ものかき部

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「 夜の海に浮かぶ舟 」
2006年10月01日(日)




 緊張で心臓がドキドキしてきて2,3日前から頭がそわそわしてきて、食欲がそぞろな気分に奪われてしまってしまうほど大きな仕事が終わった。
 世界で何番目かの大きな都会の片隅で、ひっそりとしっかりと終わってホームに帰る列車に飛び乗った。もうすっかり夜のカーテンが降りていて、永遠にこの先、カーテンは睡眠という擬似的な、そして本当は本物かもしれない死まで続く、そんな終わりの限られた時間がやってきた。
 
 進行方向に対して横並びの長距離用列車の座席に座っていたら、どれくらい前後か分からないくらい控えめに、「プシュッ・・・」という缶ビールを開ける音が聞こえてきて、なんだか微笑んでしまった。だって、死という睡眠までの限られた時間をゆっくりゆっくり過ごそうとしている人がいるのを、控えめに教えてくれる信号のように感じたのだから。列車の窓枠には車内の暖かいオレンジ色の景色が映し出されていて、それがまるで川を超えた向こうの世界へと闇夜を押しやっているようだったのだから。
 真っ白な車中の天井を見上げていた視線を、横の人や通路向こうの人の視線と合わさないようにそっと撫でてるように流してみたら、こだわりのパンと銀色の水筒でモグモグしている眼鏡の中年女性や、この世の最後の食事のように、お弁当に一心不乱に覗(のぞ)き込んで白髪よりも両肘を高く上げて食べようとしているおじさんもいる。ウォークマンから流れる何かの音楽にのめり込む若者もこの時ばかりは何だか一緒の舟に乗っているようなそんな気分で許せるようになったの。だいぶ昔、大きな街に住んでいて通勤電車の中で、シャカシャカともれる音に私の生きる力を奪われるような気がして突発的に許せなくなってしまって注意してしまったこともあったのに。
 もう終わってしまうしかないこの舟、闇の海に漕ぎだして死だけが待っている舟の中では、幾らでも私の生を奪ってもらっても蹂躙(じゅうりん)されても、吸い取られても許せるような気分になったの。
 茶色のカバーのついたハードカバーを垂直に片手で読んでいる好青年もいるわ。あなたはこれまでずーっとそうして生きてきて、殆ど紙の白しかない世界で深くて無限に広い世界を知ってきたんでしょうね。私は結局、分らなかったけれど、生死の狭間になっても夢中になれるのだから、とっても素敵な世界なんでしょうね。私はやっとそういう許せなかった人々を許したり認めたり出来るようになったんだわ。後ちょっとで終わってしまう、って判ってからやっと。何で今まで出来なかったんだろうって、思いもするけれど、逆に最後に僅(わず)かな時間だけでも分って良かったって思えるわ。
 人生って、結局そういう風に出来ているんじゃないかもって感じたりもしてきたわ。

 列車も進みだして少し落ち着いてきて、まだ少し時間があったりする。大きな仕事の反省は終わったし、何をしようかって、何もないなって、ごそごそと深緑色のバック探ったらチャック付の中から、思いがけず恋人からの2通が出てきたの。

 付き合って1ヶ月目と半年目に貰(もら)えたラブレター、2通。
 甘い甘いラブレター
 今はもっともっと甘く甘くなっているラブレター

 全て暗記するほど目を通したけれど、読み返してみるとやっぱり脳の下側と胸の奥が熱くてジーンと痺(しび)れてきました。だってあなたの素敵な深い声音が私の頭の中でささやいてくれるのだもの。そして私が目で追うペースにあなたが合わせてささやいてくれるのだもの。なんていう嬉しくて贅沢(ぜいたく)なんでしょう。もし、もう1度逢えるのなら、ささやくよりも、もっともっと優しくしてくれるあなた。偶然見つけたラブレターで、最後に素敵な人に出会えたなって感じられてジーンとしちゃった。

 闇夜の風景は、あちら側でもの凄く速く流れていっているのに、小さな舟の中は密封されていて、ゆっくりゆっくりと時間が流れていく。毎日の小さな死の積み重ねの中に、私という生が積み重なっているのが何とも言えず伝わって感じられました。
 ビールの方も本の方もパンの方も呑(の)み終わって、読み終わって頭をカクカクさせだしました。私の目蓋(まぶた)も少し痺(しび)れて重たくなってきたのです。心持も痺れてきてくれて、安心して死へと向いていけるような気がしてきました。


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