「今日は私の誕生日でもあり奇しくも父の新たな旅立ちの日となりました」 出棺時に親族を代表してコメントを述べた旦那はこみ上げるものがあって絶句。 自分の40歳の誕生日にこんな形で父を送るなんて思っても見なかったことだろう。 実父の誕生日に亡くなって旦那の誕生日に告別式だなんてなんと言う巡り合わせか。 昨日のお通夜に引き続き今日の告別式も手抜かりのないように準備は万端。 朝7時頃には町会の世話人さんからお手伝い名簿が電話で伝えられて来たりして長い1日の始まり。 告別式後の壇払いとやらには親族に加えお手伝いの人も呼ばなくちゃいけないみたいだし とにかく細かい段取りが引っ切り無しなんだから。 義母と私と義妹は喪服で参列することにしてるから8時から順番に美容院に出かけなくちゃいけないし。 義妹ったらアップにして着つけをしてもらうのにTシャツを着てったって美容師さん情報。 斎場に泊まってた旦那も一旦帰宅。 近くに宿泊してた親類ご一行様も着々と我が家に集結して来て。 で、準備が整った旦那と私は一足先に会場に出向く。 義妹ったら喪主である義母を差し置いてって不満そうだったけど 実務的には旦那と私で進めてるわけだから全てが整った時点で来てくれればいいんだし。 会場に着いて祭壇を確認したり電報のチェックをしたり。 で、告別式に流すナレーションってのも密かにチェック。 どんな人生を送ったかとかってのも神主さんによって奏上されるんだけど どっちも義父の経歴書みたいなのが求められるからその原稿作りなんかも私と親族代表の担当で。 涙を誘うナレーションは私だけが事前チェックを許されて。 12時半からの葬場祭。 神主さんの進行で粛々と儀式は進行。 玉ぐし奉てんが終わってナレーションが流された時には義母も涙を堪えきれなくて。 で、いよいよ最後のお別れ。 棺を開けて義父の周囲を花で満たして。 「おじいちゃんバイバイ」って絵とか「我侭言ってごめんなさい」って子供達の入れた物も光ってる。 「僕達だと思って」ってミニ竹刀なんかも棺に納めたし。 義母ったら義父の顔を愛しそうに撫でてなかなか離れようとしなかったけど釘打も済んで出棺。 義母が位牌に当たる御霊、私が遺影、義妹が花束を持って火葬場に。 今まで堪えてた義母も火葬される瞬間には泣き崩れちゃって旦那と義妹が両側から支えてたし。 火葬を待つ間親族一同で和やかに歓談。 義母と旦那だけが焼き上がったお骨を確認に行って。 病で伏せて薬漬けってわけじゃなかったからそれはそれは綺麗なお骨だったらしい。 引き続いて遺族一同が会してお骨拾い。 旦那と義母が真っ先に。 私と長男に続いて親族が主だった骨を拾ってから担当者の手で見事に壷に収まって。 愛用してたメガネをかけて蓋を閉じるとずっしりとした臺は旦那の手に。 来た時と同じように私達が御霊とか遺影とか花を持って車に乗り込んで十日祭の会場に直行。 神主さんが十日祭と帰化祭を催してくれた後に場所を移して壇払い。 喪主である義母が挨拶をしてから和やかに故人を偲んでお食事会。 壇払いってのはお葬儀の主催者が列席者を労わなくちゃいけないから私達家族がご挨拶したりお酌したり。 喪服に割烹着着用してポーズもバッチリ。 とりあえずみんなに満足してもらって一連の行事も終了となりました。 鹿児島からのご一行様は品川の親戚の家に宿泊。 他の面々もそれぞれ帰路に着いて。 義母も品川に行く予定だったんだけどお骨が帰ってくるなり「お父さんがいるから」って却下。 寂しいだろうからって義妹が我が家に宿泊することになったんだけど 夜更けになって外出したりで役に立つどころか足を引っ張ってるみたい。 何がって直接的な原因はないけど私達主導で事が進んだことが気に入らないみたい。 とにかくそんなこんなであっという間の3日間だったなぁ。 明日から子供達は学校だしこっちはこっちで役所回りで忙しくなりそうだわ。
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