| 2005年02月09日(水) |
『子どもに関わること』にこだわっている理由。 |
待たないこと、にも。 期待しないこと、にも。 だんだんに馴染んできた水曜日。
寝起きから生理の予感。 案の定…。 仕事も午後に入ったあたりから、本格的な腹痛で身体が重い。 薬準備すればよかった。
困ったこともないくせに。 本気で悩んだこともないくせに。 さもそれが自分にぴったりだと言わんばかりの人。
困りに困って、本気で悩んで苦しんできたわたし。 今現在そうである人。 それは偉いことでも、不幸なことでもない。 ただ、自分の運命がそうであっただけの話で、わたしの場合は幸いにしてどうにか 形になってきた。
でも、誰がなんと言おうと認めない。 いい目にばかり合うために、軽々しくそれを名乗るのなら許せない。
…と、ここのところ細かく腹が立つ。 悪い人じゃない。 単に無知で鈍感なだけだ。
職場のY課長は、時たまあまりに面白いことを言うので驚く。 どうしてそんな面白いことを思いつくのだろう、と感心するほど。
“そんなに面倒臭いなら、生まれ変わって石にでもなったらいいんじゃないですか?”
い、石…??? 面白すぎる。
やっぱりわたしは生き様とか、魂の光(怪しい…)を見ているのに過ぎない。 誰かがそういうものを放つ姿を見たいんだ。 その媒体が、スポーツであり、芸術であり、音楽であり。 私の場合は臨床。
うぬぼれず、謙遜しすぎず、自然に目を凝らすと本当に色んなものが見える。 見えないことはない、とさえ思えるほどだ。 取り繕ったものは、取り繕ったものにしか見えない。
そして、文章に書くということも、すっかりわたしの手段に加わった。 数日前の日記すら、自分で書いたと思えない言葉がたくさん。 その時『生きている』わたしの魂が、それを書いている。 一瞬の儚い光だ。
…ということを、今日のサッカーを見ていて思った。
わたしが好みなのは完全なる才能。 そして、自分の生かし方を知っている人。 そういう人は弱点も知っている。
駆け引きをしたり、相互に対等にやりあえない関係性なんてくだらない!と、最近は 思っていたけれど、“あの人”に対してだけは昔のクセが抜けない。 駆け引きの中のみに、関係性が成り立っていた時期が長かったから。 そんなことはすっかり忘れて、あまりにも素直になってしまったあの人に申し訳ない ほど。
ごめんなさい。 その言葉、待ってました…。
わたしが子どもに関わることにこだわっている理由。 経験してきたことだから。 本当にわかることしか言えない。 自分でわかったと思えることしかできない。 だからだなぁ、と思う。
大人のことは今現在の年齢のことしかわからないし。 ウソではないけれど、本当ではないことを扱わなきゃならない。 それは性に合わない。
<イチモンイットウ> トイ:学生時代のクラブ活動。 コタエ:バレーボール部(6年間)。
♪BGM/single MD。
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