レオナルド・ディカプリオ氏主演の映画をレンタルで観賞しました。 「木の枝をこぼれた雨が地面を征服する 月を追いやり 哀しみの虹をかける」 「この世界のどこかに僕への愛があるはずだった」 正確な引用ではないと思いますが、この二つの言葉が印象的でした。 前者は純粋に表現としての秀逸さ、後者は麻薬に溺れた人間の、どこか空虚な嘆きに限らず自分の中にもある痛切な願いのように身に迫って。 ジム・キャロルさん、だったかな。実在の人物で歌も詩集もあるそうだから、また今度借りてきてみようと思います。
それにしてもレオナルド・ディカプリオ氏の演技力は驚嘆すべきものがありますね。言葉がわからないというのもあるかもしれないけど、どこがどうじゃなくて全てが。 うん…凄いね。
今日、軽く自分のハナシ読み返して凹みました。 言葉が一つもナカに入ってこない。読めない。さらさらと上滑りばかりしていくような、そんな話ばかりを書いてきたはずがないと思うのに、今の自分には。 長野さんの、あの錦鯉の背中をモチーフに話を書きたいとか、話を書きたいネツはあるのに、自分の中にはそれだけの力がないです。 其処には逃げられないっていうことかな。今は、勉強して苦しくても溜め込まないと駄目なんだろうか。 今、全然勉強してない。映画見て、寝て、食べたりバイトして、走って。 何やってんのさ自分。 逃げ道を探ってる自分がいて「あーあ」っていう気になるね。この場合の「書きたい」は明確に逃げだ。 ちょっともう、なんとかしろ? いつまでも博さんに腑抜けてるバアイではないです。 だらだらしてんのはラクだけど、それじゃイヤだって、どうせまたすぐに思うんだから。よっしゃ!(自分に気合)
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