| 2006年09月21日(木) |
圧勝 : 安倍新総裁 |
「 民衆の声は神の声である 」
古代ローマの格言
The voice of the people is the voice of God.
Latin proverb
民主主義の政権下では、全員が対等な資格で、意思決定に参加できる。
その長所は、独裁や、ファシズムを排除しやすいシステムにある。
日頃は、自由と民主主義を称えながら、事が自分の思い通りに運ばないとなるや、民主主義の原則に対し、疑問や、憤りを唱える人たちがいる。
大多数の支持を得た リーダー や、政策を否定し、それを 「 衆愚政治 」 と揶揄することで、「 国民の大部分は何もわかっていない 」 と糾弾する。
彼らは 「 自分以外の、大多数の国民は馬鹿 」 といった前提で、世の中を眺めているため、民主的な裁定に納得できないでいるのだ。
民主主義的な 「 馬鹿な国民に評価を委ねる政治 」 ではなくて、かぎられた “ 優れた少数者による政治 ” が理想で、多数決の結果を不服とする。
それが実現すれば、あるいは民意に惑わされることなく、優秀な指導者が手腕を振るえるかもしれないが、その思想こそ 「 ファシズム 」 の典型だ。
民主主義を支持した先達の格言には、「 民衆の声 」、「 民意 」 こそが大切なのだと評価する内容が多く、すべて国民の意思を尊重している。
逆に、独裁者の遺した言葉には 「 大半の国民は愚鈍なので、重要な判断を任せておいては危険だ 」 といった内容のものが多い。
アドルフ・ヒットラーは 著書 『 我が闘争 』 の中で、「 国民大衆は、小さな嘘よりも、大きな嘘の犠牲に容易になるものである 」 と述べている。
さらに、「 単純な概念を繰り返し反復することだけが、結局、大衆に覚えさせることができるのだ 」 と結論づけている。
このような 「 大衆は鈍重 」 という発想が、後にしてみれば 「 狂気の源 」 だったわけだが、現代でも、変わらない思想の持ち主は存在している。
小泉政権の支持率が高かったことや、郵政民営化に固執し成功に導いたことについて、前述のヒトラーと同じ評価を、国民に下す人がいる。
つまり、「 国民は鈍重だから、小泉政権を支持した 」、「 単純な “ 郵政民営化 ” という概念を、繰り返し反復されたので覚えた 」 という評価だ。
政権を狙う野党の場合は、数で上回る与党に打撃を与えるため、多数派を攻撃する理由もうなずけるが、「 個人 」 の場合は少し事情が違う。
小泉首相が憎いわけでも、何か迷惑をかけられたわけでもなく、国民から多くの支持を集めた 「 人気 」 が、妬みの対象になっているだけだ。
それは、自分も 「 多くの人間に愛されたい 」 という欲求の裏返しであって、心理学的にみれば 「 幼児的で未熟な精神構造 」 の表れである。
次期総理が安倍氏に決定し、近く、小泉総理からバトンを渡される。
初の 「 戦後生まれの総理 」 であり、誠実そうな人柄と、ソフトな顔立ちは、小泉総理と同様に、主婦層を中心として支持が高まりそうだ。
たとえ 「 国民が鈍重 」 だとしても、その 「 鈍重な国民 」 が民主的に選んだ人物が、国政を担うことが最も望ましいだろう。
それを否定することは、「 民主主義への挑戦 」 であり、たとえ悪気はなくとも、「 善意のファシズム願望 」 と言わざるを得ない。
政策面で異論はあるが、個人的に 「 谷垣氏の能力 」 を評価していたので残念だけれど、ぜひとも 「 安倍新総理 」 のご活躍を期待している。
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