Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2006年10月09日(月) タワーレコードの落日



「 人間の魂にひそむ情熱で、音楽に糧を見いださないものはない 」

                      ジョージ・リロウ ( イギリスの劇作家 )

There's sure no passion in the human soul, but finds its food in music.

                                   George Lillo



時差ボケ解消にも、この連休は実に有難いと感じる。

仕事関係のメールや留守電も、とりあえず 「 聞いていないこと 」 にしよう。



前回は、「 匂い 」 と 「 記憶 」 の結びつきについて触れてみたが、「 音 」、特に 「 音楽 」 もまた、遠い記憶を手繰り寄せる手掛かりになる。

おそらく、誰にでも 「 思い出の曲 」 とか、忘れられない曲があって、偶然、ラジオや有線から流れだした時、ふと耳をすませてみたりするものだろう。

我々が学生の頃には 「 カラオケ 」 がなかったし、路上で演奏するような 「 勇気ある若者 」 も少なく、音楽は主に 「 聴くもの 」 であった。

なかには、本格的にバンドを組んだり、オーケストラに参加する人もいたけれど、たいていは、親の留守を狙って下手なギターを鳴らす程度だった。

音楽を 「 聴くもの 」 から、「 歌うもの 」、「 奏でるもの 」 として、広く大衆に浸透させた 「 カラオケ 」 などの技術革新は、音楽業界にも影響が大きい。


また、ソニーのウオークマンから始まった 「 音楽を携行する 」 という習慣も、近年の音楽業界を激変させる要因となった。

最近では、音楽はすべて 「 データ化 」 され、ダウンロードさえすれば、いつでも高音質な楽曲を、誰でも手軽に楽しむことができる。

そうなると、必要性を失ってしまうのは 「 ジャケット 」 と呼ばれた レコード、CD を収納していた ケース の装飾である。

特に レコード の時代は、サイズが大きかったこともあって、一種の芸術品的な価値として、その ジャケット を蒐集する コレクター も多かった。

現在のように、楽曲を 「 聴ければよい 」 だけではなく、装飾も含めて愛蔵することが、音楽ファンにとっては当然の決まりごとだったのである。


米音楽ソフト販売最大手の 「 タワーレコード 」 が経営破綻し、売却を受けた清算会社からは、店舗や資産を清算し、廃業させる計画が発表された。

カリフォルニア の州都である サクラメント に開業した タワーレコード は、若者文化の象徴的存在として、常に最新の音楽情報を発信してきた。

しかし、デジタル化された音楽配信サービスの台頭や、量販店など異業種との販売競争に勝てず、最近では 「 ジリ貧 」 の状態にあったようだ。

日本でも、昔ながらの 「 レコード屋さん 」 は激減し、大手家電量販店などで購入したり、ネット配信を受ける人の割合が、日増しに高くなっている。

音楽業界の潮流を鑑みたなら、衰退の憂き目に遭った事実は間違いなく、それは仕方のないことかもしれないが、なんとも寂しい感じがする。


バークレー に古い映画館があって、週末になると通い、ポップコーンを膝に抱えて様々な映画を観たのだが、客足が衰え、数年前に閉鎖された。

映画 『 マジェスティック ( 2001米 ) 』 などに登場したような地方の小劇場だが、そこには最新の シネコン などとは違う独特の風情があった。

観客にとっては、作品の優劣だけでなく、「 どこで観た 」、「 誰と観た 」 などといった個人的な背景も、「 思い出 」 の要素に含まれている。

なにもかも合理的に簡素化し、作品の データ だけが売り買いされてしまうと、映画も、音楽も、記憶や思い出とは縁遠くなってしまうのではないか。

ここにも、人との接触を拒み、コミュニケーションを失いつつある現代人の問題が見え隠れする気がして、この 「 時代 」 に、一抹の不安を感じる。






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