法悦の歓喜にも 悦楽の稀少にも 四肢の動転にも 絶望の自我にも 残っているその無我がある 感性も動転も動揺も童貞もないその 引き摺り下ろして引き裂いて、強姦してダイナマイトでぶっとばせないものか 全くもって偉ぶっている 最後には宇宙へと一体化させるか、私へとの一体化させるか、耳を目を体を塞いで閉じ込めてしまうしかなのだろうか ここに真理への道がある