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2006年10月18日(水) 偽善



「 完全主義では、何もできない 」

                  ウインストン・チャーチル ( イギリスの首相 )

Perfection spells paralysis.

                               Winston Churchill



英語の名言は、長文より、上記のような三語の短文のほうが訳し難い。 

直訳の 「 完全主義の綴りは麻痺状態である 」 では、まるで意味不明だ。


民主主義における最大の効果は 「 独裁者を輩出しない 」 という点にあり、国民の主流な意見が反映される 「 国民主体の政治形態 」 だといえる。

一昔前、日本のマスコミは、北朝鮮のことを 「 朝鮮民主主義人民共和国 」 などと表記していたが、これは朝鮮総連の圧力によるものだった。

あの国に、「 民主主義 」 とか、「 人民の共和国 」 などといった言葉を当てはめるのは、どう考えても不適当だと、誰もが感じていたはずだ。

最近の北朝鮮批判、ブーイングの嵐に便乗する格好で、各社ほぼ同時期に 「 北朝鮮 」 と表記が改められ、現在の呼び方に統一されてきた。

自分たちは 「 民主主義の国 」 と主張する独裁国家に対し、日本で唯一、彼らの主張を支持したのが 「 社会党 」 だったというのも、笑い話である。


民主主義は 「 多数決の原理 」 を基本としているために、少数派の人々にとっては、たまに、望み通りの結論が得られないこともある。

そういう人々は、自分と同じように、全体にとっては少数派の弱者を手厚く保護していないという 「 ネタ 」 を振りかざして、民主主義の欠点を突く。

もちろん、大半を占める健康な人、富める人が余分に働いて納税し、少数の弱者を救済することは、近代国家として必要な福祉措置である。

問題は、本当に彼らを救済し、まんべんなく幸せを分け与えようとする善意の他に、彼らにかこつけて、権力に歯向かいたいだけの阿呆がいることだ。

そういった連中による邪な考え、姿勢のことを、人は 「 偽善 」 と呼ぶ。


刑法39条に抵触する可能性のある犯罪者に対して、犯罪者とは呼ばずに 「 触法精神障害者 」 と呼ぶ傾向も、偽善の匂いが プンプン している。

なぜ、「 精神障害犯罪者 」 ではなく、「 触法精神障害者 」 なのか。

一般的に日本語は、二つの言葉をつなげたとき、後にくる言葉が姿や形を表し、前にくる言葉がそれを修飾するという規則がある。

たとえば 「 鳥山 」 は山の名前で、「 山鳥 」 なら鳥の名前になるわけだが、犯罪者という言葉を後ろにつけないことで、彼らを擁護しているのだ。

少年法も同じで、「 少年犯罪者 」 ではなく、「 触法少年 」 と呼ぶ連中らは、そこに死体があっても、犯罪を 「 なかったこと 」 にしようとしている。


9歳の娘に、ゴミ や ホコリ を食べさせて虐待していた母親を、和歌山署は傷害容疑で逮捕したが、この犯人の精神は 「 正常 」 であろうか。

私は、精神病の人を蔑視しないが、このような輩の精神状態を 「 正常 」 とは思えないし、この犯人を 「 きちがい 」 と呼んで構わないと思っている。

私にかぎらず、ごく一部の社会生活不適格者を除けば、何の罪も無い善意の精神病患者に対して、そのような差別用語で蔑視する人はいないだろう。

非道な凶悪犯罪者に対し、誰かが 「 きちがい 」 と叫んだのを聞いて、無実の精神病患者が理由も無く 「 傷つく 」 ということも考え難い。

状況に関わらず、そういう言葉を使わせないという規制は 「 偽善 」 であり、真の弱者保護、弱者救済とは縁の無い話ではないだろうか。


ちなみに、いつのまにか 「 狂牛病 」 という呼び方が消え、「 BSE 」 と表現されるようになったのも、このような 「 偽善 」 が背景にある。

しかし、誰かが狂牛病の話をする度に、精神病患者が傷つくのではないかという発想こそ、異常な偏見であり、差別なのではないだろうか。

精神病だろうが、精神が正常だろうが、少年だろうが、大人だろうが、悪いことをすれば犯罪者であり、凶悪度が高ければ 「 きちがい 」 である。

差別の反対語を 「 公平 」 とするならば、それが正しい基準であり、自分にとっての耳障りが良いように事実をねじ曲げるのは 「 偽善 」 にすぎない。

余談だが、「 狂牛病 」 の不使用に圧力をかけた偽善者たちが、はるかに被害の多い 「 狂犬病 」 を放置しているのは、不思議な話である。


民主主義は完全主義ではないし、どのような主義、思想を用いたところで、すべての人を安全で、快適な環境に置くことなど不可能である。

生い立ちや環境に関わらず、人間の何割かは悪いことをするし、何割かは人並みの仕事ができず、学力が劣り、社会生活に適応できない。

すべて弱者を切り捨てるという発想も ダメ だが、悪人だろうが何だろうが、あらゆる人間に同等の 「 人権 」 を認めるべきという発想もおかしい。

弱者保護と信賞必罰の 「 線引き 」 は、少し前まで バランス がとれていたはずだが、どうも近頃は、おかしくなってきているように感じる。

その調整を崩した犯人は、政府でも、国連でもなく 「 偽善 」 だと思う。






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