「 規則は守るべきものだけど、どんな規則にも例外は認められる。
僕も、そのひとつだけどね 」
映画 『 フォレスト・ガンプ 』 より
Rules are made to be followed, but there are exceptions to all rules − and I am one of them.
From “ Forrest Gump ” by Winston Groom
どんなスポーツにも、ルール があり、守らなければ罰則が与えられる。
茶道、華道にも、車の運転にも、それぞれ定められた ルール がある。
日頃から自分で 「 劣等感を抱いている部分 」 を誰かに指摘され、不公平な差別的扱いを受けると、たいていの人は不快に感じる。
ところが、自分だけ 「 特別扱い 」 または 「 例外にされること 」 によって、利益が生じる場合には、それを誇りとすることも多い。
話題の人気店に、一般客が長蛇の列を築く中、自分だけは 「 顔パス 」 で入れるとか、並ばずに入れるとか、良い席を確保されている場合などだ。
英米では特に、規則というものが、やりたいことを禁じ、やりたくないことを強いる掟だという意識が強いため、「 例外扱い 」 に誇りを感じやすい。
なんらかの窮屈さから解放され、例外になることが、一種の快楽でもある。
英語のことわざには、「 規則 」 と 「 例外 」 を併せ持つものが多い。
例えば、「 例外は規則のある証拠 [ The exception proves the rule ] 」 、「 例外のない規則はない [ There is no rule but has some exceptions ] 」。
この傾向は、「 いかなる状況でも正しい絶対的なルール 」 など存在しない中で、それでも規則を定めざるをえないことへの 「 逃げ道 」 でもある。
つまり、「 例外 」 という保険なくしては、危なっかしくて 「 規則 」 なぞ制定できないという事情が、そこには秘められているのだ。
不測の事態に対して、「 規則はこうだけれど、今回は例外としてこう判断をします 」 といった柔軟さが、問題解決に不可欠な場合も多いのである。
山口県周南市の徳山工業高等専門学校で起きた 「 女子学生殺害事件 」 では、19歳の男子学生が、殺人容疑で指名手配をされている。
通常、容疑者が行方をくらまし、警察から指名手配をされる場合には、氏名はもちろん、人相、体格などの身体的特徴、行動様式などが公表される。
そうすることで、警察官のみならず、一般市民からの情報も得られやすくなり、いち早く容疑者を検挙できる手立てにつながるからだ。
ところが、今回の容疑者は 「 未成年 」 であり、少年法の適用範疇にあるため、実名、顔写真、人相など、個人が特定できる資料は公表されない。
事件に興味があって、目を皿のようにして観察している人の前を容疑者が横切ったとしても、まったく気づかずに見過ごしてしまう状況にある。
杓子定規に少年法を遵守することが、この場合も正しいのであろうか。
ましてや、少年といっても容疑者は 「 19歳 」 であり、わずか数ヶ月の差であるのに、「 20歳の大人 」 とはまったく違う扱いを受けている。
容疑者の発見が遅れた場合には、彼が自暴自棄になって自殺したり、別の犯罪に手を染めたり、さらなる悲劇を招く可能性も高い。
人を殺して警察に身柄を拘留されていない者が、野に放たれているのだから、社会秩序の安寧といった面からみても、これは忌々しき事態である。
被害者の遺族の無念を鑑みても、「 20歳に数ヶ月満たない 」 という理由だけで、捜査の手を緩めるべきではないように思う。
こういう事件が起きる度、少年法の改正が論議され、その是非を問われるが、すべての事態に対応できる法整備など、短時間で出来るはずがない。
また、「 すべてにおいて落ち度がない 」 法規が出来るまで、何もしないというわけにはいかないわけで、これらは 「 法の盲点 」 ということでもない。
あらかじめ定められた少年法という 「 原則 」 に従いながらも、その都度、実態に応じた 「 例外 」 を設けながら、対応していくしか術はないだろう。
ここで問題になるのが 「 誰の責任で、誰の裁量で 」 といった点なのだが、それも、事件の社会的影響力、凶悪性などを鑑み、判断していくしかない。
法律に則って対処しているのだから、それ以上の リスク をとる必要がないなどと、警察や役人が考えているようでは、どうにも困ったものである。
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