この日記なるものは,一体誰のために書いているのだろうか。時々書きながら悩むときがある。自分の覚えのためとは言えない。つまり,想定読者のことである。読者を想定しながら書いていることになる。当初,ゼミ生のN君から書いてくださいと頼まれたとき,それでアクセス件数が増え,情報が伝わりやすくなるのなら,と思って引き受け,書き始めたのだが,一体誰のために書いているのだろうと思うことがある。
だから,文体も「である」調になったり,「です」調になったりする。迷っている証拠である。論説風に主張したいことを書くときは「である」調になる。日常の自分の動向を書くときは,どちらかというと「です」調になる。その方が自然に思えるからである。時には混在する。
で,今日は「である」調になっている。「なっている」と言った方がよいのは,書いている中でその方が自然だから,そうなるだけである。昨日も京都会計研終了後の2次会でコーヒーを飲みながら,若い研究者たちと話していて,読んでいます,と言われて,またまた,考えてしまった。ま,自然体が一番だけれど。
だいたいが研究者なるものは,おタクっぽいものである。程度の差はある。こんなところで,こんなことを書いているのがその証拠。そしてまた,程度の差はあれ,研究者は躁鬱気味である。けったいな仕事である。
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