朝起きると、風も吹いていないし、雨もそう強くない。
嵐の予感を引っさげて、私は向かう。
洗濯物を干したり、遅いお昼を食べたり、細かく色々とやっていると、あっという間に 時間がくる。 その頃には雨がななめに降り出して、仕方ないのでバスで駅へ行く。
外に出ると人っ子ひとりいない…。 そりゃあそうだ。 今回来ている台風は、観測史上最大らしい。 通過も上陸もしていないのに、家の前の川がもう氾濫寸前。 こんな日に外に出るなんてばかげてる。
わかってる。
バスもすいていて、道もすいている。 まるで道をあけてくれているかのよう。
渋谷に着くと、雨が本格的になる。 ハチ公前の交差点は人もまばら。 傘をさしても、足元に水が吹き付けて、意味がない。 会場前の坂道は、川のように水を流していた。
会場に入ると、私の名前は控えられていない。 当たり前か。 でも、その事実に淋しくなる。 ちゃんと言ってから来ればよかったのかな…。
ひとりきりの沈黙に耐えようと、お酒を飲む。 対バンも好きな感じの人たちが多くて、おまけに友人からのメールが何度か入り、 それに時間を費やしていると、うまく流れて行ってくれる。
人並みの中に彼の笑顔を見つけて、慌てて隠れるようにしゃがみこむ。 やっぱり好きだなぁ、と思う。 姿を視界に入れただけで、もう世界が変わってしまう。 だめだ、これは。
どちらも間に合ってしまい、しっかり目に焼き付ける。 イントロの切なさに、唇を噛み締めて涙をこらえる。 何度も、何度も。
そうやっていたら、あまりの才能の素晴らしさに撃たれてしまい、逆に楽しい気持ちに なってしまった。 泣きたい気持ちは、もう少し整理されてから発揮されるものかもしれない。 まだ、泣けないのかもしれない。
「ありがとう」。
彼は、何度も何度も言った。 その度に気持ちをきゅっとつかまれるような想いになる。 こんなに素晴らしい言葉があるだろうか…と思う。
きっと、彼はその言葉に本当に想いを込めて、それ以外の意味を一切排除していたから、 こんなに伝わる言葉になったのだろう。 ありがとうにはありがとう以外の意味を込めない。 こんなこと、意外とできそうでできる人は少ない。 伝わりすぎて、震えた。
笑顔になった横顔が素晴らしくて、何だか自分の想いにすら感動してしまった。 混じりけがなくて、柔らかくて、葛藤を全て削ぎ落とした温かい顔つきだった。
彼を好きになってよかった。 そして、これからも当分好きだろうと思う。 彼の進むこれからの道に、しあわせな光が降り注いでほしいと願う。
基本的に、“絶対”という言葉が嫌いだし、信じない。 変わらないものなどありはしない。 物事は変わる。 人も、社会も、時代も、全て。
だけど、彼にまつわる事柄の中でひとつだけ永遠を願う気持ちがある。 変わらないで。 なくならないで。 そのままでいて。 永遠に。
そんな気持ちになったのは初めて。
心の底から願ったそのことも叶わず、決まった方向へ決まったように進む。 仕方ないけれど、諦めきれずにかなしくなる。 そういう想いをこころに抱えつつ、またひとつわたしが変わっていくのだと思う。
最後にぐるりと会場を見渡した彼。 端から端まで丁寧に、視線を動かす。 きっとその中にわたしの姿も入ったことだろう。 真っ直ぐにヒトミを向けた。
もう、感想を気楽に話したり、バカな話を延々と続けることはできないかもしれないけれど。 私はその時、『いつもここにいる』、そういう顔をしていたと思う。 落ち着いた気持ちで視線を返した。
いつか何処かでまた縁が繋がる日を願う。
帰り道は雨も止んで、空がくっきりしているような空気を感じる。 台風一過の直後とあって、渋谷の町は人気もまばら。 鼻歌を謳いながら帰る。 ついでに山手線のホームも車内も驚くほどすいていた。 いつもこうならいいのに…。
最近妙に身体つきが女っぽくなってきた。 また、太った? 今まで凹凸もなく、ぺったりとしていたので新鮮と言えばそう言えなくもない。 来週体重計に乗るの、こわいなぁ…。
♪BGM/MAGLOCK AL.『個性の時代』 MAGLOCKコジオ AL.『冬のかさぶた』
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