人っていうのは、 自分が意識して「こうでありたい」って作り上げていく姿と、 自分の力ではどうしようもない心根(こころね)っていう部分があると思ってて。
その心根っていうのは1年や2年、ましてや1日や2日じゃ到底変えられない、親と 過ごした子供時代とか、一つの青春時代とか、会社でしばらく立場についてる とか、そういうスパンを過ごすことによって形成される「こころの持ちよう」っ ていうか価値観なんじゃないかと思っている。
で、心根って、 自分じゃ分からないんだよ。きっと。 他人から見て、「ああ、この人はやさしい心根を持ってる」って感じたり 「この人はいじわるな心根だ」とか「欲深な心根だ」とか「ずるがしこい心根」 「嘘がつけない心根」って色々あると思う。
まっすぐか、ひん曲がってるかっていう単純なものじゃないけど、 善良か、邪悪かって大別できるとして、
人あたりはいいけど、裏では結構ずるいこと考えてるヤツと 表面恐そうだったりでとっつきにくいけど、実は正直だったり仲間想いなヤツ っていうのがいるだろうと(大きく分けて、だよ)。
で、自分のパーソナリティは後者に憧れる前者であると自覚している。
例えば警察とケンカしても時間の無駄なので、折れたフリをすると。で隠れて 自分の信じるやり方の筋を通す。 でもやっぱし、納得行かないことは警察とケンカしてでも筋を通すってほうが カッコイイし、なんというか正しいとは思う。
それを告白することで、浄化されると信じている。歌にして歌うことで、後者 になれるかもしれないと。歌を書き、歌うことはその挑戦でもあると最近思う。
でも、結局一度死んでから生まれ変わらない限り、育った環境が変わらない限 り、自分はそうなれないんだろう。それはとても悲しいことだ、とここで告白 して、浄化されたつもりでいる。そんな闘い。
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