「 昨日の前衛芸術も、今日はお洒落、そして明日はお古になる 」
リチャード・ホフスタッター ( コロンビア大学歴史学教授 )
Yesterday's avant-garde experiment is today's chic and tomorrow's cliche.
Richard Hofstadter
ファッションに関する用語は、フランス語から英語に入ったものが多い。
上文の 「 avant-garde 」 も 「 chic 」 も 「 cliche 」 も、元はフランス語だ。
ある国の言葉が別の国に取り入れられ、日常的に使われるようになると、それは 「 外来語 」 とか、「 借用語 ( loan words ) 」 と呼ばれる。
アバン・ギャルド という言葉は、前衛 ( avant-garde ) 芸術の直訳として、フランスから直接日本にも伝わって、よく使われている。
お洒落な、スマートな、エレガントなといった意味を表す 「 chic 」 も、日本で シック として通用する。
語源辞典によると、フランス語の 「 chic 」 は、ドイツ語の 「 schick ( 整っている ) 」 から来ているらしい。
つまり、ドイツ語からフランス語に入り、それから英語に入り、そして日本に来て 「 シック 」 となったわけで、なかなか奥が深い。
そんな 「 プチ雑学 」 はどうでもいいのだけれど、最近、ネットで知り合った方の中に 『 文楽 』 の趣味をお持ちの方がいて、関心を持っている。
自分より若い人達でも、『 歌舞伎 』 とか 『 日本舞踊 』 などの伝統芸能を好む方は知っているが、『 文楽 』 が好きな方というのはあまり知らない。
あるいは、何かの理由によって、最近、また流行っているのかもしれないが、私の中で文楽は、「 衰退の憂き目 」 にあるような印象を持っていた。
子供の頃、父親のお供で何度か観に行ったことはあるが、大人になってから、たとえば、彼女と映画を観るような感覚で、気軽に出かけたこともない。
地元の大阪には 「 国立文楽劇場 」 があり、とても立派なホールとして知られているが、たった一度、入っただけで、後は車で前を素通りしている。
大昔、芝居小屋の多かった街というのは、今でも独特の風情を残しており、大阪の道頓堀、東京の浅草、人形町などに行くと、その名残がある。
観客をアテにした飲食店、演奏に用いられる三味線を修理する店、出演者の鬘 ( かつら ) や、あるいは文楽人形の髪を結う床山の店などが並ぶ。
江戸時代に思いを馳せ、庶民の 「 粋 ( イキ ) 」 が伝わるような風情は、多くの人に愛され、親しまれ、発展してきたのだろう。
文楽は、単なる人形劇とは違う 「 優れた舞台芸術 」 として世界に認められ、ユネスコの 「 世界無形遺産 」 にも認定されている。
成人後、たった一度行ったのは、ぜひとも観たいという外国人の 「 接待 」 なのだが、総体的に外国人に文楽の話をすると、興味を示される。
ところが日本人には、「 chic 」 よりも 「 cliche = クリシェー ( 常套句、決り文句、…古臭いの意味も ) 」 という印象が強いようだ。
冒頭の短文通り、室町時代からの浄瑠璃に人形芝居を併せ、江戸時代の 「 avant-garde 」 であった文楽は、「 chic 」 を経て 「 cliche 」 になった。
たしかに、あの スローテンポ な三味線の音色と、眠気を誘う浄瑠璃の語りは、殺伐とした情報化社会に不似合いな感じもする。
しかし、だからこそ現代においてその価値があり、繊細で優雅な愉しみとして、好事家の心を離さない魅力があるのかもしれない。
未体験の人にも、雑然とした ラップ や、激しい ダンス・パフォーマンス などに慣らされた目や耳に、かえって新鮮な感動を与えられる可能性がある。
最近、「 ロハス 」 という言葉が流行語になり、注目を集めている。
ロハス ( LOHAS ) とは 「 LifeStyle Of Health And Sustainability 」 の略語で、環境と健康を優先する新しい ライフスタイル のことである。
富と名声を基準とした 「 セレブ 」 という価値観から、人間と地球の健康を持続させる欲求へと、人々の興味が移り始めているのかもしれない。
そこで求められる価値は 「 贅沢 」 より 「 快適性 」 であり、趣味の種類も、のんびりと 「 心地よい空間に浸っていられるもの 」 へと人気が変化する。
そんな折、文楽の持つ独特の情景や心理描写、人形の魅力、楽器の情緒などが、改めて見直され、時代の move-ment に返り咲く予感もある。
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