我思うゆえに我あり

2003年01月12日(日) 心根

人っていうのは、
自分が意識して「こうでありたい」って作り上げていく姿と、
自分の力ではどうしようもない心根(こころね)っていう部分があると思ってて。

その心根っていうのは1年や2年、ましてや1日や2日じゃ到底変えられない、親と
過ごした子供時代とか、一つの青春時代とか、会社でしばらく立場についてる
とか、そういうスパンを過ごすことによって形成される「こころの持ちよう」っ
ていうか価値観なんじゃないかと思っている。

で、心根って、
自分じゃ分からないんだよ。きっと。
他人から見て、「ああ、この人はやさしい心根を持ってる」って感じたり
「この人はいじわるな心根だ」とか「欲深な心根だ」とか「ずるがしこい心根」
「嘘がつけない心根」って色々あると思う。

まっすぐか、ひん曲がってるかっていう単純なものじゃないけど、
善良か、邪悪かって大別できるとして、

人あたりはいいけど、裏では結構ずるいこと考えてるヤツと
表面恐そうだったりでとっつきにくいけど、実は正直だったり仲間想いなヤツ
っていうのがいるだろうと(大きく分けて、だよ)。


で、自分のパーソナリティは後者に憧れる前者であると自覚している。


例えば警察とケンカしても時間の無駄なので、折れたフリをすると。で隠れて
自分の信じるやり方の筋を通す。
でもやっぱし、納得行かないことは警察とケンカしてでも筋を通すってほうが
カッコイイし、なんというか正しいとは思う。

それを告白することで、浄化されると信じている。歌にして歌うことで、後者
になれるかもしれないと。歌を書き、歌うことはその挑戦でもあると最近思う。




でも、結局一度死んでから生まれ変わらない限り、育った環境が変わらない限
り、自分はそうなれないんだろう。それはとても悲しいことだ、とここで告白
して、浄化されたつもりでいる。そんな闘い。


 < 過去  INDEX  未来 >


TAKU [HOMEPAGE]