Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2006年08月26日(土) 日銀 福井総裁の進退問題



「 たとえ国家が要求したとしても、良心に反することをしてはならない 」

                アインシュタイン ( ユダヤ人の理論物理学者 )

Never do anything against conscience even if the state demands it.

                                 Albert Einstein



ドイツ生まれのユダヤ人だが、晩年はアメリカで過ごすことが多かった。

文中の 「 conscience = 良心、誠実さ 」 は、アメリカ人の大好きな言葉だ。


他界した私の父は、とても教育熱心なタイプだったが、なおかつ、男の子は何でもいいから得意なスポーツを一つ、見つけて取り組みなさいと説いた。

それで、運動神経の良い兄は器械体操を選び、それ以外にも、野球、柔剣道、乗馬、スキーなど、あらゆる競技で人並み以上の力量を発揮した。

兄と違って私は不器用で、唯一、足だけは速かったから、陸上競技を選ぶしかなかったのだが、一つに絞った甲斐があって、国体まで出場できた。

ところが、今にして思えば 「 本当はどこかで見守ってくれていたのだろう 」 が、子供に、やらせるだけやらせておいて、とんと結果には無関心だった。

試合を観にきた記憶もないし、主将に選ばれたと報告しても 「 ふ〜ん 」 と言っただけで、話は聴いてくれるが、何のアドバイスもなかった。


小学校3年生ぐらいから、勉強は、毎日3〜5時間みっちりと強いられた。

その間の 「 監視役 ( さぼらないように ) 」 は母で、父は、自家製問題集の作成や、わからない部分を教える作業を担当した。

スポーツと同じく、やらせるだけやらせておいて、学校の成績や、通知簿などは、軽く目を通す程度で、成績が上がっても下がっても無関心だった。

たまに反撥し、「 クラスで一番になったし、少しは誉めてくれ 」 などと言っても、「 狭い村で争っても仕方がないさ 」 などと、軽くいなされた。

中学の時に母が死に、「 監視役 」 がいなくなったので勉強は疎かになり、その分、スポーツに熱中したけれど、相変わらず父は何も言わなかった。


そんな、「 適当に “ 文武両道 ” さえ実践していれば、後はどうでもいい 」 といった暢気な父が、唯一、烈火のごとく兄を叱ったことがある。

家の近所に、我が家が贔屓にしている店があり、そこの子供が足の不自由な子で、子供心にしてみれば、それが 「 滑稽 」 に見えた。

けして悪意というほどのことでもないが、小学校低学年ぐらいの子供というのは残酷なもので、兄は、その子の真似をして、店の前で遊んでいた。

現場を見たわけではないが、それを聞きつけた父は、兄を殴り倒し、大声で 「 卑怯者めが 」 と、怒鳴りつけたという。

父がなぜ、「 馬鹿者 」 ではなく 「 卑怯者 」 という言葉を使ったのか、子供の頃の我々には理解できなかったが、今は、なんとなくわかる。


私も、父にとってそれが 「 卑怯な行為 」 と判断されたときには、こっぴどく叱られたものである。

やると決めたことを途中で投げ出したり、下級生やら弱い者をいじめたり、上手くいかないことを人のせいにすると、たちまち叱責された。

高校生の頃、勉強もせずに、部活に熱中したが何も言われなかったのは、「 勉強 = しないと決めていた、スポーツ = 徹底的にやった 」 からだ。

順調でも、不調でも、フェアな姿勢で物事に取り組んでいれば何も言わず、卑怯な道を選ぶと注意するというのが、父の教育方針だったようだ。

父にかぎらず、その年代の日本人は 「 卑怯を憎む 」 という志が強く、子供の躾も、それを叩き込むことが重要だと考えていたのだろう。


近年、子供や弱者に対する卑劣な行為が急増し、「 秋田児童殺害事件 」 や、「 大阪 ( 茨木 ) 女性監禁事件 」 などが相次いでいる。

高齢者を狙った悪徳ビジネスや、振り込め詐欺なども、それに準ずる。

こうした卑劣な行為が、一部の落ちこぼれや、無軌道な若者、法の枠から外れた 「 ならず者 」 にかぎった問題であれば、まだ納得もできる。

ところが実際には、ITベンチャーの大手や、投資顧問会社の社長までもが、商道徳に反する卑劣な違法行為に手を染め、逮捕されている。

直近では、偽装工作を施し、軍事転用が可能な測定器を不正に輸出したとして、精密測定機器メーカーが、警視庁公安部の捜査を受けている。


これらは法律に違反する犯罪行為だが、法律に触れないからといっても、それが人々から 「 卑怯なこと 」 と思われるならば、やはり問題である。

日銀の福井総裁をめぐる一連の批難は、法律や、日銀の内規には違反していないかもしれないが、フェアな行為だとは言い難い。

預金者には、ゼロ金利政策でごくわずかな金利を強いている一方、自らは、限られた人間しか利得にあずかれない投資で多額の金銭を手にした。

卑怯なことを許さないという、昔ながらの 「 日本人全体の行動規範 」 から逸脱した振る舞いを、日銀のトップが行い、今も涼しい顔で居座っている。

けして 「 近頃の若い者 」 には見えない福井総裁が、なぜ辞めないのか、なぜ辞めさせないのか、まったくもって理解不能である。






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