感謝とは強くなるためにするのである
感謝しなければならない、と世間は言う
感謝の心を忘れてはいけないよ、と物知り顔の古希は理由を語らぬ
感謝していればいいことがあるよ、と諺は言う
感謝すれば結果的に気持ちが良いよね、と教師の面が言わせるが理由を語らぬ
感謝とは己が精神的に、そして社会的に強者になるためにする巧緻に満ちた効率的感情である
正直でなければならぬ、人のものを盗んではならぬ、隣を妬(ねた)んではならぬ、という世界宗教の共通事項は農耕社会の成立に欠かせなかった。全世界を覆い尽くしていた狩猟社会が農耕社会によって駆逐されて続けて、もうアフリカとオーストラリアと諸島などの1部にしか居なくなった。
正直でなければならぬ、人のものを盗んではならぬ、隣を妬んではならぬ、と道徳が成立したのは社会が精神的に、社会的に強者になるためであった。
それが見えぬ者は、道徳を礼賛し、あるいは貶(けな)し、あるいは道徳的でない己を否定し、道徳的である己を大いに誇り、そのような贋眼(がんがん)で世の中を観ている。
まるで闘牛が白と黒しか分からぬのに、赤の布に興奮していると錯覚しているように。あの赤い布は人の興奮を誘うものでしかないのに気がつかないで贋眼で世の中を観ている。
感謝とは己(おの)が強くするためにするのである。
感謝が世界中で、世界の宗教に含まれ、いや日常習慣の中に組み込まれているその訳は、多くの人類の経験則に基づいている。
だから、人類とは、人と人の間の人間とは、いや己1人だけの人であったとしても感謝によって強くなる、そのように仕組まれている。