宿題

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2005年02月16日(水) 破壊と創造のサンバ 3/筒井康隆×町田康×中原昌也
「今回は誰も死なない小説を書こう」

町田 中原さんの小説を読んで、中原さんの音楽と共通するところがあるなと思ったんです。本人は音楽と小説は別だとおっしゃっているかもしれませんし、それは当たり前という前提の話ですが、中原さんが最近出した本『キッズの未来派わんぱく宣言』に付いているCDを聴いたら、拍子がなくて、音のテクスチャーだけっていうか、ただ、いろんな音をコラージュしてある音楽で、それを聴いた時に思ったのは、タイム感、時間がないということなんですよね。
それで中原さんの小説が何でこんなに面白いのかなと考えてみると、やっぱり小説に時間が全然ないんです。普通の小説はそこに時間がないとなかなか読んでもらえないから、嘘くさくても一応あるということにしてやるんですけれども、中原さんの小説の場合、ドアを開けたらいきなり壁、どっちを向いても行き止まりみたいな感じで、時間がまったくない。それが音楽と平行線上にあるなという風に思ったんです。中原さんの小説の世界を普通に書いちゃうと、ただ失敗した小説になっちゃうと思うんですよね。

中原 タイム感ですか……。確かに僕は楽器ひとつ弾けないし、リズム感も悪いし、コードだってまったく分かってませんけど。

筒井 またまた、嘘ついて。そんなわけない。コードが弾けなくて音楽作れるの?

中原 何かひとつくらいまともに弾ける楽器が欲しいなとずっと思ってたんですけど、最近、ようやく見つかって。風呂場で吹く口笛なんですけど。ははは。モリコーネとか。

筒井 モリコーネはいいよね。そうそうそう。中原さんの小説に「石原慎太郎」とか「中原昌也」がいきなり出てくるでしょう。この固有名詞の出し方っていうのはものすごい破壊力だよ。ああ、こういう手もあるんだなと。

中原 普段は僕、固有名詞を出すのにすごく抵抗があるんですけれども、石原慎太郎だけは許せないというか。具体的に本人がどうということじゃなくて、何も考えないで盲目的に支持している人たちが、本当に嫌いで。なはははは。

筒井 だから、固有名詞を出すのが嫌いな人が思い切って出すから破壊力があるんだよ。新幹線の中で光子がね──。

中原 誰ですか、光子って。森ですか?

筒井 筒井光子。妻でございます(笑)。光子が中原さんの本をゲラゲラ笑いながら最後まで読んで、面白いと言ったんで、「この小説が分かったら現代文学の読者として一人前だぞ」って言ったら、それは僕や町田君の小説を先に読んでいたからで、そうでなかったら、これは分からなかったって言うんで、「偉い」と言って、すぐに抱きしめてキスして、ついでにセックスを……しなかったけれどもね(笑)、新幹線の中だから。

町田 中原さんの小説に似ていると思うんですが、交通事故の見物渋滞ってありますよね。ただ車が壊れて人が倒れて血が流れているだけなんだけど、なぜかみんな見てしまって交通渋滞になる。人が目の前で死んでいるとか、世の中には、本当に壊れたものは普段はありえないわけで、それが文章という形で存在しているというのは、僕はちょっと奇跡的なことだなと思ったんですね。

中原 品性と引き換えにして得た奇跡ですかね……。

筒井 三島賞をとった『あらゆる場所に花束が……』でも死体がゴロゴロという感じで出てくるね。

中原 小説を書くたびに、今回は誰も死なない小説を書こう、暴力とか出てこないのを書こうと思うんですけれども、そう考えているとイライラしてきて、つい書いちゃうんですよね。

町田 『文学界』に載った短編「女たちのやさしさについて考えた」も出だしは好調だったのに、後半やっぱりいつもの世界になっちゃいましたね。

中原 毎回そうなんです。

筒井 イライラすると殺すというのはあれだな。

中原 そうですよ、よくないですよ。

筒井 僕の『夢の木坂分岐点』、これ谷崎賞を取ったんだけれども、選考委員の丸谷才一さんは不満だったらしいんだよね。なぜかというと、主人公が最後に死ぬから。あの人は、登場人物を前触れなしに殺しちゃうというのが気に食わないらしい。せっかくその長編で育ててきた主人公が最後に何も理由なしに死ぬというのがいかんというんだ。それだけ死を大事に考えている人がいるのかと思って、僕は逆にびっくりしたんだけどね。
昔、星新一が自分の死期を悟ったのかどうか、「筒井君、死というものをどう思うのか」って僕に聞いたんだよね。僕はちょっと酔っぱらってて、粋がって「死というのは記号に過ぎませんよ」みたいなこと言ってさ。彼は笑っていたけども、ある意味で、僕は今でもそう思っている。アリ一匹が踏み潰され死ぬのと人間一人死ぬのとどっちが巨大な死か?普通は人間の死ということになるわけだけど、マッコウクジラを、シロナガスクジラでもいいけど、人間が寄ってたかってドッカーンと殺したら、やっぱり巨大な死としか言いようがないわけでさ。人間一人の死よりも巨大という感じがするんだよ。逆にJ.G.バラードの短編に「溺れた巨人」というのがあるけど、あれは溺れた巨人が海岸に打ち上げられてだんだん腐っていくというだけの話ですね。あれなんかは、あまり巨大な死という感じはしない。町田君の『パンク侍』にも死体はいっぱい出てくるね。この作品、最初の方で『大菩薩峠』のパロディなのかなと思ったけど、全然違って、すごく面白かったですよ。作中に出てくる「腹ふり党」っていうのがとにかくすごいね。

町田 あれは試しにやってみましたが、結構苦しいです。

筒井 ツイストが流行った時には腸捻転を起した人もいたんだよ。

中原 「腹ふり」は、町田さんのアルバムのタイトルになっているくらいだし、ずっとこだわっていた言葉なんですか?

町田 最初は深く考えてたわけじゃないんですけどね。小説って、特に長いものの場合、書き出しのうちは割といい加減なものじゃないですか(笑)。

筒井 じゃあ最初のうちは、こんな大量虐殺にしようとは思ってなかったんだ。

町田 最初の構想では、腹ふり党というのが現実化しちゃうところまでは書こうと思ってましたけれども、戦争でこんあに死ぬとは予想してませんでした。

中原 まったく淀みなくアイデアがあふれまくっている感じがしましたけど、そんなことないんですか。

町田 これを書いている時はちょっと妙な感じでしたね。前半が連載で後半が書き下ろしだったんです。僕は書くのが遅いんですけれども、三百五十枚くらいの書き下ろし部分を実質的には一ヶ月半くらいで書いたと思うので、やっぱりシュールな状態というか世界に入って書いたのかな。

中原 僕の場合、死を扱うというのは安易だという負い目が常にあって、でもそれをやっちゃうということで、「ああ、自分はやっぱり駄目だな」と思ったら、またイライラしてきて死体を出しちゃうというのがありますけどね。

筒井 丸谷さんも、そういう意味で言ったのかな。よくわからないけど。

町田 先日、『世界の中心で、愛を叫ぶ』の映画の予告編を見たんですね。そしたら、これは見たら僕は泣くだろうなと思ったんですよ。

筒井 エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』は傑作だけどね。誰も評価しないね。読んでないんだな。

町田 行定勲という監督はうまくてその手腕によるところが大きいと思うのですが、やっぱり、あんな子供がかわいそうじゃないですか、死んで(笑)。

中原 現実感のある死を商売にすることのほうが冒涜的だと思いますけどね。僕に言わせれば!

町田 本当にそうだと思います。結局、ジャズにせよパンクにせよノイズにせよ、そういうものに対する抵抗だと思うんですね。一行書けば終わる話を大問題であるかのように書いたり、自分で問題を作っておいて自分で悩んだりするのはバカみたいだというのがあって、そのことの恥ずかしさとの戦いだと思う。中原さんの小説で特徴的なのは、商業の文章というか、ものすごい陳腐で紋切り型の文章をわざと多様してますよね。あれが笑っちゃうところなんですけれども、それも一つの抵抗だと思うんですよ。

中原 もし書く才能があれば、僕も難病物を書いてみたいですけどね。なはははは。

筒井 やっぱり破壊することイコール創造が可能なのは、音楽と文学だけだと思う。あと、演劇や美術もあるけど。でも建築は絶対に無理だ(笑)。

中原 破壊がもうちょっとポピュラーになってほしいものです。そうしたらちょっとはまともなのを書こうかなという気になる。

筒井 あなた、あまり卑下しなくていいですよ。

中原 いやいやいやいや。


★破壊と創造のサンバ 2 ◇新潮10月号/筒井康隆×町田康×中原昌也★

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