義父が突然の死を遂げてから一夜明けて今日はお通夜の日。 神道だから本当は通夜祭って言うらしいんだけど。 同じ斎場で6時からお通夜が入ってるから我が家のお通夜は若干遅目で7時から。 でも今朝からとにかく慌しくいろんな事が流れていくったら。 子供達に留守を任せると義母と旦那と3人であちこち巡回。 って昨日から泊まってた義妹もいることはいたんだけど。 まずは呉服屋さんに預けておいた私の喪服の帯の受け取りに。 お葬儀って待つものじゃないから綺麗なお札を用意しないって風習と同じだと思うんだけど 実家から運んできた喪服は本体だけで帯は呉服屋さんに置き去りだったし帯締めと帯揚げは実家。 とにかく明日の葬儀できちんとした身なりに整えるためには一式を揃えなくちゃいけなくて。 今日のお通夜は洋装で参列する予定だから明日は初の喪服ってことだし。 義母も義妹もセット物の喪服を初めて着用するのが今回だって。 もちろん喪主となる義母の着付けも含めてご近所の美容院に予約は抜かりなく。 本当だったら火曜日の今日は美容院はお休みだから特別に開けてもらったんだし。 で、昨日検死してくれたお医者さんの医院が開く9時を待って死亡診断書を受け取りに。 死亡時の診断書って初めて見るから比較できないけど表題は遺体検案書。 左半分が死亡届になったその用紙には義父の病名やらその要因やらが記載されていて。 「お年寄りの場合には大丈夫でしょうけど若い人だと葬儀後に薬が出たりする場合もあるので 診断書の料金は葬儀終了後にしてください」 葬儀前と葬儀後じゃ診断書の料金にも若干違いがあるらしい。 再度診断書が必要になった場合にはまた警察を通したり時間を費やしたりしなくちゃいけないから とにかくコピーは十分に取るようにって先生から説明を受けたりして。 鹿児島から1便の飛行機でこちらに来る義母の兄弟6名ってご一行様もいることだし旦那と義母は一旦帰宅。 ご近所さんへのお礼の為の両替なんかもあるから私だけ再び外出して。 両替を済ませて子供達のYシャツを取って簡単な昼食を購入してから帰宅。 その間も自宅には弔問客やらで賑わって。 で、義父の遺体の搬送は2時の予定。 我が家って50段程の階段を降りないと車に辿りつけないのになんとその階段下に軽自動車が停まってて。 急いで警察署に連絡すると搬送時刻に間に合うように移動の手配を整えて。 お巡りさんの応対にしてもそうだし細々した段取りは旦那と私が全て仕切って。 時間になって布に覆った義父をタンカに乗せて丁重に運んでいく。 旦那とか子供達とか親類の男性陣が担ぎ手になって。 ワゴン車に乗せられた義父はクラクションが鳴ると同時に出発。 自宅から新居予定地に立ち寄ってそこでもまた顔を出して空気を浴びてまたクラクション。 斎場に着いた義父は家族が揃うのを待って湯かんとかって行事が目白押し。 畳の部屋に1人用のバスタブみたいなお風呂が用意されてて固定された義父が横たわってて。 もちろんタオルで見えないような工夫がされてるんだけど湯かんの作業は圧巻。 ただ拭くだけじゃなくて本当に温かいお湯のシャワーで頭から身体まで入念に洗うんだから。 シャンプーしてリンスしてドライヤーかけて整髪料つけて髭もそってお化粧して。 普段入浴しなかった義父だから「日頃からこんな風にしてればよかったのにねー」って家族。 義母も旦那も最後のシャンプーを施したりして。 綺麗になった義父は愛用の洋服を着て棺に収まると葬儀社が施してくれた羽織袴に正装。 特許なんだか綿を細工して作られる羽織袴はそれはそれは見事。 余談だけど女性だったら白無垢にしてくれるらしい。 義父の準備も祭壇の準備も義母の喪服も着々と準備が整って弔問客も徐々に集結。 花で覆った祭壇はそれはそれは見事だし。 いよいよ7時のお通夜。 滅多に体験できない神道式は旦那の伯父のお葬式で列席してるけど自分が主催者ってやっぱり違う。 読経とかって涙を誘う場面もないし御霊うつしとか玉ぐし奉てんとか儀礼的で淡々としてるってのも理由かも。 子供達には昨日から2礼2拍1礼って教えてたからとりあえず恙無く終了したし。 お清めのお料理も美味しいってお褒めの言葉を頂戴したし全体的に及第点。 お通夜の会場には6人しか泊まれないから旦那と義母と義妹と親戚代表が代表宿泊者ってことに。 仏式みたいにお線香を絶やさずにとかってことはないんだけど光明の番もあるし。 鹿児島からの来訪者からの為にビジネスホテルを押さえてたからピストン輸送で送り届けて。 予備の1部屋に義妹の旦那と子供達。 なんの段取りもしないくせに「なぁんだビジネスなのねっ」って文句を言われちゃ辛いんだけど。 私と子供達は自宅に戻って後始末して自宅泊。 とにかく今日を乗り切ったからには明日の告別式も頑張らなくちゃ。
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