| 2008年01月25日(金) |
日本における事務システムの生産性の低さ |
日本における事務システムの生産性の低さについて,日頃の経験から,日本経済において大変大きな課題だと思う。民間企業の場合,それでも効率化はかなり進んできていると思う。ところが,公務を中心に効率が低い。官公に近いところほど,効率が低いと思う。一例として大学や学校がある。わが大学でも,研究,教育という面ではそれなりに進んでいると思うが,事務システムという面では相当遅れていると思う。
一例を挙げよう。例えば,ある授業で明日だけはパソコン教室で行おううとする。その場合,どこの教室が明日空いているので,使えるという情報が,コンピュータですぐわかるようになっていて,その教室をコンピュータから予約するというシステムがあっても良いと思う。ところがこれがそうはなっていない。学部事務職員にいちいち頼む。それから学部事務職員が学生センターにその日のその時間その教室が空いているかどうかを,確認する。すると学生センター職員がえんま帳のようなものを繰って「空室」を確認し,予約を受け付ける。予約受付を知った学部事務職員が教員の所へ知らせるという段取りになっている。また建物によっては別の部署の管轄となっている。
これなど,教員のパソコンから(もちろんID,パスワードを打ち込んで)教室の空き状態を確認し,予約をとって,その教室を使用すればよい。そうすれば,その間に介在する少なくとも2人の職員の手間が省ける。コンピュータを利用すれば,たちどころに解消のはずである。ところがそれができない。このコンピュータの時代に,えんま帳を繰って空室を確認するという非効率なことをしている。教員とコンピュータとのやりとりで問題が解決できるはずである。それにより効率化が図れるはずである。空登録を心配しているからそうなるのだろう。これなどは教員のモラールの問題である。もし問題が発覚すれば,何らかのペナルティを課せばよいだけだと思う。
これだけではない。研究旅費や研究経費についても,自分の残額がいくらなのかコンピュータで確認できない。機動的に経費を処理する仕組みになっていない。いちいち問い合わせる必要がある。それに受け答えする職員(アルバイトであれ嘱託職員であれ)を配置する必要がある。これなどももっと効率化できるはずだと思う。
今日もT先生と話したのだが,いろんな学内書類に印鑑を押す必要がある。三文判でもかまわないのだが,それを押す必要がある。果たして,必要なのか。無意味である。よほど重要な書類であれば,「公印」が必要なことはわかる。しかしちょっとした書類にいちいち印鑑がいる。サインでも良いはずだと思う。事実サインでよい書類もある。統一されていない。
これが国公立大学になるともっと「ひどい」と聞く。こういう生産性の低いところとの競争だから,私立大学のこの効率性の低さでも「競争優位」にあるわけだ。だから,なおさら改まらない。どこか大手の大学が効率化に先鞭をつければ,日本のことだから,一斉に効率化競争が始まるのでは無かろうか。立命館大学がその先頭を走ってほしいと思う。
これがひいては,日本におけるあらゆる事務職場(とりわけこれまで遅れていたところ)における事務効率化を促し,日本経済の生産性向上に役立つと思う。日本のこの面の生産性の遅れが克服されれば,日本の製造業の効率はもとより良いわけだがら,日本全体の効率化に大いに役に立つはずだと思う。そういう意味でも立命館大学の事務効率化を進めていければと思う。
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