みかんぜりーの入院日記
「遺伝性球状赤血球症」という病気とともに成長してきた航平の入院、手術記録です。

2002年02月09日(土) 手術4日目 食事開始

早朝(4時頃)やっとおならが出た。(と言っても、もっと前に出ていて本人が気がつかなかったのだろう。との事だが)
前日に今日の食事の許可は出ていたし、おならも出たし、航平は朝食時間が待ちどおしい様だ。「おかゆ(5倍かゆ位)、でんぶ、牛乳」というメニューだったがとてもおいしそうに食べていた。
朝の処置で胆嚢側のチューブを抜いた。先生が傷から注意をそらす話をして航平が別の所を見ている間にサッと抜いてしまったので、「痛い」と泣く暇なく終了。すっきりした感じがすると言っていた。
しかし・・・幸せなひとときはここまでだった!

48時間位きくという「痛み止め」の点滴が終了し、久々の食事で胃や腸が活発に動き出した。「痛い〜痛い〜」と叫んで大泣き。今回はお腹をさすってあげたくらいでは治まらない。傷の痛みと、久々の食事による中からの痛み、かなり辛そうだ。
先生に「痛みも必要なんだよ、少しの間だから頑張ろう」と励まされ、泣きながらも頑張って耐えていた。
痛みにも波があって、食後1時間くらいがピークで、それを過ぎると少し楽になるようだ。
「こんなに痛むならご飯食べない」と言うかな?と思ったが、3食きっちり食べた(笑)そして3食後きっちり苦しんでいた(笑)

就寝時間になってまた痛みがきた。夕飯のおかゆは軟飯に近かったし、消化活動がより活発になったのか?とにかくかなり辛そうだ。航平の方から「先生呼んで!看護婦さん呼んで!」と言ったのは、始めてだった。痛み止めの薬を飲んだがすぐには効かない。消灯時間が過ぎているし、大声で泣くので周りに悪いな・・・と看護婦さんに相談しに行った。「先生のお家に電話したら、今から病院に来てくれるって。航平くんもう少し待ってね」という言葉を聞くと、少し安心した顔になり、珍しく微笑んだ。安心感と薬が効いてきたせいだろう、先生が病室に到着した時には半分眠っていた・・・(-_-;)
世の中、3連休初日の夜である。自宅でご家族と団欒中だったかもしれない。申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで一杯になった。

今日は他にも暖かい心にふれた日だった。
航平のクラスの担任の先生がお見舞いに来てくださった。千羽鶴を持って。(1年生だけでは無理だろうと、高学年の生徒も一緒に折ってくれたそうだ)
処置の後、「航平くんが手術頑張ったご褒美」と先生は「ウルトラマン」のカードをくださった。(航平がウルトラマンが好きだと言った事を覚えてくれていた)
こうした皆の暖かい心遣いを忘れないで欲しいと思う。
航平はわかっているのか、いないのか・・・相変わらず無愛想である。
わかってるのかなあ〜


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