ブラウン,ドゥグッド共著,宮本喜一訳「なぜITは社会を変えないのか」日本経済新聞社,2002年,は大変よい本だ。まだ読み始めたばかりだから,詳細は後日紹介する。以下に興味深い指摘を紹介しておく。
情報の目的とは結局のところ人間の目的だ。情報の論理は究極的には人間性の論理でなければならない。情報の独立性とその拡大があるにしても,コミュニティーや組織,そして制度の中で,最終的に情報の意味やそれが重要である理由を判断するのは人間自身なのだ。
けれども情報の論理は,それよりも現実的なはずの人間性の論理をいとも簡単に排除することがある。たとえば,情報の論理をよりどころにして,1975年のビジネスウィーク誌が「ペーパーレス・オフィス」の出現を予言するのはたやすいことだった。それから5年後には,ある未来学者がこう断言している。「紙のコピーを取るのはそれがどんなものでも原始的だ」。ところが80年代にはプリンターやコピー機の動作速度がどんどん上がり,しかもますます寿命が延びた。さらに80年代半ばには,ファックスが紙をベースとしたオフィス機器の必需品として成長した。」ところが「ファックスもまた必然的にすぐ消滅するテクノロジーだと解釈された。」(以上,同上書,24ページ)
機械ないしパソコンが主で人間が従なのか,人間が主で機械・パソコンが従なのか,考えてみれば明らかなのに,パソコンを主に考える輩が多い。利害関係を持つ玄人と素人が危ない。ちょっと考えたらわかりそうなものなのに,マスコミ人士なども危ない,危ない。そう思う。
閑話休題。
春の選抜高校野球に,京都から立命館宇治が選ばれた。活躍を期待したい。
|