「 美しいメロディーは、遠くから聞こえるとき、さらに美しい 」
ウィリアム・ワーズワース ( イギリスの詩人 )
Sweet melodies are those by distance made more sweet.
William Wordsworth
美しさの基準とは、はたして何であろうか。
美しい国、美しい人とは、どういうものであるのか。
人間の魅力で決定的なものは、形の上の美醜でも、才能でもなく、その人自身が 「 生き生き 」 としていることではないかと思う。
もちろん、表面だけを見て 「 生き生き 」 しているかどうかなど、わかるはずもないし、軽薄で騒々しい未熟な若者の勢いとは、似て非なるものである。
たとえば、外見上の派手さはなくても、好奇心や知識欲が旺盛で、自然や、人や、芸術や、様々な文化に興味を持つ人は 「 生き生き 」 として美しい。
表面はむしろ暗い感じでも、精神が 「 生き生き 」 としている人、しっかりと目標を持って生きている人は、性別や、年齢を超越して美しいと思う。
年齢的に若くても、ルックスに恵まれていても、「 生き生き 」 としたところを失ってしまった人は、長く美しい光を発する存在にはなり得ないだろう。
安倍首相は26日、首相官邸で就任後初の記者会見を行い、「 日本を活力とチャンス、優しさにあふれた国にする 」 と力強く抱負を述べた。
それは、日本の未来を信じたいすべての国民のための 『 美しい国づくり 』 の スタート なのだと、安倍首相は語る。
政治に 「 美しさ 」 など持ち込まれても、なんだか漠然としていて、よくわからないところもあるが、個人的には、その発想を気に入っている。
ビジネスでも、政治でも、家庭生活でも、損得や、利害など、数字に表れる成果だけで、すべてを評価できるものではない。
同じ成果を挙げたとしても、「 美しいやり方 」 や、「 醜いやり方 」 があり、できることなら、何事も美しいほうが素敵ではないだろうか。
物事の尺度に 「 美 」 という価値観を求めるのは、自然の欲求だ。
人間は美しいものを想像して 「 憧れ 」 を抱き、自分の力だけでは達成できないもの、手の届かないものを求め、つねに欲している。
男性でも、女性でも、美しいものを探して、心の支えを得ようとする。
何にでも批判的で、天邪鬼にくさしてしまう皮肉屋もいるけれど、実は、その皮肉も 「 憧れ 」 の裏返しなのである。
国民の気持ちをひとつにし、未来への希望、活力のある国づくりを目指し、力を結集させるには、「 美しさ 」 への憧れを抱かせるのも良策であろう。
もちろん、すべてが 「 キレイごと 」 で解決するほど甘くはないから、政策によっては、強行に推し進められたり、万人が納得できない局面も現れる。
それを指して 「 美しくないじゃないか 」 と皮肉る人も出てくるだろうが、人間の容姿と同じく、目に見える外見の問題がすべてではない。
少なくとも、「 美 」 を基準に置いたからには、自分に恥じない政策、誇りをもった決断を、新しい内閣は目指していくだろう。
過去には 「 ブルドーザー 」 と呼ばれた首相の下、力強く所得倍増を提唱した政権もあったが、「 美 」 を追求する紳士的な内閣があってもよい。
美しいものを愛する人の姿もまた、美しいと感じたりする今日この頃、かつてない新しい時代の幕開けに、まずは期待したいと思う。
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