きよこの日記

2004年03月03日(水) 教えるという傲慢

小さい頃の夢は看護婦だったり、花屋だったり、先生になりたいと熱烈に思い続けて今に至るということはまったくないんだけど、振り返ってみると、教えるということに、何かかかわりを持ってきているのだから、不思議なもんです。

中学生の頃、テスト前、一週間ぐらいになると、夜、友達から電話がかかってきました。
「数学わからんから教えてもらいに行ってもええ?」

土、日にはご招待を受けました。
「勉強会するから、来ない?」とはいえ、あの頃の私には勉強を教えようなんて気はさらさらなくて、友達が勉強する横でマンガを読んでいて、質問されれば説明する、という横柄ぶり。

今、思い返すと、なんてやつだ・・・と情けなくなりますが、当時の私は友達と遊んでるぐらいの感覚でいたんですよね。
幸いなことに、こんな薄情な私を友達は見捨てないでくれましたが。

そこから、少しは教える意識も高まってきて、色んな技術を身につけもして、今、教えるということを生業にしてみて強く思うことは、「教える」ということの傲慢さです。
おこがましさ、って言ったほうがいいかな。

何様だよっ!って自分をつっこみたくなることがあります。

だって、先生という立場だからって、私が万能になれるわけはなく、ちっぽけなただの私でしかないんですもん。
あの頃、な〜んにも考えずに、友達に勉強を教えていた自分を思い出すと、恥ずかしくなります。

今、私が子どもたちにできるとがあるとしたら、人生を変えるような訓戒を垂れることでも、膨大な知識でを与えることでもなく、ただ、新しい世界の扉を開いて、一歩をふみだせるように背中をポンと押すことぐらいのもんだ。
そのあと、その世界へどんどん進み行くのもよし、やっぱり面白くない、と引き返すもよし。
それを指図するなんてことは到底できないし、そんな権利なんて誰にもないと思うのです。


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