相変わらず調子はよくない。
いつものように通勤途中の車の中でパンを食べると、ものすごく気持ち悪くなる。 胃腸も弱っている。 動悸も続く。
職場に着いて仕事をしていると、苦しくて仕方ない。 呼吸ができない感じ。 仕事が立て込んでいないのが幸いしているけれど。 職場の人たちは朝からhighで、それが無性に気になる。 全然調子が上がらない。
ストレス性だったら嫌だなぁ。 何となくパニック発作っぽい気がしてならない。
みんな地震地震と口を揃えて言っていたけれど、私は全然ピンと来ていなかった。 新幹線が傾いていたり、土砂崩れを起こしている映像を見ても、全然すごさが 伝わってこない。
柏崎に友人が住んでいることもあって、地震直後にすぐ連絡をした。 まだ携帯なども混んでいない時で、すぐに通じた。 彼は停電中とのことで、無事を祈った。
でも、それだけだった。
今日になって、大学時代の同期が集まる掲示板に行ってみたら、彼を心配する書き込み に始まり、大勢のゼミ生がレスをつけていた。 それを見た柏崎在住の彼が、避難所の手伝いをした話などを交え無事を報告。 またそれにたくさんのレスがついて、ここ最近ないほどの同期が掲示板に顔を揃えて いた。
その時に初めて、事態のすごさを思い知った。
悲惨なのは事態そのことではない。 そんな事態になってもその人たちはその中で普通に生活しているという非現実がある。 大変だと感じながらも、その中にいればその普通を生きる。 被災地の映像とその生々しい“生”のギャップが本当の恐ろしさだなぁと思う。
被災地の最中に入る彼は、周りの人があまりに心配してくれることに戸惑い、 やっぱりピンと来ていなかった。 かわいそうだと思うこと、大変だねと声をかけることが何だか場違いに感じた。 無意味だなぁと思った。
TVも同じような無味乾燥の対物映像ばかりでなくて、体温のある映像を取るべきだ と思う。 そんな平板な映像は、人への無関心、想像力の欠如に拍車がかかるだけだ。 体温の発生していないところに、本当の悲惨さはありえない。
ここ1ヶ月の私は、ものすごいenergyを放出して生きていて、仕事もprivateも めいっぱいだった。
だから、今のわたしは抜け殻のようだ。
放出すべき力はまだまだここにあるのに、その栓を抜くきっかけを失った。 膨大な燃えさかるenergyを目の前にして、それをどう扱えばいいのかわからない。
久し振りに楽しい恋だったんだなぁ。
片想いなんて無駄だと思うけれど、毎日が刺激的だった。 感じる力も強くなって(これ以上強くならないでほしい)、色んなことが鮮やかに 見えて、行動力も増した(これ以上増さないでほしい)。 いつも何処かに向かっていた。
今のわたしはそんな溢れんばかりの想いをどうすることもできなくて、ただ流しっぱなし にしているようで、どうにも心が痛い。 もったいない。
身体の調子も含めて、じっくり自分に向き合って、この事態を見極めたい。 無理をせず、自分のenergyを効率よく消費したい。
♪BGM/J-WAVE
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