.第6話:『Teenage Walk』 

 「本当にごめんなさいねえ」
 店長さんらしき人が何枚ものタオルと着替えを貸してくれる。
「あ、ドライヤーも貸してもらえますか?」
頭からつま先までびしょぬれになったので、髪も乾かしたかったのだ。
店でドライヤーとブラシを借りて、さっそくブローに取り掛かる。
とは言え、もう家に帰るだけだから髪が乾きさえすればいい。
あっという間にブロー終了・見苦しくない程度に髪を束ねたあたしの動きが、いつのまにか店にいた人たちの目についたようだ。
「あ、ごめんなさい、邪魔でしたか?」慌てるあたしを制しながら、美容師さんのひとりがいう。
「いいえ、すごく上手だなあと思って・・・ついつい見とれちゃったの、こちらこそごめんなさいね」
「そりゃ、器用さは血筋じゃない?だって彼女、『Tiara』の娘さんだもん」 お茶を運んできてくれた藤崎がこともなげに言う。
「ああ!谷村先生のお嬢さんなんだ!だったらうまいはずよね」店にいた人たちが口々に言う。親父さんは美容学校の講師をしてるから、知ってる人もいるのだろう。
「じゃあ、あなたも美容師になるのね?」店長さんの言葉に、あたしは首を振った。今のところその予定はない。そういったあたしに、
「もったいねえ。せっかく一流美容師の娘と言う血筋も、環境も、腕や素質もきっちり備わってるのに。俺からすればうらやましいくらいだぜ」藤崎の言葉にかちんと来て、思わず
「それはあんたも一緒でしょ?医者の息子なのに、素質は十分あるのにその道に進まないんだから」そう言ってしまった。
 当の藤崎はまあな、と苦笑いしただけでそれ以上は何も言わなかったけど。

 どの試験でも学年1位か2位しかとったことのない、うちの学年の不動の2トップ(もうひとりはとーこさん)を誇る彼は、地元でも有数の大病院の息子。
当然、誰もが彼は医者になるものだと思っている。
「おふくろの弟が実家のある神戸で美容師やっててさ。あっちにいくたんびに叔父さんちに遊びにいってはずーっと仕事を見てたんだ。少なくとも俺には医者よりも魅力的な仕事だと思った。でも医療関係に進まないのなら学費は出さん!って親父に言われてさ。だからあそこの店で修行と軍資金稼ぐ為にバイトしてたんだ」
藤崎からその話を聞いたのは、その日からずっとずっと後のことだった。

 「・・・ところで、この時間におしゃれして歩いてるってことは、デートとかじゃなかったのか?だとしたら悪かったな」
乾いた服を差し出しながら藤崎が言う。
「いーよ、どうせ、ふられちゃったし。家に帰るところだったんだ」別に隠すこともないのであたしはあっさりと今日のことを簡単に説明する。
「・・・そいつ、同じ男として許せんな」あたしの話を黙って聞いていた藤崎がぽつりと言う。
「だって本当なら彼氏がおまえに謝るところだろーが、その妊娠した彼女にもそんな真似させねーよ。普通は。ひっぱたいて正解だぜ、谷村。俺なら叩くだけじゃたりんだろうけど」
「彼女いなけりゃひっぱたくだけじゃすまなかったよ」
「まあ、そんなつまらん男は彼女(おばちゃん)にくれてやれよ!俺たちゃまだ十代だぜ?これからいい奴といっぱい出会えるって!」
藤崎の言い方に、思わず吹き出すあたし。
 
 その日を境に、藤崎への印象が「がり勉の嫌な奴」から「結構いい奴」に変わっていくのに、そう時間はかからなかった。
 あたしにはない「自分の夢を追いかける」ことをちゃんと実行している藤崎が、うらやましかったんだ。     
                (『Teenage Walk』イ紡海)

2002年10月12日(土)


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