我思うゆえに我あり

2003年01月15日(水) いざわひさよさんの死

いざわひさよ。
短歌を詠む女流現代歌人。
2003年1月10日早朝、自ら命を絶った。
忘れないように書き留めておく。


彼女との交流は去年の8月、ENでのライブの日以来だった。
ENで、TAKUに声をかけてくれたんだ。


実はTAKUはそのとき既に、いざわさんを知ってた。


一番初めに知ったのは、そう、忘れもしない、2002年1月5日のうすいまさと
ワンマンライブ@BELL'S。そのライブの前後半を分ける時間帯に歌を詠んでた。
っていうか突き動かされているかのように叫んでいた。

その内容は衝撃的なものだった。
弟の死。それも自殺、というテーマだった。

いざわさんはその事実から逃げず、真正面から立ち向かっていたんだ。

歌の内容は正直いって、華々しいうすい君のワンマンライブの雰囲気において、
少し違和感を感じるものだったけど、巧みに歌の定型にはめこんでいく技術、
言葉選びのセンス、そして何より、「これを歌う」っていう明確な意味、
そして真髄までつきつめた考え方に圧倒されたのを覚えている。

深く話したい。
そう思った。
いつか機会を得て、生と死について考えているコトを聞きたかった。

これから、という時に
お別れとなってしまうなんて。
悔やむという言葉を、形式としてでなく使うよ。
TAKUは悔しい。
もっともっともっと、話したいことがいっぱいあったのに。


弟が亡くなったとき、そして今までずっと、どんなに苦しかったろう。
それをうやむやにすることなく、
形に残すことで救われたいと思ったのではないか、と思う。

もちろん、死だけがテーマというわけではなかった。

「年月でドリップしたら適温の
        コーヒーみたいな友情になる」

いざわさんの歌。8月、TAKUにメールで送ってくれたものです。
好きな人への想いが、恋から、ゆっくり時間をかけて友情に変わっていく、
そんな心の動きを描いた作品。

なんて感受性の強い、そして優しい気持ちを持った人なんだろう。
そう、素直に感じたんだった。


正直、どうして全部終わりにしたい気持ちになったのか、
それを思いとどまれなかったのか、TAKUには分からない。

でも、きっと救われると思えたんだね。
だって終わっちゃえば、もうどんな悩みや苦しみからも、自由だ。





でもそれに対して、
今TAKUが感じているのは、「怒り」だよ。

親より先に死んではいけないよ、いざわさん。
何があっても。どんなに辛くてもさ。








いざわさんがこの世に生まれた時、
お父さんやお母さんが、どんなに喜んだことか。

話せるようになって、歩けるようになって、
お父さんやお母さんが、どんなに喜んだか。

いろんなことに感動できるようになって、涙できるようになって、
お父さんやお母さんが、どんなに喜んだか。


絶対間違ってるよ。
自分から終わるなんて、ダメだよ。
絶対ダメ。


残された者の苦しみ・・いざわさんはよく知ってるよね。
じゃぁ、どうしていざわさんは苦しませるほうを選んだの?








理由じゃ、ないんだよね。きっと。
理由じゃないから俺達理解できない。
理解したいけど、理解できないんだよ。
だから大本に立ち返って、やっぱしTAKUは「怒る」という表現を選ぶよ。


今ごろ弟と久々に会って仲良くしてんのかな。
でも、いざわさん、TAKUのこの想いは絶対に忘れないでくれよ。
いざわさんが、こんなにも人の心を動かす強烈な人だってことも。


いつか、まとめていざわさんの作品を読みたいです。
どうか安らかに、眠ってね。




 < 過去  INDEX  未来 >


TAKU [HOMEPAGE]