宿題

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2005年02月15日(火) 破壊と創造のサンバ 2/筒井康隆×町田康×中原昌也
「もう茶碗は残ってないんで」

町田 「ジャズ」という言葉には蔑称のようなニュアンスがあります。

筒井 ジャズ、イコール、バカという意味ですか(笑)。

町田 三遊亭歌笑の爆笑落語がジャズ落語と言われていたこともあって、そんなことから類推しているだけなんですけど(笑)。「パンク」というのも、もちろん蔑称で、チンピラとか小僧とか薄のろとか、そんな意味です。「ノイズ」は「スカム」とか「ジャンク」とかとも言われているように、文字通りの蔑称です。どれも、「一段下」みたいな感じがあります。

中原 なはははは。

町田 パンクというのは本来、これまであった音楽に対して、違う行き方、もう一つの行き方で行こうとして始まったものです。音楽については、僕はパンクから出てきたわけですが、小説に関して言うと、パンクが直接小説の文章に影響しているという感じはあんまりないんですね。むしろ、これまでの読書体験とか落語とかの影響の方が大きいんです。たとえば最近書いた『パンク侍、斬られて候』で、時代小説の中で現代的な言葉づかいをしているのは、僕なりの「破壊」のつもりなんですけれども、多分、筒井さんの「ヤマザキ」を読んでなかったら、発想していなかったと思うんですね。先行する筒井さんの小説があったんで、気楽に、というとあれですけど、そんなに頑張らなくてもできたというところがあったんですね。

筒井 いや、でもやっぱりこれは町田君にしか書けないパンク小説になっているんですよ。僕が書いても「ブギウギ侍」にしかならんわけ(笑)。

町田 ただ、それがパンク的なやり方なのかというと、そうでもなくて、もしかして僕自身の性格なのかなという気もしてて。別に無理して破壊しようとか思っていなくても、「こういうルールですよ」ってみんなが知ってるはずのことを、なぜか自分はいつも聞き漏らしているんです。夏休みにみんなで集まってラジオ体操をやりますよって言ってるんだけど、僕はその告知をなぜか聞いていないから、最初の一歩から入っていけないんですよね。多分、不注意で聞いていないだけだと思うんですけれども、では自分でやってみようかと思う時に、ラジオ体操というのはこうやってやるんだということを調べるという能力が欠如していて、自分が勝手にラジオ体操と名付けたものをやっていると、結果的にはパンクになってしまうということなんですよね。
ジャズとパンクの大きな違いがありまして、ジャズというのは演奏する側に技術の裏付けがありますが、パンクというのは技術の裏付けがまったくないところから始まっていますから、最初は何かできても、だんだんやることがなくなってくる(笑)。

中原 なははは。

町田 だから「こんなもの破壊してやる」といって茶碗を叩き壊した後は、もう茶碗は残ってないんで、粉々になった茶碗を自分で拾い集めて復元してもう1回壊すしかない(笑)。そういう情けなさに耐えることというのが自分の一つのやり方なのかなという気はしますね。
ちょっと話は外れるけど、パンクって読書家の人が多いんですね。それは中原さんもそうだと思うんですけれども、なぜかというと、音楽にあんまり自信がないんですね(笑)。

筒井 エエーッ!そうなの?

中原 なはははは。

町田 つまり、ちゃんと音楽の教育を受けた人とか、ロックが好きでギタリストになろうとする人は、音楽学校にいったりギターの練習とかの努力をしたりするんです。ただ、パンクというのはそこから脱落したところから始まってますから、ちゃんと音楽できる人に対して、コンプレックスがある。自分は楽典や和声すら知らないし、駄目なんじゃないかと思っているところがあって、それを埋めようとして読書に走る。あいつらは単純な音楽バカだ、俺たちはこんなにいろいろな文学とか読んで頭いいんだというふうに言いたがる傾向があって、そういう、元来言葉を志向しがちなところへ、僕自身の性格というのも相俟って、後に行けば行くほど小説を書くのが大変になってくると、だいたいそういう流れだと思います。

筒井 パンクの音楽そのものを文章にはできないというのは、ジャズも同じです。結局、その思想なんですよね。パンクの場合は、明らかにカウンターカルチャー。ただ、ジャズの場合は、既成のものに対する破壊じゃなくて、もともと黒人の民族音楽から出てきている。その辺の違いだけじゃないかと思うんですよね。中原さんはどうなの?

中原 僕はノイズの人たちの中に入るという意識が実はあんまりないんです。僕が音楽を始めた頃というのは、いわゆるサンプラーが出てきた頃で、他人の音楽をパクッて楽曲に取り入れるのが当たり前の手法になってたんですが、その頃に盛り上がってきたミドルスクールと呼ばれるヒップホップは、元曲に対してのリスペクトがあってサンプリングしているということになっている。結局は剽窃のくせに、リスペクトとか言っているようなところがすごい嫌いでした。僕はむしろ、リスペクトもなにもない楽曲で、死体をこき使って無理矢理同じことをバカみたいに何度も何度もさせるような感じのサンプリングがやりたかったんですよ。それは多分、僕が書いているものも同じで、いきなり小説を書けと言われて、何も書くことねえなと思って実家にあった「PHP」とかを読むといい話が書いてあるんで、そのまま書き抜いて固有名詞を変えたら、「ああ、もう小説できたじゃん」みたいな感じで出しちゃうというか。

筒井 いやあ、それだけじゃないと思うよ。この人がすごく読んでいると言うことを僕は知ってるんだ。福田和也があなたが読んだ凄い本をたくさん教えてくれて、驚いたもんね。

中原 そんなことないですよ!福田さんが大げさに言っているだけですよ。

筒井 中原さんの一番新しい短編集だけれども、『待望の短編集は忘却の彼方に』、何じゃこのタイトルは(笑)。タイトルからしてぶっ壊れているわけ。中の短編はみんなそれぞれ、ぶっ壊れ方のサンプルみたいなもんでさ。みんなすごいわけよ。やっぱりただじゃこんなことはできませんよ。中原さんは過去の小説をたくさん読んで、どこをどうぶっ壊したら一番面白いかを考えてるはずだ。

中原 いや、でも御二方のように、ただ壊すだけじゃなくて、エンターテインメントとして読ませるものを書く技術が僕にはないので。

町田 僕も中原さんの短編集を読んでめちゃくちゃ笑いましたよ。

筒井 笑うよね。

中原 僕は小学生の時に「亭主料理法」とかの筒井さんの小説を読んですご
い影響を受けましたし、町田さんの『パンク侍』だってマジに素晴らしかったですよ、本当に!

筒井 わははは。褒めあいになってるな。


★破壊と創造のサンバ 2◇新潮10月号/筒井康隆×町田康×中原昌也★

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