おはなはんの日記

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雨がふる夜は独り言
2004年10月30日(土)

心も凍る雨が降る
体の芯までびっしょりと
濡れて凍ってしまったみたい
秋雨はしんしん体を凍らせる
いまごろ泣いてももう遅い
さっき凍ってしまったんだから

こぬか雨なら濡れてもいいと
あのひとぼそっとつぶやいた
ピンクの傘では気まずいらしい
振り向きもせずにスタスタスタ
今ごろ芯まで凍っただろう

心を溶かす雨もある
熱き血潮をたぎらせるような
心をとろかす雨もある
知っているのはわたしだけ・・・

溶かされてみたり
凍ってみたり

真っ赤な傘をさして歩けば
どんな気持ちになれるのだろう
真っ赤な長靴はいてみた

ピチピチ・・・チャプチャプ・・・ランランラン


答えがみえない
2004年10月29日(金)

どう生きればいいのだろう
かしこい言葉など浮かんじゃぁこない

なにを考えていきればいいのか
目先をかえてみるすべをしらない

ただ黙々と時間とかたをならべて
歩いてきただけのような気がするよ

堅苦しい性格だねとよく言われたり
几帳面すぎて面白くないやと陰口きかれたり

うきうきしてると思うと落ち込みも激しく
しょぼんとしているかと思えば
急にはしゃいでみたくなったり
うざったいんだよぉ〜とつぶやきがもれる

やることなすこと裏目にでれば
なにくそ!根性が目をさます
一直線が美徳のように支配するかとおもえば
ふてぶてしく生きてみたいなぞと考えていたりする

ぎくしゃくした気持ちをもてあそぶことには
もうあきちゃった
綺麗に生きることにも
もううんざりさ
仮面をかぶっていきてることが
重苦しいとおもえてしまう
しかし、この仮面はなかなか脱ぎ去ることはできそうにない
のっぺら坊の自分とのご対面なんて
なによりうんざりするだろう

どう生きればいいのだろう
まだ十分にわかっちゃいない

いつになったら答えがでるのか

わからないからおもしろい
でない答えを探してみるのも面白いと思えるよ
したたかに ふてぶてしく
傲慢で 頑固で 自己中で
そういうことにあこがれている
打ちひしがれて 木っ端微塵の悲壮感にさいなまれ
虚無をまとっていきるより
まともなことかもしれないなんて
つかのま浮かんで消えた幻想を
クルクルクルまるめて ポイ

やっぱり いつものようにしか生きられない
そしてそれがなにより生きているといえるのだろう

わからないものは いつまでたってもわからない
だから面白いのかもしれないのだ

答えが見えてこないから
今日もひたすら生きてみた





《笑顔》がうれしい
2004年10月21日(木)

《笑顔》で一日すごしたい
《笑顔》のあなたに出会いたい
《笑顔》が一番すてきなのは
なんといってもあ・な・たでしょう♪

暗くよどんだ空のした
涙雨もポツリ ポツリと落ちてきた
だから なおさらその《笑顔》が私には必要だ

うつむきかけのあなたの笑顔
まだあったことはないのだけど
昔 むかしから知ってるような
そんなあなたの《笑顔》です

先日あなたの自叙伝よみましたよ
ひたむきな一本ぎなあなたの幼い頃しりました
なんだかやっぱり「あの子」に似ているとおもいました
はにかみやでちょっと気弱で
それでいて頑固までの一途さを併せ持つ
あのこにあなたが重なるのです

離れて暮らしてはいるけれど
「僕のママは死んだ・・・」と言った
あの子が一番好きですよ
真ん中で愛情に飢えていたのでしょうか
あのころは人生の荒波のさなかで
とてもその心の叫びに手を差し伸べることはできなかったが
あの子は素直に育ってくれました
そして あなたが見せるような いい《笑顔》をもちあわせています

あなたが 大事な場所で ニコっと笑いかけるとき
わたしには あの子の《笑顔》におもわれて
とても幸せな気持ちになるのです

さぁ 台風も過ぎました
まだまだ不安は残る朝です
でも、この《ふたりの笑顔》に送られて
わたしは 元気にいってきまーす♪

わたしも笑顔をふりまきながら・・・・・



想い出にかわるとき
2004年10月14日(木)

今、すこしずつ私の中であの日が鮮やかさをまして
想い出にと変わっていく
何度もなんどもその想い出の小道をいったりきたり
あぁ~なんてすてきなき持ちなんだろう
想い出があるって、こんなにも平和でやさしい気持ちなんだ
生きてきた道をたまにはそぉ~と振り向いてみるのもいいなぁ♪
ずいぶん長く生きたから 抱えきれない想い出がある
忘れものいれにポンとほりこんだままの想い出もある
思い出したくない思い出はいまのところ見当たらないから
わたしの人生はまずまず・・・・なんだろう

思いでの旅「飛騨街道」執筆中
四季の旅人をみてください
今回の旅・・・それはわたしにとって”蘇りのたび”となりました
見なれた風景も気持ちひとつで変わって見えてくるものです
その感情の変化を言葉と写真(デジカメ)で綴ってみたいとおもいまーす
これっ!と思えるものがもてたら
人はきっと強くなれる
これが好き!という出会いがあれば
ひとはまっすぐに歩いていける
わたしの「これだ♪好き♪」は旅にある
旅はさまざまなものを教え、学ばせてくれる
目の前に広がり通りすぎていく風景から
わたしは《生きるちから》を与えてもらえた
旅をするには、なんと言っても「時間と費用」が不可欠
自由な心のゆとりや命の洗浄を計るための日々の生活だと思えば
日ごろの雑多な時間さえなんだか有りがたくおもわれてくる
この日のためのあの時間・・・・
いつかもてるこの時間のための今
そう考えを転換できるようになれば
わたしはもっとのびのびと仕事に励める
蘇りの旅はこれからの人生にはなくてはならない
大事なカギとなったとおもう

ぽつり、ぽつりその想い出とかかわりながら
今日も元気でいようとおもう朝



はまっている
2004年10月07日(木)

今「韓国」にはまっている
書店では「韓国本」のコーナーがありそのブームを煽り立てる
そこに立つわたしは、内心ドキドキ!
なんであのおばちゃんあそこにいるん??
なぞと思われはしまいか・・・とドッキン。
ヨン様も素敵だけど「パク・ヨンハ」も素敵だよ
帰り道で「韓国」の店をみぃつけたぁ〜♪
よく見える正面に「ヨン様」がニコっと笑っているんだもの
入らぬわけないじゃん!!
この前「ヨン様のマグカップ」を買った
わたしの宝物の場所に飾っている
もったいなくてそれでコーヒーを飲む気にはなれない
あの方の笑顔がいつも私にむかって微笑む
素敵な時間が流れる・・・・・
うっかりお嫁さんに「私これかってん!」と見せたら
もらえるものだと思ったらしく・・・
もうすこしでまたもやややこしくなるとこだったわ
即座に「こ、これは・・・だめやねん」と断る私
もう、冷や汗だらぁ〜り。
彼女がすぐにその気持ちを察したようで
「わたし、チャン・ドンゴンがすきなんです」と言った
きのうそのチャンのプロマイドをかってきた
もちろん彼女のためにだ
オーナーが今度韓国に買いつけに行くとき
「チャン・ドンゴン」のグッズを仕入れてくるといってくれた
あぁ〜よかった
その「チャン・ドンゴン」の顔  どこかしら息子に似ている
「ヨン様」は二男の面影に。「チャン様」は三男に・・・・
じゃぁ長男に似ているひともいるかもしれない
わたしの「韓国ブーム」はまだまだつづきそう
なんでもいいよね
はまってみるのも楽しいもんさ♪
いまも「ヨン様」が笑顔を見せてくれている
うっとりぃ〜♪


希望にささえられる
2004年10月05日(火)

「希望」の数だけ生きていけるね
いつだったか 別れの朝あなたがつぶやいた
「希望」・・・・それはあなただったのに

あれからどれくらい時間は流れていっただろう

あなたはいまも「希望」をもっているのでしょうか
わたしは「希望」に支えられて生きているのです
それは あなたという「希望」です
あなたがこの心のそこにいきつづけているかぎり
わたしの「希望の明かり」は消えることはありません

あれからいくつトンネルをぬけたでしょう
 「あなたへの希望」 へとつながるトンネルです

さぁ きょうも負けないでいきるぞー♪
大丈夫だよ
希望がいつも私を支えてくれている  


健康・・・
2004年10月04日(月)

健康で一生を過ごせたらどんなにうれしいことだろう
最近、病院の待合で待つ機会があった
なんと沢山の人が待っていることだろう
1年に数えるほどしか待合なんていかないものだから
ほんとびっくりしたなぁ〜
しかし、この待合の長いすに腰をおろすと
次から次へとよからぬ考えが浮かんでくるものだ
たいした症状があるでもないのに・・・
ひょっとしたら これは不治の病なんかも??なんてね
日ごろの健康への感謝がたりなかったなどということには
すぐには気がつかないものである
「健康」ひとくちにいえば なんとはかないものだろう
思いこんですごしていると 悪いほうへの転落がはじまり
気がついたころには あの世への階段に片足突っ込んでいる
そうならないように いくらも兆しはあるだろうに
忙しさやストレスや 日々の雑多がそれを邪魔する
今回はまだ序の口で なんとかかわすことができるだろう
生活を根本から見なおして これぞ!という根源を抜き去ろう
それは なかなか大変だと思うけれど
命の保証にかかわるものならいたし方ないのだ
「健康」それをもういちどこの手にできるというのなら
どんなことでも捨てられる
いまの私に必要なのは「健康でいたいという気持ち」
それが一番の課題なのだ
体も心も健康でいたい・・・・・そう思う始まりの朝



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