Tonight 今夜の気分
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2006年08月15日(火) 靖国神社と戦争犯罪者



「 悪とは何だろうか − 弱さから生じるものは、何であろうと悪である 」

               フリードリッヒ・ニーチェ ( ドイツの哲学者、詩人 )

What is evil ? - Whatever springs from weakness.

                              Friedrich Nietzsche



この名言は、哲学的見地から眺めないと、反論したくなるところだ。

単純に、「 では、社会的弱者は悪者か 」 などという次元ではない。


東京では、クレーン船が送電線を切断し、大規模な停電状態に陥った。

幸い、お盆で休業中の企業が多かったり、通勤客が少なかったりしたので、普段の月曜日に比べると、経済的被害などは少なかったようだ。

マスコミは、電気に頼って生活する 「 現代都市生活の脆弱な一面 」 などと騒いでいたが、いまさら原始的な生活に戻れるわけでもない。

かといって、このような 「 ありえない事故 」 に備えて、過剰な投資をするのも考えもので、結局は、運が悪かったと思って我慢するしかない。

不便した人は、神が与えた試練だと思って、通勤できなかった人は、神が与えた休息だと思って、都合よく自分の中で消化する以外にないだろう。


世の中には、「 善 」、「 悪 」 と、簡単には、二極化できない事柄もある。

この大停電にしても、クレーン船に問題はあるが、わざとやったわけでもないし、しいて言うなら、彼らの注意力や、技術、経験に落ち度がある。

つまりは、彼らの 「 弱さ 」 が 「 悪 」 になっている。

もっと言えば、そこに 「 悪意 」 があったとしても、悪意というのは弱い人間が持つものなので、やはり 「 弱さ = 悪 」 なのである。

犯罪者もすべて、チンケなヤクザであろうが、マフィアの大ボスであろうが、精神異常者であろうが、皆、結局は弱い人間である。


悪ぶっている人間は、皆、どこかに弱い部分があり、それを誤魔化したり、相手に悟られたくないために、不自然な虚勢を張っている。

最近、よく槍玉にあがっているボクシングの亀田選手なども、プレッシャーに潰される不安や、自信の無さが、強気な態度に反映されている。

彼が、あらゆる不安や、コンプレックスから解放され、真の実力と自信を身につけたなら、その態度は一変するはずである。

弱い人間ほど虚勢を張り、周りが見えず、心に余裕がない。

彼らにかぎらず、最近の日本人には、自分に甘く、他人に厳しく、何にでも批判的な 「 弱い人間 」 が、多いように見受けられる。


総理大臣や、強大国アメリカの批判をすれば 「 格好いい 」 と勘違いして、自分の仕事が満足にできない 「 八つ当たり 」 をするのも弱い人間だ。

すっかり 「 政治イベント 」 みたいになってしまった首相の靖国参拝も、彼らにとっては、法や宗教に関係なく、単なる 「 ネタ 」 でしかない。

戦後61年目の終戦記念日を迎えたが、「 許す 」 という行為は、強者にのみ与えられた資質であり、中韓同様に、彼らにはできない芸当だ。

したがって、国のために亡くなった英霊には気の毒な話だが、同じ日本人の中にも、首相の参拝に反対する 「 売国奴 」 が存在する。

そんな連中にも、自由に発言の機会を与え、それを擁護している日本という国は、意外に 「 強い国家 」 なのかもしれない。


今年は、天皇陛下の発言とされるメモが現れたりして、「 A級戦犯者 」 の合祀に異議を唱えたり、靖国神社の在り方に関する議論が白熱している。

そもそも、第二次大戦が侵略戦争だったのか、戦争責任は誰にあるのか、戦争犯罪人などというものが存在するのか、明確な答などない。

もし、「 いや、あるよ 」 と言う人がいたとしても、誰もが納得できる説明などできないだろうから、結局、「 正解は、どこにもない 」 のである。

私見としては、�� 第二次大戦は ( 結果的に ) 侵略戦争、�� 戦争責任は、参加したすべての国にある、�� 戦争犯罪人はいる、というものだ。

�� の、「 戦争犯罪人の定義 」 については、東京裁判の A級、B級 などという判断とは異なり、別の基準で考えるべきかと思う。


戦争自体は犯罪でなく、国際法上 「 交戦権 」 が認められており、その責任はあったとしても、一個人が、戦争を始めた罪に問われるのはおかしい。

また、戦争を長引かせ、多数の兵士を死地に向かわせた軍上層部に対しては、それを 「 許しがたい行為 」 とは思うが、やはり犯罪ではない。

真の戦争犯罪人とは、戦局や、指示、命令に関係なく、私利私欲のために個人的犯罪を犯した兵隊や、民間人を指すと考えるのが妥当だろう。

また、それらは、戦争に便乗した 「 犯罪 」 なのだから、戦時中に軍法会議で裁かれたり、戦後、日本の裁判によって罰せられるのが筋である。

戦勝国の立場で、彼らに都合よく裁かれるものではない。


結局、「 勝てば官軍 」 の言葉通り、戦争では、負けたことが罪になる。

まさに 「 弱さは悪 」 なのであって、「 ウルトラマン 」 や 「 仮面ライダー 」 と同じく、勝った側にしか正義は存在しない。

敗戦した日本が、弱者に甘んじ続けることなく、誇りと愛国心を失わずにいるためには、再び戦争をして勝つか、「 強者の姿勢 」 を貫くしかない。

それは、たとえば、いかに中韓が批判しようが、毅然とした態度で戦没者を弔うことや、自虐的な歴史認識を振り払う姿勢でもある。

結局、中韓の顔色を窺って、靖国参拝を放棄しても、「 別の外交カード 」 をもって難癖をつけにくるのは明らかで、ほとんど意味はない。






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