十夜一夜...Marizo

 

 

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オンナDEツー - 2002年09月29日(日)

朝6時起床。パジャマのまま外へ出る。
小雨。。。
昨日の晩はどしゃぶりだったしなっっ!
もう今日は中止!中止!!
再び 布団にもぐりこむMZO。全くやる気なし(笑)


朝7時。一応SEIKOに連絡しとくか・・・
「MZOさん!今 トーケンズ到着しましたっ!!」
「はっ?へっっ??マジっすか?」
そかー まぁ ようこ@姫とも待ち合わせしてる事だし
とりあえず お店まではいってみっか。。。

でもさぁー 天気悪いって!絶対!!
なのに・・君達何故にそんなやる気満々なの?>SEIKO&姫
仕方ないなぁーと出発したら・・・
ほらっ!MZOだし((爆))
なんか楽しくなっちゃって・・・
後から考えると「おだってた」っての??
一人で喋ってような気が・・・あーーーまたやっちゃった。


あのビデオは門外不出にしなくちゃっ!!
もし上映会って事になったらギャラもらわなくちゃなっ!
だって メチャクチャ笑えるんだもん((自爆))
Marizo


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友達�� - 2002年09月28日(土)

昨日は 「ビバ月寒」という会合があった。


会合といっても 月寒にある
白木屋で「くらうち」との飲み会である。


「くらうち」は私よりも随分年下ではあるが
倍近く年齢差のある旦那と子供一人を
保有する つわものである。
同じ職場にいた頃はそれほど仲良しでも
なかったのが 彼女が職場を離れてから
妙に親しくなった不思議な関係である。


「ビバ月寒」には基本の4つがある。
一つ 必ず「さし」で飲む。
二つ 安い居酒屋である白木屋で一人5000円以上払う。
三つ 必ず 男自慢になる。
四つ 必ずお店を出るのが夜中の12時を過ぎる。

この基本の四つをいつも忠実に実行しつつ
仕事の話、子供の話、親の話等等
自分勝手に枝葉を伸ばしていくのである。


半年に一度の事もあれば一年以上会わない時もある。
だからかな?いつも話題はつきないので
毎回 とても楽しいお酒なのだ。


そかー。MZOにも友達いるじゃんね。
飲み友達がいるじゃんね。
あーーー良かった。
Marizo



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友達 - 2002年09月27日(金)

やっとフェリーの予約をとった。
Shinちゃんに「かなり混んでるらしいよ。」と
脅かされてあわてて電話してみた。


10月11日(金):苫小牧  21:15発  八戸  04:15着
10月14日(月):八戸   13:00発  苫小牧 22:00着


ファルコンとMZOと二等寝台GET完了!
あとは 無事にフェリーターミナルまでたどり着ければ
MZOはVIBESミーティング IN 秋田に行けるぅ〜!!


なんか・・・MZOってば友達少ないのかも。
結局 二人ぼっちの参加だし。
会場に行けば HDOのメンバーがいるから
寂しくないけど
往復の道程はMZOとファルコンの二人ぼっち。
誰とでも仲がいいって事は
実は 誰とも仲良しじゃないって事なのかも。
なんか しょんぼり。


まぁーいいや!
のんびり行こうっと!
朝早いから 下道でトコトコ行こうっと!
がんばろうな!ファルコン!!
Marizo


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長い影 - 2002年09月25日(水)

直接 聞かれたこの言葉は心をえぐった。
「本当に何もなかったのか?」


何があったと言うのか?
電話の向こうで話をする人と・・・
カウンターの向こうで話をする人と・・・


手紙が来た。
「あの時 僕の右耳の上の方で声がしたんだ
この子だよって。でも今はまだダメだよ。
あと3人待たないと。」
「僕のことを慕っていた子が行方不明なんだ。
僕が君に夢中だから傷ついて君の事を恨んでいるんだ。
会社からの帰り道に君の後をナイフを持って歩いてたんだよ。」


「本当に何もなかったのか?」
だんだんと 本当は何かあったのかもしれないと
思い始めた。
「いらっしゃいませ」と声をかけた時に
笑顔だったのがいけなかったのかも。
何度も後ろを振り返って歩いていた。
何かスキがあったのか。


23歳のこの経験は 長く長く影を引いて
やっと最近 過去のものになりつつある。
たくさんの手紙の束をそろそろ捨ててもいい頃だ。
Marizo





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秋 - 2002年09月24日(火)

秋が一番きらいだ。
あたり一面雪景色だったら 仕方ない諦めもつくのに。


またストーブが壊れた。毎年秋は壊れている。
確かに17年も経っている代物だからなぁー。
父が日曜大工で作った床暖房用に買った
このストーブはとても暖かいから
買い換える気は全くないしなぁー。


秋は 心も寒いから
騙されやすくなっちゃうんだよね。
気をつけなくっちゃ。
Marizo


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ファルコン負傷 - 2002年09月22日(日)

あーーーーーーーー
やっちゃったーーーーーーー
うううううーーーーーーー


しかもさぁー だいたい家の前の歩道が
ナナメなのが悪いんだよなぁーーーーー
少しは考えろよ。んでさぁーエンジンかけた時に
ちゃんと左に押しとけよーーーーー
ばかぁばかぁ〜!! MZOのばかぁーーーーー!!!!!

玄関の扉の向こうで 「ガチャンッッ」って・・・
「えっ?うそ!?・・・まさか・・・」の
リフレイン〜リフレイン〜リフレイン。。。。


負傷個所
・フロントフェンダー(マニキュアを塗る)
・右のミラー(ネジが緩んだだけだったのでしめ直す)
・ブレーキレバー(緩み直しついでに陳さんが握りやすく
         加工&ファルコンの文字まで彫ってもらっちゃった)
・マフラー(こんな擦り傷は気にしない)


重症個所
・キャブ(なんか・・・レインカバーがグニャっと・・)
・右後ろのウインカー(なんか・・・グニャっと・・・)
・エンジン(かかりわるぅー。しかも途中で止まる)
倒した時に逆流しちゃったのか
良くわかんないので「トーケンズ」に入院。


来週のオンナDEツーまでには治るかなぁー
えーん。えーん。えーん。えーん。
Marizo


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顔見知り - 2002年09月21日(土)

第3回サイレントミーティングです。
朝6時40分起床。いいぞう。まりぞう。えらいぞう。
身支度を整えてバイクに荷物を積み始めたのが7時40分。
待ち合わせの8時半は楽勝ジャンと思っていたら・・・
飼い主に似ず細身のファルコン。なかなかうまく積めない。
しかもクーラーバッグに穴が空いてる事を発見したりして
交換して積み直しているうちにもう8時20分。
SEIKOに電話して「待ち合わせ場所・・変更プリーズ」


その後は快適に「オンナDEツー」の下見を終え
無事にMTG会場の支笏湖畔モーラップキャンプ場に到着。
受付け手前でSEIKOと最終の打ち合わせをしていると
「棗屋のなおさん」発見。今回はNEW彼女が間に合わなくて
もと彼女での参加にちょっと不満気らしい(笑)
「保険屋ホッキー」が「おおぅっ!」と追い越して行く。
「レーサーとしちゃん」が後ろについた。
今回は「快速のかねやん」と合流らしい。


SEIKOと別れ 受付けをし
中に入るとさっそくハンサム団の「Shin&maimai」が手を振る。
アマゾネスのピンクTシャツの「あかり」が寄ってきた。
そして「おーい!!」と声をかけてきた「余市メンバー」
苫小牧での買出しを終えて 丁度帰ってきたところだった。
テントサイトに迎えてくれて
晩御飯に翌日の朝ご飯までご馳走になっちゃった。


特になんのイベントもないサイレントだけど
それはそれで のんびりしててMZOは好きだなぁ〜
今年 あちこちのMTGで何度も顔を合わせているけど
話をした事がない顔見知りの人達がたくさんいた。
きっと向こうも思っているんだろうな・・・
この間のノースホナーでクルクルパーになってた奴だ・・とか(笑)
Marizo


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サイレントミーティング - 2002年09月20日(金)

明日は支笏湖でサイレントミーティング。
第一回から行ってるから・・・
なんか 締めくくりのミーティングって感じ。


第一回目の時に HDO北海道メンバーとお初だった。
次の日の朝 離れたところから
かねやんとケンタローに
「まりぞうさんですかぁー?」と低い声で
叫ばれた。
別れた彼氏と再会し とりあえず「どーも」と
挨拶をした。


明日は頑張って 朝8時半にでて
ゼファー乗りのSEIKOと「オンナでツー」の
下見をかねて 250キロほど走ってから
行く予定。。。。
起きれるのか? MZO!!!
走れるのか? ファルコン!!!


待て!!次回!!(爆)
Marizo



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飲み会 - 2002年09月18日(水)

今日は飲み会だった。
しかもお初の方々ばかりだったが
結構 楽しかった。


朝 会社に行ったら自分の上司の父親が亡くなって
上司が忌引で休みだと言う事を聞かされた。
営業に行ってくると会社を出て
そのまま千歳空港に行き 福岡行きの飛行機に乗った。
顔を出した上司の父のお葬式は
親戚が少なかったのか 10人程度の寂しいお葬式だった。
その上司は 札幌から駆けつけた部下を見て
男泣きしたという。
結局 その所業が会社にばれて
支店のトップからは叱られて
その年のボーナスは 大幅ダウンだったという。
「でも 俺はそれでも行って良かったと思ってる。」


この話は昔の猛烈サラリーマンで
会社に忠誠を誓い 仲人は必ず上司に頼む時代の話ではなく
今日 一緒に飲んだ32歳の営業マンの話である。


まだこういう会社があるんだと・・・
こういう上司と部下の関係があるんだと・・・


久々の「すすきの」での夜遊びだったなぁー
最初は気乗りしなくて イヤイヤ行ったのに
最後はノリノリで「デビルマンのうた」うたってるし。
まったく・・・まったく・・・
Marizo


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新しいもの好き - 2002年09月17日(火)

食べ物以外は新しい物好きである。
それは間違いなく私が父の子供である証なのだ。


父は妙に新しいものが好きであった。
その昔周りの家では カブ全盛期の時代に
家には車があった。
決してお金持ちだった訳ではない。
当時は旭川の自衛隊の官舎に住んでいたし
父はえらくもなかったし
母は専業主婦であった為 そんな裕福ではなかった筈である。
その車の記憶は幼かった私にはなく
昔の古いアルバムと母の語りから知ったのだ。


札幌に引っ越してから購入した中古車が好きだった。
こげ茶色の普通の車だったが 目がまん丸ですごく
やさしい顔をしていた。
私はその思いやりに満ちた優しい目が大好きだったので
次に来た青い車にはなかなか愛着が湧かなかった事を覚えている。


そして三種の神器と言われた頃の冷蔵庫も旭川時代に購入していた。
それは母の虫歯のおかげである。
虫歯が痛くて腫れてしまった為
冷やさなくては! そう氷で冷やさなくては!!
さっさと歯医者に行けよっっと思うところだが
その時父は冷やす為の氷を作りだす冷蔵庫を購入したのだ。
母の為に・・・・


そしてビデオを購入した時も状況は一緒である。
高校3年生だった私はビデオが欲しいと
それとなく母に言ってはみたものの
全く取り合ってもらえなかった。
母がたまたま子宮筋腫の手術で入院した時に
私が部活(当時バレーボール部所属)で全道大会に出て
BEST4に残り ここで勝って決勝に残れば
テレビ放送されるという事になった。現実問題その時は
絶対勝てない相手だったのに
万が一勝ったら・・・と苦しい言い訳をして
父はビデオを購入したのだ。
入院していた母の為に・・・・


そしてファミコンが一世を風靡した時は素直に
自分の誕生日プレゼントにファミコンが欲しいと言った。
そうそう 私が映画「ビッグウエンズデイ」に感動し
スケボーを買って帰って来た時も私よりも
先に乗ってすっころび 肘をすりむいていたのも父であった。
この父のこの遺伝子をとても強く
受け継いでいるのが私である。
Marizo


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日記の意味 - 2002年09月16日(月)

日記を書くのが好きである。それも長続きしない日記を・・・
新しいものが好きなので一ページでも使った日記は
残りがどのくらいであろうと 勿体無いと母に文句を言われようと
過去のものとして本棚に置かれ埃をかぶる羽目になる。
ちなみに今までの日記最長記録は 二ヶ月である。


昔からもしかして?と思う事が少しあった。
最近その思いは日に日に強くなっている。
「記憶の欠如」
友人と旅行に行って 楽しかった出来事を覚えていない。
バイクで旅行に行った時のこまごました事が思い出せない。
友人と話をすると必ず「えーそんな事あったっけ??」となるのである。


もともと注意力散漫な方なので よほどの事以外は
覚えようと努力をしない脳みその構造になっているらしい。
よほどの事と言っても 小さい頃キャンプに行って
どこのキャンプ場かも覚えていないくせに
洗濯をした下着が乾かなくて「今日はノーパンなの」と
母が言った一言が よほどの事か?という疑問はこの際置いておく。


とどのつまり この日記は私の記憶の一部を確保しておく為の
ものであると同時に 自分の考えている事を文章にする事で
人里離れた温泉宿に泊まり そこの露天風呂に入った時に 
湯舟に浮かぶ美女の全裸死体を
発見してそこから推理小説を書かなきゃいけなくなった時の
練習の一環でもある。


と・・・もっともらしく書いてはみたが
実はつい先週から今までは自分しか読んでいなかった
この日記がどうやら 私の知っているであろう第三者に
読まれているらしいと 気がついたからなのだ。
かなりこっぱずかしい。
Marizo


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アルコール依存症 - 2002年09月15日(日)

お酒って言うものを始めて飲んだのは小学6年。
お正月のお神酒だった。ゲボッって感じ。
だってさぁー そん時は ファンタアップル最高って
時だったしね。


ファンタアップルってエンドユーザーには販売してなくて
ロッテリアに行かないと飲めなかったから
なんか希少価値で 好きだったなぁー。
まぁーそんな事は置いといて・・・・


先週月曜日から木曜日までの四日間。
禁酒してみた。
休肝日で一日とか二日。風邪引いて具合が悪くて三日。
実に四日間と言うのは思い起こせないぐらい昔のMZO。
できるジャン!MZOできるジャン!!
アル中ではないと思っていたが
もしかしたら依存症かもって思ってたの。
なんだぁー。全然平気ジャン!


良かったぁー。MZOはアルコール依存症では
アリマセン。
今はね。わははははは。。。。。



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写真 - 2002年09月13日(金)

まったくもぉ〜〜
せっかくVIBES載ったぁーって
うへへへへぇーって思って見たら
これかいっっ!!!


自慢じゃないけど
ほんっとに写真写り悪いんだぁー
実物はもちっといいからね。


そんな事ないって聞こえてきそう。。。
ふーーーんだ!!
Marizo


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大阪弁 - 2002年09月12日(木)

ばりばり大阪弁のお客さんが来た。
何気に どれくらい札幌に住んでいるのかと聞いたら
35年という答えが返ってきた。
大阪弁 忘れないんですね。
標準語は喋るのは面倒だとの事。

「タクシー乗ったら 必ず観光ですか?てー聞かれるんやっ」
「そのたんびに そうなんです。
 札幌はえー街ですなぁーゆうてなぁっっ。」


71歳の男性ですがとても元気で
やはりというか サービス精神が旺盛で
ひとしきり笑わせてもらった。


なんか元気もらった。明日も頑張ろうっと!!
Marizo


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九九 - 2002年09月09日(月)

今日は9月9日なので九九の話。


あれは小学2年生の夏休み。
当時 共働きだった両親がいない家で7歳の子が
スケジュール通りに勉強する訳もなく
終日遊びほうけていた私にある朝 母が言った。
「今日帰ってきたら九九の二の段のテストをします。」


ガァーーン!!!  一日中ひたすら口ずさんでいた二の段。
帰ってきた母は靴も脱げずに
玄関で私の二の段を聞かされる羽目となる。
間違えずに言えた私に 母は
「Marizoちゃん。すごい!!すっごーーい!!!。」と
ひどく喜んでくれた。多分言えないだろうと思っていたのか
本当に喜んで嬉しそうだったので
私もすっかり嬉しくなってしまった事を覚えている。
そしてそれがキッカとなり 次々と違う段を覚えては
母に披露していたので 夏休みが終わった時には
すっかり九九を言えるようになっていた。


これがMarizoの九九物語。
きっとみんな色々な方法で九九を覚えたんだろうな。
みんなの九九物語を聞いてみたくなった。
今度の飲み会できいてみよっと。
Marizo


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相続 - 2002年09月02日(月)

骨肉の争いと言う言葉があると言う事は
そういう事が往々にしてあるという事だ。


自分のお金じゃないのに
どうしてそこまで固執するの?
自分のお金じゃないからなんだな。


ドラマの世界よりももっともっと醜い現実を
何度もみてしまうと悲しい、情けないよりも
「ブルウタス・・・おまえもか・・・。」


13年間 お世話になったお客さんが亡くなった。
さようなら、そして本当に有難うございました。
合掌
Marizo


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