明日、引っ越します。 四年前にここに越してきた時、馴染みのない街でした。 住めば都。 事情があって引っ越すことになりました。 引っ越し先はまたまた馴染みのない街。 東京に住み始めて以来、北へ北へと流れています〜! 新しい生活に幸有れ〜
| 2003年06月01日(日) |
運転と盲ろう者介助通訳のご関係!? |
この年!?になって今更、自動車運転教習所に通い始めた。 来月引っ越すことになったのだが、ちょっと不便なところが新居になるのがきっかけだ。
数年前脳梗塞で倒れた祖母の通院、デイケアやショートステイに通院や通所し、 季節によっては施設や病院に3ヶ月ごとにお世話になっている。 今や実家には母と隣に住む祖母だけとなり、年老いた母が祖母の送り向かい、 入院中は洗濯物をとりに行ったり、顔見せしたりのすべてを 車でこなしている。 私の母は40半ばで免許を取った。
これまで車の運転にはまったく興味のなかった私だった。 運動音痴だし、怖がりな性格から人の命を奪う危険性のある車を 自分の手で運転するなんてことは避けたいことだった。
引っ越して不便になることもあるが、今の母と祖母の様子を見ていると、 今は必要なくても将来必要になるかもしれない。 その時に免許を取ろうと思ってもかなりの困難が予想されるので、思いきって決意した。 それでもこの年になると、教習所通いはすでに苦難の日々。 教官は「若い人は身体で覚えるが、年をとると頭で覚えようとするから駄目なんだなぁ」だって。若い若いと思っていた私も教習所ではすっかり年寄り扱いだ〜! 引っ越すまでに取らなければ遠くなって通えなくなるという強迫観念だけでがんばってきたが、 先が思いやられる毎日だ〜!
それでも、なんとか順調にきている。 しかし、毎回注意されるのが目線である。 運転の基本のひとつ、「確認 合図 確認」がどうしてもできないのだ。 まっすぐに進めるためと前方の状況を把握するために遠くを見ながら運転をしなければならないそうだが、目線に気配りする余裕がない。 「目線!」「遠くを見なさい」「後方、バックミラー、斜め後ろ目視」と 何度注意されただろう・・・。
元々、何につけても飲み込みが遅い私。 そして、想像を絶する運動神経のなさ。 手だけ、足だけならなんとかなるけれど、手も足も同時に動かすという作業が もっとも苦手で、以前エアロビクスを習っていた時も、一人だけみんなと反対方向の手を出していたりはしょっちゅうだった。 手に集中していると足が疎かになるという具合で、おじさまたちより できなくて、恥ずかしさの余りすぐにやめてしまったこともあった。
運転はハンドル、サイドブレーキ等の操作→手、アクセル、ブレーキの操作→足。 手足に神経を配る運転という作業に、教習所通い前から不安でいっぱいだった。
しかし、通い始めると手足の動きのほかに「見る(視線)」という大事な項目が加わる事実を知った。前後左右に常に視線を配らなくては危険だ。
あれれ?なんかこれって、盲ろう者通訳・介助と重なる部分が多い。 数年前の盲ろう者手引きの際、遅刻しそうになって慌てた私は、目的地を探す1点に視線は集中し、 手引きしているという意識が多分・・・ぶっとんだ。 そして、手引きしていた盲ろうの人を電柱に激突させてしまったという苦い経験がある。
本来なら自分と手引きをしている人の、両方の視線で動かなければ 危険だ(目)。車や障害物、足元の溝などを避けるためには2人分の視野が必要になる(目)。 その上で盲ろうの人を誘導しながら(手)、時に手話や指点字で状況を説明しつつ(手)、 街や建物の中をその状況にあったスピードで歩いたり止まったりする(足)。
車の運転の際と同じように手引きの際に慌ててはいけない。常に平常心でいなければ大きな事故に繋がる。 平常心は通訳中にも同様のことがいえる。慌てた通訳は間違った情報を与える恐れがある。
私も免許を取れる頃には、少しはマシな盲ろう者通訳介助になっているかも?知れないと期待しましょう・・・ 気合いを入れてがんばりますっ!
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