2年前だったか 3年前だったか 歴史教室の故地を歩くというので とある神社にお参りした。 私は腰が悪いからなのか 落ち着きがないからなのか じっと立ち止まって先生の説明を聞くことがかなり苦痛だ。 短い説明ならガマンも出来るがちょっと長めになったりすると辛い。 普段から同じ姿勢でいることがしんどくて コレは体が硬いのだそうだ。
で その2年前だか3年前だかにお参りした神社で、例のごとく同じ姿勢でいるのが辛いので、そおっとその場を離れた。 そこはいくつかの社があって ふと足を止めた場所は子宝祈願・安産祈願の社だった。 その時はまだ孫がいない状態だったので 私は思わず 『孫の顔が見れますように』 と備え付けのペンでお願いを書いて多めのお賽銭を入れた。
孫は一歳のお誕生日も無事に迎えて、少々おっとりさんのようで13ヶ月を過ぎてからようやく歩き出してくれた。 が 台所に立った母親を追うときなんぞはハイハイのほうが早いので歩くことは熱心ではないようだ。 それでも ティッシュの箱やクリームのびんとかを積み重ねて遊ぶのが好きなようで、その可愛らしいしぐさは言葉では表現できない。
そんな孫を見ていたら あの時『孫の顔が見られますように』 と お願いしたことを思い出してきょう、お礼参りに行ってきた。 雨の合い間の神社はとても涼しくて こんなにも清々しい気分になったのは久しぶりのことだ。 孫がもう少し しっかり歩けるようになったら連れてきたい場所だ。
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