何かが、そう何かが
すらりと伸びた脚、彩色の絹のツーピース、チラチラと交差する照れ、不揃いな八重歯、加速してどこまでも飛んでいけそうな夏空、間隔が開いて止まっている白砂の上の車たち、ゴツゴツとした緑を吹き抜ける生暖かな微風
両手で頭を、そう両手で頭を包み込んで
どうしてこの子はあの子じゃないんだろう
どうしてこの子こんなにも可愛い秋海棠のような唇をしているんだろう
ちょっと猫背で、おっちょこちょいな感じがするのに、遠くからスカッとしたグレープフルーツのような声をかけてくる
一流のバニーのようの細く柔らかい太股を肌け出すように、強い日差しに透けるような白いスカートを踊らせて手を振ってくる
フラッシュバックするエネルギーを奪われてニコリとも出来ず
深紅のタイトなボンテージの上で揺れる鎖骨の艶やかさ、漆黒のシンプルなアミタイツの中でひっそりと隠れた静脈の愛らしさ
何かが、そう何かが
揺れながら近づいてくる笑顔の奥、粗野な八重歯の揺れに胸を鷲づかみにされて
そのままあの子の思い出もちんけな道徳もつまらない意地も握りつぶして引き抜いていって
ほっかりと空いた胸の穴だけは、炎天下でも夕闇の艶やかさに包まれていって
注記:秋海棠(しゅうかいどう) 晩夏から秋にかけて咲く。別名 「瓔珞草(ようらくそう)」
「秋海棠 西瓜(すいか)の色に 咲きにけり」 松尾芭蕉
:「艶やか」は「つややか」と「あでやか」と両方の読み方があり、前者は「つややか」、後者は「あでやか」と考えている。最後の一文は、両方を併せ持たせたい。前者と後者が最後に一体となるのが、文意に沿う。