Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2006年09月17日(日) 愛の言葉



「 たのむから黙って、ただ愛させてくれ 」

                    ジョン・ダン ( イギリスの詩人、聖職者 )

For God's sake hold your tongue, and let me love.

                                  John Donne



世界の名言を蒐集してみると、「 愛に関する言葉 」 が大半を占める。

本当に愛する者は、雄弁である必要などなく、ただ愛すればいいのだが。


若い男女は、恋人から、携帯やパソコンに 「 メール 」 をもらった後、その内容を保存 ( 長期に亘って ) したり、何かに記録しているのだろうか。

私の場合、意図的に消去することはないが、特に残そうともしていない。

先日、部屋を片付けていたら、かなり昔に頂戴した 「 ラブレター 」 が出てきて、懐かしく読み返してから、また、ストックしている手紙の束に収めた。

キーボードを叩いて転送されたものと、自筆で紙にしたためられた手紙では、受け取る側の 「 扱い方 」 に差があり、簡単には捨てられないようだ。

手紙の場合は、書く側も、言葉の選択が慎重になったり、豊かな表現力を発揮しようとするので、メールよりもエネルギーを使っているのだろう。


通信手段が発達したことで、コミュニケーション・ツールは豊富になったが、言葉による細やかな意思の伝達能力は、総体的に退化したかもしれない。

古い手紙を読み返すと、昔は学生や若者でも、相手に対する想いを正確に伝えようと、当時の女性は巧みに言葉を操っていたものだと感心する。

けして、自分が 「 言葉巧みな女性 」 とばかり交際していたわけではないだろうし、彼女たちに特別な文才があったとも考え難い。

ただ、現在の40歳以上の女性たちには、若い頃から 「 美しい日本語 」 を使おうとしたり、細かい感情の機微を伝える修練が培われていたようだ。

だから、すべてではないけれど、その年代の女性の手によるブログなどは、心地よく読めるものが多く、懐かしさや安らぎを与えてくれたりもする。


その点、男の書く 「 ラブレター 」 は、今も昔も、さほど変わり映えしない。

自分では何を書いたか憶えてないが、昔の彼女の手紙に 「 TAKA から、○○○○ と言われて嬉しかった 」 と、内容を推察される記述があった。

それだけでも、実に 「 こっ恥ずかしい 」 のに、きっと、相手に渡した手紙には、陳腐な愛の言葉が延々と繰り広げられているに違いない。

そんなものが世に出れば、赤面どころか、コツコツと積み重ねてきたすべての 「 地位や名誉 」 も、瞬時に音を立てて崩れ去るといって過言ではない。

昔の彼女の家が火災にでも遭ったか、シュレッダーで裁断され修復不能となったか、ともかく地球上から消滅していることを祈るしか術はないだろう。


今も昔も変わらないなと感じたのは、書店で若い男性の 「 口説き文句 」 について書かれた本を、何気なく眺めたときのことである。

20年以上も前に自分の言った台詞が、ほとんど同じように使われている。

それは、「 今はカッコ良くないけど、“ 年をとったらカッコ良くなるタイプ ” だと言われるので、それまでずっと、側で見ててくれない? 」 というものだ。

お相手の女性は、手紙を書く能力は高かったけれど、若いときにカッコ良くない奴は、年をとっても “ パッとしない ” ことに気づく分析力が乏しかった。

そのおかげで、陳腐な台詞でも射止められたのだが、今も昔も男というのは、愛を語る能力が低く、創造性に欠けた生き物だと感じる瞬間だった。






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