年を重ねたことによる 思い込みや勘違いやうっかりで小さな失敗が続いた どれもこれも笑ってすませられることだけれど こうなったらどんな時にも自我を通すのは止めよう・・と思っている はっきりと私という己の立場を理解しよう 寂しくても現実は日々、老いているのだ 昔 年を取ったら気が長くなるということをよく聞いた 今はそうではなくて反応が鈍くなったのだと思う 高齢でもよく怒るひとは 老いてきた自分を認めたくないために怒っているのだろう、 もしくはまだ怒るというエネルギーが残っているということだろう
きょうから6月 そろそろ梅雨入りだろうか そしてきょうは義母の祥月命日 義兄と袂を分けた今となっては、墓さえも義兄のものなのだ それも寂しいことの一因だなぁ・・
水無月や 嫁の立場で 義母偲ぶ
ありし日の 義母を偲びて 青き梅
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