| 2006年08月24日(木) |
シュレッダーは悪い機械か |
「 科学は、たいていの害悪に対する解決策を見出したかもしれないが、
その何にもまして最悪のものに対する救済策は見出していない。
すなわち、人間の無関心さに対する策を 」
ヘレン・ケラー ( アメリカの盲聾唖の女流教育家 )
Science may have found a cure for most evils but it has found no remedy for the worst of them all − the apathy of human beings.
Helen Keller
人類が、飛躍的に進化を遂げたのは 「 道具を使った 」 あたりからだ。
猿や犬や猫と違って、土器をつくり、船をつくり、携帯電話をつくった。
新しい機械が発明されると、必ずと言っていいほど、悪用する輩が現れる。
たとえば、カメラ付き携帯で盗撮したり、パソコンに悪質なメールを送ったりする連中がそうで、常人には考えつかない犯罪に利用されることもある。
本来、機械というものは、人類の生活において、何らかの便益をもたらしたり、生活そのものを豊かにする モノ であることが望ましい。
それが悪用されたり、その存在が人々の暮らしを不快に変えてしまうのは、機械自体ではなく、それを扱う 「 人間 」 のほうに問題があるようだ。
当たり前の話だが、つい、それを忘れてしまいがちである。
シュレッダーの挿入口に幼児の指が挟まり、切断される事故が多いという。
マスコミは製造メーカーに押しかけ、機械の危険性や、事故防止の措置が取られていたかどうかなど、企業責任の追及を旗印にして息巻いている。
一昔前までシュレッダーは、業務用タイプしかなかったが、最近では家庭用の需要が増え、設置されているご家庭も珍しくない。
私も、オフィスと自室に置いているが、なかなか重宝している。
頻繁に書類の処理をする人などには便利な機械だが、いたいけな幼児に襲い掛かる 「 恐怖の指食いマシーン 」 として、急に危険視され始めた。
報道番組ではアナウンサーが、「 どうして、誰のせいで、このような悲惨な事故が起きたのでしょう 」 などという質問を、評論家に投げかけていた。
意見を聴くまでもなく答は簡単で、それは 「 不注意な親のせい 」 である。
けして機械に罪があるわけではなく、正常な使い方をすれば事故は起きなかったのだから、すべて、製造メーカーの責任というわけでもない。
たしかに、事故を防止する安全装置の取り付けは望ましいが、家の中にも、オフィスの中にも、幼児にとって危険な モノ は無数にある。
包丁も指を切断する機能があるし、大半の電気製品は幼児を感電死させ得るし、電池やカッターナイフの刃も、飲み込むと死に至る可能性がある。
シュレッダーの製造会社は、反省の色を示すため、挿入口を狭くするとか、「 機械の性能を落とす方法 」 で対策をとろうとしている。
これは、技術革新を退化させる発想であって、あまり正しくはないだろう。
そんな発想がまかり通るならば、「 よく切れる包丁は危険なので、切れ難くしました 」 とか、製品本来の利点が台無しにされてしまう。
町工場などにある旋盤の機械などは、ベテランの作業員でも大怪我をすることがあり、シュレッダーより数倍も危険な代物である。
たまたま子供が迷い込み、うかつに操作して指を切断したら、やはりそれも 「 機械が悪い 」 ということにされてしまうのだろうか。
回転ドアに子供が挟まれて死亡した事件などもそうだが、事故の知らせを聞き、駆けつけた消防署員に対して親は、まず最初に何と言ったのか。
テレビや新聞のニュースでは、「 子供が挟まれた 」 となっている。
疑うわけではないが、実際には、その前後に 「 ちょっと目を離した隙に 」 という言葉があったのではないだろうか。
もし、自分が親なら、2歳ぐらいの幼児がシュレッダーに指を突っ込んだり、一人で回転ドアに行って挟まれた場合、必ずそう言うだろう。
言ったか、言わないかは別としても、「 ちょっと目を離した隙に 」 という思いがあるなら、親として 「 自分の注意が足りなかった 」 と認めたことになる。
逆に、「 シュレッダーに子供が指を入れても危険だとは思わない 」 だとか、「 子供が回転ドアに挟まれてもいいと思った 」 のなら話は別だ。
その場合は、親として何ら責任を感じることもなく、製造元を訴えればよいが、世間から 「 無知 」 と批難されるリスクは覚悟すべきだろう。
現実には、原始時代じゃないのだから、家の中にも、外にも、使い方を間違えれば危険な道具は溢れており、すべてを安全化することは不可能だ。
また、ニュースに精通した人じゃなくても、最近は、子供を標的にした凶悪犯罪も多く、精神異常者が溢れかえっていることを知っているはずだ。
機械を安全化させる 「 科学的解決 」 を突き詰めたところで、親が幼児の行動に無関心なようでは、事件、事故から守りきることなどできない。
指をなくした子供は可哀相だが、こういった事件が起きるたび、そのとき、親や、周囲の大人は、何をしていたのかという点がとても気になる。
シュレッダーという 「 便利な機械 」 を、子供を傷つける 「 凶器 」 に変えてしまったのは、はたして機械メーカーの怠慢なのだろうか。
最近の親御さんの中には、子供を安全に、健やかに育てる意識が希薄で、自己愛の延長線上にある過保護な可愛がり方しかできない人が多い。
そのため、他人や機械が原因で我が子が傷つけられるとエキセントリックに反応するのだが、他に楽しいことがあるとつい、子供から目が離れる。
厳しいようだが、パチンコに興じ乳幼児を車内に置き去り、熱中症で死なす親と、シュレッダーに指を挿れるのを見過ごす親には、共通点がある。
子供は何にでも興味を示すし、幼児は何でも口に入れようとする。
だから、「 ちょっと目を離した 」 ことが大事故にもつながるわけで、企業に安全対策を求めてもよいが、結局は親が面倒を看るしかない。
もちろん、たいへんなことではあるが、そうやって苦労して育ててこそ、親子の愛情というものが強固になり、理想的な家族環境につながる。
マスコミも、企業の責任ばかりを追及しないで、若いお父さん、お母さんに、子育ての重要性を説くとか、そういった努力もしてもらいたい。
国家とは家族の集合体であり、よい家庭をたくさん育てることが、よい国をつくる基礎になるわけで、これは重要な問題だと思う。
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