| 2004年06月27日(日) |
小学校でパソコンを教える必要があるか? |
先だって,女房と話していて,気付いたことがある。最近,小学生のチャット殺人事件などがあって,小学校でのパソコン教育が何かと話題になっている折りだけに,果たして,小学校でパソコンを教える必要があるか,疑問を感じた。
こんなことが言われている。「二〇〇二年度に導入された文部科学省の新学習指導要領で、授業でのパソコン活用が盛り込まれた。しかし、活用促進ばかりが重視され、情報モラル教育は後手に回っている。市教委は「週五日制で全体の授業時間が少なくなり、パソコン活用の時間確保で精いっぱい。とても情報モラル授業まで時間がとれなかった」と説明する。」(http://www.nishinippon.co.jp/news/2004/sasebojoji/kiji/040612_3.html)
横浜のある小学校のHPを見ていて,パソコン利用の長所,短所が書いてあったが,まず,長所として下の3点が上げられていた。
(1)目の前に提示される視覚的効果はかなりあると考えられます。 ネットワークでつないで画像の転送ができるようになっていて、友達の作品などが目の前(ほんの数十センチ)に送られてくるのはかなりのインパクトがあります。普段の授業での座席と黒板の距離とは比較になりません。
( 2)ネットワークはパソコンのこれまでのイメージを変えます。 スタンドアロンで利用していたのでは単に個人作業の道具となりがちです。ネットワークにつなぐことで1人の作品が一斉にもたらされ、それは普段の授業の1人の発言とまったく同じになります。
(3)パソコンに対する抵抗感がなくなります。小学校段階でパソコンにふれる機会をもつことで、特別なものといった意識はかなり減り、当たり前の道具として認識することができます。(一番出遅れているのは先生かもしれません)
これを読んでみてたいした長所に感じられないのだが,どうだろう。そして,逆に短所であるが,次のようなことが上げられていた。 (1)パソコンの操作を覚える時間を授業の中に用意しなくてはなりません。 当たり前のことですが、パソコンを使わない授業と比べ、教科の学習の時間は多少減ります。ただ、学年に応じて少しずつ操作法を教えたり、チームティーチングなどの授業形態をとることである程度マイナス部分を埋めることもできると考えます。
(2)目的にかなったソフトを見つけるのが大変です。本当に授業でやりたいことがソフトの内容によって制限されることがあります。例えば柱状グラフを出力したいのに実際は棒グラフしか出力できないといったことがあります。このあたりはソフトを開発する会社に現場の声をできるだけ伝えていく必要があるように思います。 (http://www2.yokohamafutaba.ed.jp/kotoshi/2004/living/joho.html)
他方で週休2日制,「ゆとり教育」と言っておいて,一方でパソコン教育をする。本来小学校は「読み,書き,そろばん」と言われるような基本的な力を身につけさせるところである。そこで基本的な力をつけさせられないから,「分数のできない大学生」などというおかしな話が出てくるわけだ。「分数の」云々といわれたのは「ゆとり教育」や週休2日制などより前の話だから,いまはもっと酷いだろう。
小学生にパソコンを教えるとなると時間がかかるだろう。それよりも基本的な力が付いた中学生や高校生に教える方がはるかに効率がよいはずだ。先の横浜の小学校の事例などを見ると,1年生にお絵かきソフトで「遊ばせて」いるようだ。そんなものパソコンでする必要は全くない。ばかげている。目的と手段を取り違えている。小学生には基礎的な力をつけさせるのが目的の筈だ。パソコンという手段がそのために最適かどうかだ。ところがパソコンを導入するというのが自己目的化して,必要もないのにパソコンを使っているだけだ。
とどのつまりが,「チャット殺人事件」だ。こんなことも言われている。
「今の子どもたちはゲーム,Webブラウザ,電子メールで遊んでいるが,コンピュータの本当の性能を生かしながら育っていない」。“パソコンの父”と呼ばれ,教育現場におけるコンピュータの活用に熱心に取り組んでいるアラン・ケイ氏は今年1月,来日したときに,こう発言している。「過去20年間に子どものために有意義なコンピュータの進歩はなかった」とも付け加える。」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030317/1/)
そうだと思う。必然性のないところにパソコンを導入するのが問題だ。パソコンのことを知らない人に限ってパソコンの必要性を説く。ばかげている。私など,同年齢の人たちと比べたら比較的早くからパソコンに親しんでいるが,それだけに,必要以上にパソコンを信頼していない。パソコンが有効な場面とそうでない場面がある。要は,何のためのパソコンか,だ。必要でないところにパソコンなど導入すべきではない。混乱が深まるばかりだ。
大学における事務機械化の際も同様の問題を感じた。これについては別の機会に論じたい。要は,パソコンは単なるツール,手段でしかない。目的を明確にすべきだ。いまの小学生の教育にパソコンは不要だ。混乱を引き起こすだけだ。教える側にフィロソフィーがなさ過ぎる。だから,混乱する。
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