのは、もっと楽しいのである。
ちまちまと探し物があって、あちこちうろつく。ただし収穫はない。
ただ、途中でふらっと寄ったNODA-YAで一時間ほどダベリンクしてしまった。ネットで書くには差し障りがありそうな、色々と面白い情報も聞く。 そんな中で書けそうなのは、マルシンがエクセレントではないノーマルHWのM1910を出すらしいという事だ。シルバー・モデルで遊んできたが、かなり作動は快調で、ノーマルHWヴァージョンでも欲しいと思う。あとはどこかからモーゼルHScを出してくれないのか、という部分で意見が一致したりする。 そしてこれらの銃には木グリが似合うのだが、やはり高い。ルガーP-08の木グリに至ってはほとんど一万円だ。これでは手持ちの銃に合うかどうかのテストのためだけで買う訳にはいかないだろう。
さりげなくタニオ・コバのGM7の情報を聞くと、やはり何も入っていないらしい。この店でもある程度期待しているようで、あちこちにアンテナを向けているらしいのだが、やはり悲しいかな東北の小売店の身では、どうしてもルートは限られてしまう。それでも東北でモデルガンを扱っている店としてはトップ・レヴェルなので、問屋やメーカーとしても無視はできないだけの存在になっているようだ。
途中で新製品であるWAの「M4 CQB-R」を撃たせてもらう。M-16ファミリーの、XM177E2の発展型という感じの銃だ。撃つ時に、今のエアガンは空撃ちモードが付いているから便利である。 しかしこれ、リコイルが凄い。下手なモデルガン以上のリコイル・ショックで、特にフル・オートでの反動は素晴らしい。そして音も派手だ。屋内で遊ぶなら、これは最強のオモチャであろう(あえてオモチャと言っておく)。 それでいてカートがないのにボルト・フォワード・アシスト・アッセンブリーがライヴだったり、持った感じも旧MGCのホールド感に極めて近かったりと、昔のモデルガンに雰囲気が近い点は良い。外観も素晴らしい仕上げであり、これはかなり高得点のエア・ガンである(私には買えないほど高いけどな)。 本当はこういう感じのモデルガンが欲しいのに…。
いずれこういうマイナーな趣味の場合、店舗で直接店員と話す必要がある。ネットや本では知る事の出来ない情報は、最後は人から聞かないと判らないのである。これは趣味の分野では、昔から今でも変わらない部分だろう。
今日も粗仕事。 しかし昨日はみんなどれだけ飲んだのやら。異様に酒臭いし、朝からうずくまっている奴もいる。今日は仕事だと判っていてこれだから、みんなヴァカだというのだ。 この会社は酒に意地汚い奴が多すぎる。こういう連中は「酒自体が好き」なのであって、けっして酒の席が楽しみではないのである。だから話題に乏しいままなのだ。 当然親睦会も同じである。少なくとも親睦会としては機能していない。
さて、3年前の新宿でのライヴがとんでもなく楽しかったキース・エマーソンだが、今年の10月に来日するとの事だ。 とりあえず渋谷と大阪のみらしいのだが、渋谷は平日のライヴで、これはちょっとばかり困った事態である。時間帯によっては2日休まなければならなくなるからだ。もっもと前回の例だと、終わってから最終の新幹線には間に合う時間ではあるが、最近はJRのトラブルも多く、万が一を考えると悩んでしまう。 ちなみに渋谷は、あの「C.C.レモンホール」で行われる。以前渋谷公会堂だった頃に、再結成のELPを見に行った事があり、多分あの頃に比べれば格段にきれいになっているのだとは思うが、やはりネーミングが良くない。首都圏に住んでいないので、なかなかこの名前には馴染めないのである。
そんな情報を見ていたら、少し前から噂になっていたアニメ版「ウルトラヴァイオレット」の話が公になった。 正式名は「ウルトラヴァイオレット:コード044」で、あの映画から50年後くらいの話らしく、今度は女の子を連れて逃げるとの事(なんだか進歩がない設定だ)。 まあその辺はどうでもいいのだが、なんと出崎監督作品という事で驚いた。「あしたのジョー」や「エースをねらえ!」の、あの出崎統である。う〜む、これは微妙だ。なんとなく、構図、演出とも期待しない方が良いという作品になりそうな予感が…。 個人的にあの人の演出が、ウルトラヴァイオレットに向いているとは思えないのだ。つまりGUN-KATAが彼の演出スタイルとは相容れないと私は思っている。だから期待できないのだ。これはスペース・コブラを見てきたから断言するのである。 こんなのを作る金があったら、カート・ウイマーに他の作品を作る機会を与えるべきなのに。
などと「コブラ」を例に出したら、寺沢武一自らが監督、脚本でOVAになるという記事が。笑うのはその後に別のOVAが控えているという事で、これは保険をかけたと露骨に判ってしまう。 ただ声が前と同じ野沢那智、アーマロイド・レディは榊原良子というのはどうしても不安になる。若い時ならぴったりだが、やはり年とともに声量は落ちてしまう。コブラの地味なセリフは良いが、派手なアクション時のとぼけた声はちょっと難しいのではないだろうか。もっとも、そういうシーンは最初から入れない予定なのかもしれないが。
しかしリメイクばかりの世の中である。
またも誕生日が来てしまった訳である。早いものだ。
そんな日の新聞に、スバルが軽自動車から撤退するというニュースが載っていた。 これには大賛成だ。スバルには水平対向エンジンとAWDという最強の武器がある。走る楽しさを味わえる車が200万位から買えるのは、スバルくらいのものだ。軽などさっさと止めて本当の車に絞るべきなのである。そもそも軽自動車に走る楽しみを求める方が間違っているのだから、軽の得意なスズキあたりに任せてしまった方が良いのである。 それでもし会社が傾いたら、などという心配は無用だ。ちゃんと他の部門で稼いでいるのだ。戦闘ヘリなどの防衛部門というこれまた特殊なものでだが、いずれ母体の富士重工はそれほど弱いものではない。 いずれ今までも、他の自動車メーカーに比べれば売り上げ台数は格段に低い。だがコアなファンがつくのも当然の車を作り続けているのである。多分今の国内で、モーター・スポーツとして車を捕らえているのはスバルだけだ。スポーツとしての車を庶民が買える値段で出す、という考えは他のメーカーには希薄である。だからスバルには、走りに特化したモデルを出し続けて欲しいのである。そしてもっとも重要なのは、我々が買える値段でという事だ。 ちなみに細かい部分を考えても、スバルの車は走る事に関しては非常に素晴らしい作り方をしている。例えば、他の車と比較すると判るが、運転席からの視界は、左右のピラーが邪魔になりにくいようになっている。実はこれがかなり重要で、トヨタ車などはこの部分が意外なほどに邪魔である。そういう細かい部分が事故を未然に防ぐのだが、そういう良さが判る人間は少ないのが現状だ。 結局、モーター・スポーツという概念が日本には存在しないのである。だからスバルのシェアは低いのだ。
そして今日は新入社員歓迎会。多分明日はかなりの人間がぼろぼろだろう。いつもの事で、誰も学習しないのである。 しかし今回の親睦会はいつにもまして運営が下手だ。あれでまじめに進行しようという気があるのだろうか。だとしたら無能だし、ないのだったら怠慢だ。いずれにせよ親睦会としては最低だ。 もともと能力がないのだから、クイズなどはやるべきではない。本当につまらないしタイミングも司会も話にならないほど幼稚だ。やらない方が良いレヴェルの余興ほど悲惨なものはない。予想通りブーイングの嵐である。 とにかくものを全然知らないから機転も利かないし、想像力がないから盛り上げ方も判らない。最低である。 余興があるのにつまらない宴会というのも珍しいだろう。
今日から新入社員が3名配属となった。 いよいよ平成生まれ入社かと思ったら、全員大学卒なのでかろうじて昭和生まれである。という事は、他の支店には平成生まれが配属になっているという訳だ。 しかし手続きをしていて気がついたのだが、このうちの一人の父親が同じ年で、しかも誕生日は私より半年後である。これにはちょっとショックを受けてしまった。もうそんな年なのである。 少し前は、気がついたら一回りも下の人が入社したと騒いでいたのに、もう一回りどころではない。そろそろ二回りなので、親が同年代も珍しくなくなった。これからは下手をすると親には孫がいる、なんて事もありうるのだ。恐ろしい…。
そして明日でまた一つ年をとってしまうのだが、月日の経つのは早すぎる。去年半世紀だと大騒ぎしてから2ヶ月くらいしか経っていないような気がしてしまう。 なんというか、滝に向かってどんどん進んでいるボートに乗っているという感じがするのだった。
夏頃にマルシンからマテバのエアガンが出る。もちろん架空の銃だ。 エアガンのリボルバーなど買おうとは思わないのだが、このマテバはかなり攻殻機動隊の設定に忠実らしく、9ミリパラの設定になっている。つまりリボルバーには珍しい、リムレスのカートを使うのである。だから当然のごとくエジェクターも特別な形になってる。そうしなければリムレスのカートを吐き出す事が不可能だからだ。 開発途中のものを見るとその辺の形が良く判って面白い。リムレスだからカートの先端を引っ掛けて押し出すようになっている。まさかこんなものがモデル化されるとはとても信じられない。 ちょっとだけだが、欲しくなってしまうではないか。
そして今日は、どんぐり2号が町中でタカラの東京タワーを見つけたとの事で、とりあえず2個買ってきた。 予想はしていたが、両方ともクリア・タイプで、おそらくこれが混入している比率はかなり高いだろう。造形自体はなかなか良いのだが、やはりクリア・モデルはいただけない。はっきり言うが、すべてカラー・ヴァージョンにするべきだったし、それがメーカーの良心だ。カラーにすると単価が上がるのは判っているのだから、価格自体を上げるべきだろう。 600円以上の物なのに内容にかなりの価格差があるというのは、もう古すぎる手であり、現在では許しがたい。この一点で、タカラはメーカーとして三流だと断言しておく。
という訳で、グッチ裕三がハッチポッチ・ステーションでやっていた歌の映像を見る。 あまりの面白さについつい1時間ほど経過してしまったが、やはり今見ても面白い。youtubeに載るくらいだから名作傑作ばかりなのだが、今回初めて見た「ビート・イット」もまた傑作だ。 ちなみにNHKはおバカの集団だから、この手の映像をすぐに削除しようとするが、だったらまず販売ソフトを安く充実させる事が先決だろう。販売できない事情があるなら、削除などせずに放っておけば良いのである。
最近はPCで遊びながら音楽を聞く事が多くなった。 もちろんyoutubeも楽しいが、やはりアルバムで聞くとなるとCDの方が楽である。それに自分が聞くアルバムは、一般的にコンセプト・アルバムといわれるものが多いし、そういうのが好きなのである。だから当然のように一曲が長いというケースが多い。
今日も「アニマルズ」や「オマドーン」なんかを聞いているが、やはり良いものは良い。 実はピンク・フロイドで大好きなアルバムは、「狂気」ではなく「アニマルズ」だ。次が「炎」である。初期のサイケデリック路線はあまり好きではないし、後期のものは退屈だ。世間一般では名盤と言われる「狂気」は、何度も聞いていると飽きてくる。だからこのアルバムは世間が言うほど傑作ではないと思っているのである。 その点「アニマルズ」や「炎」は何度聞いても飽きがこない。飽きが来ないという事は、傑作なのである。マイク・オールドフィールドはやはり初期3枚が好きだが、傑作だと思うのは「オマドーン」である。多分マイク自身の「チューブラー・ベルズ」に対する思い入れの強さは他のアルバムの比ではないと思うし、実際傑作だと思っている。なにせこれまた飽きがこないからだ。 だが作品というレヴェルで純粋に比べると、発展性とまとまりの良さという点で「オマドーン」が抜きんでている。 やはり何度聞いても全然飽きがこないアルバムだ。
そして世の中には、こうした傑作が結構埋もれているのである。
今日はタカラから東京タワーのミニ・モデルが出る。 完全に全体像ならいくつか買っても良いのだが、以前縦半部しかないどうしようもない物が存在したので(ちなみに「ALWAYS 続・三丁目の夕日情景フィギュア」がその縦半分モデルである。本当に使えない)、どうしても警戒してしまう。 ただ、どうもネット上での価格の開きを見ると、圧倒的に無塗装モデルが多そうだ。きちんと赤で彩色された物は少ないという事である。ノーマルなら欲しいが、無彩色モデルにあまり興味はない。これならプラモをそのまま組んだ方がはるかにマシであろう。
個人的には、こういう固体のばらつきが大き過ぎるものは好きではない。価格に差をつけるなら他にやり方はいくらでもあり、コナミの傑作である「サンダーバード」と「謎の円盤UFO」がその良い例だ。 仮に金がかかっていないものであっても、それが出て悔しいと思うようなものではその商品すべてに存在価値はない。価格差はつけても良いが、商品自体の存在意義を疑うようなものは出してはいけない。
でもこの周辺では見かけないが、本当に出たのだろうか。 というか、最近うちの周辺からはどんどん店というものがなくなっていく。本屋も模型屋も完全に消えてしまった。特に本屋が消えたのは痛い。駅前まで毎日出るという訳にはいかないのである。
いずれ仙台は、南北にのみ発展していくのだろう。
修理依頼をしていたオーディオが戻ってきたというので、スバルに行く。 だが結局原因不明なので、該当しそうなパーツを交換したとの事。まあそんな気はしていた。いずれスバルは、走る事に関しては国内でも一流だが、内装関係に関しては弱い。確かにオプションとしてマッキントッシュのオーディオ・システムが用意されているが、やはり安くはない。昔使っていたアルパインと変わらないのだ(そう考えると、むしろ安い?)。 内装に関しては文句が出ない程度に機能してくれれば、とりあえずスバルには文句はないのだが…。
午後は昨日に続いてスキャナーを接続したらあっさりと完了。 ところがMOは相変わらずダメである。全く認識されないので、やはり内部プログラムが壊れているようだ。だが買い換えようにも地方都市の家電量販店ではMO自体があまりない。つまり高い物(15,000円以上する)しかないのである。困ったものだ。 こうして考えると、PC業界は物が売れるようなシステムになっているのだと納得してしまう。 ちなみに寺沢君から、XPには互換モードというのがあると教えてもらう。下位のプログラムはほぼ取り込めるようになっていて、通常は機器を接続すれば認識されるし、されない場合は互換モードにすればかなりの高確率で動くらしい。基本なのだろうが、良い事を教えてもらった。
そしてネットでニュースを見ていたら、チャールトン・ヘストンがついに亡くなったとの事である。ちょうど映画を見始めた頃が彼のピークだったのか、色々な映画で見ていた。それほど好きではないが、映画の役にマッチした演技をする人ではあったと思う。
そのとき、「スターリンに影武者がいた」というニュースも見たのだが、思わず「岡田真澄の事か?」と思ってしまう。昔からとにかく顔が似ていると思っていたのだ。
という相変わらず平和な日曜日である。
今日はどんぐり2号が弘前へ墓参りで出かけるので、朝にバスプールまで送っていく。 戻ってすぐに、久々の床屋である。やはりある程度伸ばすと鬱陶しくなってしまうあたり、自分も年を取ったと感じるのだった。昔はどれだけ伸ばしても気にならなかったのに…。
その後、車にガスを入れる。別に値下がりを待っていた訳ではなく、金がないまま入れずにいたら4月になってしまったというだけの事である。 それでも先月より1リットルあたり20円程安いので、今回は千円ほど安く入った訳である。別に通勤に使っている訳ではないのでどうでもいいのだが、やはり一般人にとってこの差は大きいのだろう。 だからといってギリギリまで給油せず、ガス欠でJAFを呼ぶというのは大ヴァカだ。こんな事をするからJAFの料金は高くなるのである。ガス欠や鍵の閉じ込めという、知能指数が限りなくゼロに使い人種しかやらない事項に対処するために会費を払いたいとは思わないので、当然の事として私はJAFに加入しないのである。 JAFは本来、メカの故障や事故に対応すればよいのであって、人為的ミスにまで対応する必要はない。もちろんどうしてもという時は別料金にすれば良いだけだ。JAFがバカに対して金を使うのはバカげているとしか言いようがない。
そして午後はXPになったPCへ色々と接続する、はずだったのだが、MOがまったく認識されない。 確かに以前からときとぎ認識されないという事象はあり、もしかしたら内部のプログラムが壊れているのかもしれない。いずれ過去のデータの問題もあるので、MOは何とかしないといけない問題だ。
その後またまたyoutubeでマイク・オールドフィールドのライヴを見る。 やはり1980年前後のライブは面白い。特にオマドーンは元が民俗音楽をアレンジしてあるのでそれだけでも燃えるのだが、さらに見事にロック側へシフトさせているので、実に燃える。当時、ネブワースのライヴが出た時に朝日新聞でも誉めていたが、多少荒削りだがとにかく見事なライヴで、やはり大きなライヴはやる方も張り切るのだろう。 この頃のライヴを見ていると、やはり全体にロック寄りの処理がされている事が多い。それでもベースとなる部分は変わらないから、とにかく良い音楽に仕上がっている。何度見ても飽きないのだ。 また1998年のチューブラーベルズ3も、ライヴは素晴らしい。ソフトは持っているので何度も見ているのだが、それでもやはり見てしまう。
そんな夜は子どんぐりと実家に行って夕食。平和な一日である。
昨日の続きで2箇所の役所を回るが、やはり要領を得ない。みんな本当に人の話を聞いているのだろうか。 そしてこの手続き書類の確保などで異様に時間をとられてしまい、本来の仕事が全然進まない。かといって明日は会社に出るつもりはない。
なお、その帰り道でクレープとプリンの自販機を見つけた。以前どんぐり2号が見つけたのと同じ場所のようだ。そして見ていたら買っている女性がいたので驚いた。そのうち買ってみた方が良いかもしれない。どの程度の物が出てくるのか、非常に興味があるではないか。
そして夜はyoutubeで色々なライヴを見る。 こういうのを見ていると、本当にソフトとして欲しくなる。確かに映像自体は荒いものが多いが、古いということは演奏が素晴らしいケースが圧倒的に多いのである。なぜなら1970年前後の10年間というものはロックが爆発的に進化した時期で、演奏も飛躍的に進歩した時代なのだが、残念ながら映像音楽業界にはそれらをきちんと記録するという概念があまりなく、日本に至っては全くといってよいほどなかった時代である。ライヴを記録するという行為自体が珍しい上に、素晴らしいライヴであってもフィルムが劣化して悲惨な状態なのである。つまりライヴのきれいな映像自体が残っている率はきわめて低くなる。 近年デジタル・リマスターという技術は発達してきたが、金にならないものはリマスターしないのがこの業界の悪いところだ。良いものを後世に残すという概念が恐ろしく欠落している。
だから悪い画像であっても市販されていない素晴らしいライヴが見られるのだから、皆がyoutubeを見るのは当然の結果なのである。それを映像音楽関係者は理解していない。著作権がどうこう言う以前の問題なのである。
会社で色々とトラブル発生。 その中に、子供の医療に関しての医療費返却についての手続きでのトラブルがあったのだが、本人、本店、青森県の社会保険事務所(うちは本店の関係で仙台手続きではない)、区役所、病院ですべて言う事が微妙に異なり結果としてたらい回し状態になった。そもそもこの医療費返却申請をする人の言う事が微妙におかしいからこういう事になる。 話の内容をあまり良く理解していないだろう事は判る。それは多分当然の事なのだが、この時に「病院の事務はプロだから絶対に間違いない」という実に根拠のない主張をして、だから「病院に行って確認してほしい」という。そこまでこちらはヒマではないし、元々は当人が手続きする内容である。だから絶対に正しいと主張するなら手続きの書類を持ってくるのはその人の役目だろう。
しかし何故「絶対に正しい」と思い込むのだろう。いくらプロだろうが、人間なら間違いはある。今回のように特殊なケースなら病院が間違う事もある。それなのに絶対正しいから病院に行って手続きしろというのは明らかに間違いだ。そもそもかなり年下なのに、妙に思い上がっている。口の利き方を知らないといずれしっぺ返しを食らうのは間違いない。 そもそも一度思い込むと方向変換が出来ないから、この人は仕事がたまるのだ。見切りのつけ方が全然なっていないから非常に遠回りと無駄な仕事をしている。しかも聞く耳を持たないから、この先ずっと気がつかないだろう。哀れである。
人間なら間違いはある。人間が作るから機械にも間違いはある。そういう発想が出来ないから、間違った方向に行っても軌道修正が出来ず、傷口が大きくなるのである。 この会社がなかなか黒字になれない理由のひとつだ。
昨日買った「宇宙船」を読んでいると、結局自分たちの年代は年の功で、編集部よりも良いものを見る目があるのだと感じてしまった。もちろんプロと言われる連中は、自分の好みや良し悪しを無視してでも売らなければならない事もあるのは充分判っている。判ってはいるが、結局売ったモン勝ちという世界観が、彼らの目を曇らせているのも事実だ。 そして少なくともサブ・カルチャーといわれる物に関しては、恐らく我々シロートの方が知識も多いし単純に年の功という部分はあるが、結果として「売らなければならないプロ」よりも「ただのアマチュア」の方が良いものをきちんと見分けられるのが現状である。
昔のプロと呼ばれる連中は本当にいいものを見る目があった。商売が絡んで嫌でも売らなければならない時には、普段と違う書き方でそれとなく仄めかしてくれたから、こちらもなんとなく彼らの言いたい事は理解できた。それが通常のやり取りの中で行われていたのだから、やはり信用という部分が大きかったのである。 だが現在は、この信用という部分がめちゃくちゃ、というより初めから存在していない。だから何を信じていいのか判らないという人は「プロが進めるから良いもの」と考え、自分の嗜好を無視するという言語道断な行為に出てしまう。 これは特撮関係の作品だけではなく音楽シーンも同じで、ミュージック・シーンをダメにしたのはミュージシャンの才能不足以前であり、売る側の姿勢が悪すぎるという問題の方が大きい。
ところで今日の朝日新聞に、演歌についての記事があった。 そもそも演歌というものの歴史は思った以上に浅いという事は私も前から言っている事だが、実は根本的に定義づけが難しいらしい。何を持って演歌とするのか、それが想像以上に難しいようである。もっとも定義づけが難しいというのは、別に演歌が複雑なものではなく、単純だからこそ難しいともいえる。人によって見方が異なるからだ。 日本に定着したのは昭和40年代からだと新聞には書いてあったが、これはぼそのとおりだろう。この頃に放映された歌番組である「ロッテ歌のアルバム」がキーになっていると私は考えている。
しかし私は、演歌を全否定するためにこのへんを調べているのだが、それが昔ながらのSFファンには良く見られた事なのに、現在は嫌いな物は無視するだけという人が圧倒的多数派だ。これでは進歩も何もあったものではない。 まともな論争が出来ないのも当然だろう。
全国的にエイプリル・フールであり、ほぼ全世界的にもそうらしい。
川井憲次氏が、NHKドラマ「七瀬ふたたび」の音楽を担当するという。これはエイプリル・フールではない。 今年の10月9日から毎週木曜日NHK総合にて20時放送の番組だという事だ。原作を良く知っている人なら、この時間帯で放送する事自体、間違いだと思うだろう。NHKでは過去に一度、「七瀬ふたたび」を多岐川裕美主演で製作しているが、こちらは子供向けの時間なのに結構良い雰囲気だったのは、やはりゴールデン・タイムではなかったからだと言える。20時という枠でこの原作が生かされたSFが出来るとは思えない。視聴者を絞った時にこそ、傑作は生まれるのである。 いずれ今のNHKがマトモな作品を作れるとも思えないし…。
雑誌「宇宙船」が復活した。これもエイプリル・フールではない。 とりあえず朝日ソノラマ版は創刊号から買っていたので今回も買ってみたのだが、実につまらない。狙っている方向性は朝日ソノラマ版の踏襲なのだろうが、どうも特撮マニアというものの本質を突いた記事が極端に少ない。この程度の内容なら、別にホビージャパン本誌で毎回5ページもあれば充分だろう。
そんな中に合金製のMJ号が出るというニュースがあった。これもまたエイプリル・フールではない。 全長300ミリというビッグ・サイズだが、値段も19,800円とビッグである。成田亨氏のデザインしたメカとしても傑作に入るMJ号なので欲しいには欲しいのだが、写真を見るとちょっとパネルラインが強すぎるのが難だ。成田メカは実際のメカとは違う美しさを持っているので、ラインはもっとあっさりしていなければならない。これではコナミの食玩の方がマシという事にすらなりかねないではないか。 いずれ7月発売予定との事だ。
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