今日バスで,ゼミのK君と会った。そこで話していて,そういえば,最近そういう話を学生諸君に言っていなかったことに気付いた。
かねがね私は,日本にパブリックという意識が弱いと話していた。官と民というのはあるが,公と私という観点が薄い。とりわけ,戦後右翼は国家を,左翼は民衆を基盤とすべしと言っていた(今でも?)。ところが,両者に欠けるのはパブリック(公共)という意識だと思う。
民だって公を意識しないといけないし,官はもっともっと公を意識しないといけない。官か民かではなく,そのどちらもが公を考えないと,うまく行かないと思う。どうやら最近は官も民も公がどこかへ行ってしまって,「私」ばかりになっているのではないか。とりわけバブル以後の日本のていたらくは公意識の極端な低下だと思う。
西欧の市民革命では公意識はできやすい。日本の上からの「民主主義」ではそれができにくかった。それでも救われていたのは,先にも書いた「武士道」というかサムライ意識が公の役割を果たしていたからだと思う。武士道は立派な公意識だと思う。武士道精神の希薄化と同時に,公意識も低下し,みんな私意識に走ってしまったのが,今の日本だと思う。
また,市場原理主義が,それを助長してもいる。みんな好き勝手にやっていればうまく行く。そんなはずはないと思う。
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