| 2005年03月17日(木) |
ライブドア問題,その後 |
いよいよライブドア問題切迫してきました(記事1参照)。以前から書いていることから推察していただけるだろうが,私は,資本の論理で迫るライブドアに対して,フジテレビが資本の論理で真っ向から受けてしまったことが失敗だと思う。「資本主義」の論理で攻められたら,日本企業として,伊丹氏の言うような「人本主義」の論理で反撃する,これが正解だったと思う。
ようやくにして,その方向が見えてきた。ニッポン放送で労働組合が出来たり,ポニーキャニオン従業員の声明が出てきたり,という具合に,私の見方によれば「まともな」対応になってきた。ただし,初動を誤った。そのミスを取り戻すのには時間がかかりそうだ。ライブドアがニッポン放送への攻撃を仕掛けているのに,当初からニッポン放送が表に出ないでフジテレビの日枝会長が前面に出るなど初動の失敗は大きい。
かつて,北朝鮮が韓国を相手にせず米国出てこいと言っていたのに似ている。韓国は米国の傀儡だから韓国とは交渉しない。米国と交渉したいと言っていた。最初は米国が前面には出なかったものだ。ところが,フジテレビはまんまとライブドアの作戦に乗り前面に出てしまった。そして,日枝=悪玉,堀江=善玉,というマスコミ受けするシナリオにまんまと乗ってしまった。堀江モンだって,そんなきれいなものではないのだが,老巨悪に立ち向かう若者然とした振る舞いで得点を上げた。日枝会長は,読売の渡辺会長,NHKの海老沢会長と同列に見られてしまった。
これらマスコミの巨頭がマスコミ対策を誤るなどプロにあるまじきことだ。フジのTOBの代理人大和SMBCは一体何をしていたのか。こちらもプロらしくない。(リンゴではないが)フジも甘い。このあたりの事情は下記サイトを読めばわかる。 http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/yw/yw05022701.htm
で,結局勝ったのは,ライブドアに資金提供を行いその見返りに新株予約権付き社債を極めて有利に受け取ったリーマン・ブラザーズなのだろうか。もっとも「ブロードキャスター」という番組で,榊原英資氏がリーマンが勝ってライブドアが負けたと言っていたという。果たしてどうだろう。ライブドアが負けたかどうかはともかくとして,リーマンが勝ったことは間違いない。
誰が勝って誰が負けたのか,複雑な様相を呈している。堀江モンが過半数を握ったニッポン放送での堀江モンの振る舞いによっては,堀江モンに逆風が吹くかもしれない。堀江モンがニッポン放送の社員を敵に回したらうまく行かないはずだ。かつて,住友銀行が関西相互銀行を合併しようとしたとき,従業員組合はおろ支店長も反対に回り,さらには顧客まで反対をしたので合併できなかったという事例がある。今回も従業員,経営者,さらにはリスナーまで反対に回れば,この合併は成功しないだろう。今後,このあたりに注目していきたい。
閑話休題
記事2にあるように,日本の高校生の覇気低下は,日本の将来に暗雲を投げかけている。青年の気持ちは大人社会を反映したものである。今の日本が病んでいることは間違いない。この問題はまた別の機会に論じたい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− (記事1)「新株」異議退ける ニッポン放送は抗告
ライブドアの申し立てを認め、ニッポン放送が決定したフジテレビジョンを引受先とする新株予約権の発行差し止めを認めた東京地裁の仮処分命令に対し、同放送が行った異議申し立てについて、同地裁民事第八部(西岡清一郎裁判長)は十六日、「仮処分命令は正当」として異議を退ける決定を出した。ニッポン放送は決定を不服とし、直ちに東京高裁に抗告した。 東京地裁は十一日、「新株予約権の発行は、フジサンケイグループに属する経営陣の支配権維持が主たる目的」として「不公正発行」と認定し、新株予約権の発行差し止めを命じていた。 異議審でニッポン放送側は、新株予約権の発行目的は企業価値の維持・向上で、支配権維持が主たる目的とした仮処分命令は事実誤認▽企業価値が損なわれるかどうかについて、ニッポン放送側にのみ厳格な立証責任を課しており、仮処分の性質に反し不当−などと新たに主張。 これに対し、西岡裁判長は「実体を見る限りではフジテレビによる支配権確保を主要な目的とするのと同義」と判断。敵対的買収への事後的防御策として新株予約権発行が正当化できるのは(1)買収者が真摯(しんし)に合理的経営を目指さない(2)買収で会社が回復しがたい損害を被るのが明らか−という「例外的条件」がある場合のみと限定し、今回のケースはこれに当たらないとした。 また、ニッポン放送側は「新株発行は取締役会の決議事項であるから、取締役の行為によって株主構成が変更されることは、商法上当然に許される」との主張についても、西岡裁判長は「商法は本来、資金調達など取締役の一般的な権限事項について新株発行などが行われた場合、結果として既存株主の持ち株比率が低下することを許容しているにとどまる」と指摘。「現経営者や特定株主の支配権を維持・確保することを目的に新株を発行することまでは認めていない」と退けた。 さらに、「例外的条件」の立証責任についても、「ニッポン放送が主張立証責任を負う」とした。 今後、ニッポン放送側の抗告を受け、東京高裁が再度、仮処分について審理。本来予約権の発行日とされていた二十四日をめどに、早期に決定を出すとみられる。 高裁決定を不服とする側は、最高裁への特別抗告か、高裁に対して許可抗告を申し立てることができる。 ◇ ≪価値低下を主張≫ ニッポン放送総務部の話「正しいと信じていた主張が認められず残念だ。抗告した高裁では地裁審理と同様、『ライブドア傘下に入れば企業価値が低下する』ことを引き続き主張し、マスメディアの公共性を訴える」 フジテレビ広報部の話「残念な結果だが、今後も裁判は続くので見守っていくつもりだ」 ◇ ≪企業価値維持を≫ ライブドア広報担当者の話「互いの事業の魅力を生かして、ユーザーやリスナーを第一に考えた業務提携を築きたい。フジサンケイグループを大切なパートナーととらえているので、ニッポン放送の企業価値維持を強く希望する」 (産経新聞) - 3月17日3時23分更新
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− (記事2)自己中心で刹那的−日本の高校生 米中に比べ際立つ低さ
国に誇り51%/親の面倒43% 「国に誇りを持っている」という日本の高校生は51%で、米国、中国に比べて二割以上少ないことが日・米・中三カ国の高校生を対象にした意識調査で分かった。日本の高校生は「将来を思い悩むより、その時を大いに楽しむべきだ」「親の面倒をみたくない」と考える割合も三カ国中で最も多く、刹那(せつな)的、自己中心的に生きる日本の若者意識が浮かび上がった。 ≪国旗・国歌≫ 調査は、財団法人日本青少年研究所(東京・新宿)が昨年九月から十二月にかけて、三カ国三十五の高校で行い、三千六百四十九人が回答した。 「自分の国に誇りを持っているか」との設問に、「強く持っている」「やや持っている」と答えた日本の高校生はあわせて51%と、米中両国に比べ目立って低かった。国旗、国歌を「誇らしい」と思う割合も、米中両国の半分以下。「国歌を歌えるか」との質問には、「歌える」と答えた日本の高校生は66%にとどまり、三人に一人は、「少し歌える」「ほとんど歌えない」と答えるなど、国旗国歌に抵抗感を植え付ける自虐的教育の影響を懸念させる結果となった。 こうした意識は国旗国歌への敬意などに表れ、「学校の式典で国歌吹奏や国旗掲揚されるとき、起立して威儀を正すか」との質問に「起立して威儀を正す」と答えた日本人高校生は米中の半分以下の30%。38%は「どちらでもよいことで、特別な態度はとらない」と答え、国際的な儀典の場で、日本の若者の非礼が批判を受ける下地となっていることをうかがわせた。 ≪将来・意欲≫ 将来への希望を問う設問では、「将来は輝いている」「まあよいほうだが最高ではない」と答えた割合は中国が80%と最も高く、日本は54%で最も悲観的であることが分かった。 さらに、勉強については「平日、学校以外でほとんど勉強しない」が45%(米15%、中8%)、「授業中、よく寝たり、ぼうっとしたりする」も73%(米49%、中29%)と、学習意欲も米中に比べて明らかに低いことが裏付けられた。 生活面では「若いときはその時を楽しむべきだ」と答えた高校生の割合も三カ国で最も高かった。 ≪恋愛・家族≫ 恋愛観では「純粋な恋愛をしたい」と考える割合は九割と日本が最も高かった。しかし、結婚後「家族のために犠牲になりたくない」も日本がトップ。将来「どんなことをしても親の面倒をみたい」は三カ国で最も低く、逆に「経済的な支援をするが、介護は他人に頼みたい」が18%と、米国9%、中国12%を大きく上回った。 こうした結果から「純愛で結婚したいが、家族の犠牲にはなりたくない。親の面倒は金で他人に見てもらいたい」という自己中心的な恋愛観・家族観が浮かんでいる。 ◇ 【識者コメント】 ■親から啓蒙する必要 森隆夫・お茶の水女子大名誉教授(教育行政学)の話 高校生になって自国に誇りを持てないのは、情けないこと。自分自身にも誇りを持っておらず、胸を張って生きていないのではないか。少子化に加え、数少ない子供の質が低下する「劣子化」が今の日本の問題。個人は社会に支えられており、「国あっての自分」「家あっての自分」ということを理解していない。 対策として、学校と家庭で日本流の人生観教育・職業観教育を実践し、幼いころから自分と国との関係を考えさせることを提案したい。本来、総合学習や生活科はそういった教育を行う場なのだが、指導法に問題があるために実現していない。ただ、子供の教育は一義的には家庭が行うもの。まずは親に対する信念調査を実施して、親が子供や国の将来についてどのように考えているか把握し、親を啓蒙(けいもう)する必要がある。 ■自信持たせる環境を 教育関係の著書も多い精神科医の和田秀樹氏の話 大人が考える以上に、若者の間にあきらめが氾濫(はんらん)し、刹那的になっている。 バブル経済前は、頑張って勉強すれば誰でもある程度の生活ができるという、社会に対する確信があった。しかし終身雇用が崩れ、大学を出ても就職できない状況になり、将来に希望を持てなくなっている。 あきらめの早さの背景には、社会に対する不信とともに、日本という国や自分自身に対して誇りを持てなくなったことが挙げられる。誇れる気持ちを植え付けるのは学校教育の役割ではあるが、学校だけで実現が難しいのも現状だ。 学校が徹底した学力向上策を図って最低限の自信を植え付けた上で、マスメディアも含め社会全体が若者が誇りを感じられる環境を作り出す必要がある。 (産経新聞) - 3月16日3時2分更新
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