「 この世の中は、他の人間の自由を保護することによってのみ
自分の自由を守ることができる 」
クラレンス・ダロウ ( アメリカの弁護士 )
You can only protect your liberties in this world by protecting the other man's freedom.
Clarence Darrow
クラレンス・ダロウは、アメリカ合衆国史上、最も有名な弁護士である。
自伝映画では、スペンサー・トレイシーや、ケビン・スペイシーが演じている。
すべて犯罪は、けして許されるものでないが、なかには情状酌量の余地があるものや、加害者に同情できるものもある。
その一方、あまりにも身勝手で、凶悪極まりない犯罪もある。
そして、もう一つ、「 なぜ、そんなことをするのか 」、正常な神経の人間には思いもよらない事件を起こす犯罪者もいる。
人並み外れた頭の回転と、憐れみの心を持つ名弁護士でも、弁護を引き受けたくないような、そんな不可思議な犯罪も、近頃は多いようだ。
それは、世間一般の社会通念が変化していることなど、時代の波と無関係ではないような気がする。
このところ、三面記事で 「 盗撮 」 という文字をよく目にする。
ネットで検索してみたら、カメラ付き携帯電話やデジカメを使った 「 盗撮 」 事件が雨あられのように表示され、その数の多さに驚いてしまった。
大部分は、女性の下着を狙ったもので、職業別にみると犯人は、公務員、消防士、あるいは教師、警察官も多く、まったく 「 世も末 」 である。
昔と違い、露出の多い服装を好む女性が増え、故意に見ようとしないでも、自然に下着が目に入る場面も多いが、それでは満足できないのだろうか。
性的な好奇心、探究心を理解できないでもないが、犯罪に走ってまで、執拗に見たいという心理は、いささか 「 病的 」 な類に入るものだ。
年齢別にみると、かなり広い範囲に及んでおり、最近の犯罪ではあるが、「 最近の若い者 」 の犯罪というわけではない。
このあたりも、若者にかぎらず 「 最近の日本人 」 という尺度で分析をしていかないと、解決しない問題なのだろう。
速見 敏彦 さんの著書 『 他人を見下す若者たち 』 の表紙には、当世若者事情として、5つの傾向が記されている。
1、自分に甘く他人に厳しい、2、すぐにイラつく、キレる、3、悪いと思っても謝らない、4、泣けるドラマや小説は大好き、5、無気力、鬱になりやすい
たしかに 「 なるほど 」 と思う内容だが、それはすべて 「 最近の若者 」 というより 「 最近の日本人 」 全体の傾向で、中高年にも、その手の輩が多い。
自分は 「 汗水たらして働いている 」、「 税金を払っている 」、「 礼節を重んじる 」、「 心より平和を願っている 」 と、懸命にアピールする人がいる。
しかしそれは、他人からみれば 「 ごく当たり前 」 のことで、ことさらに強調されても、どう反応してよいのかわからない。
言っている本人も、そのぐらいは理解しているのだが、話に夢中になったり、興奮してくると、自我が抑えられず、絶叫してしまうのである。
彼らは、どこか自分に対する嫌悪感、コンプレックスがあり、覆したい一心で 「 自分は他人より優秀で、努力もしている 」 と自己弁護に走るのだ。
それが結果として、「 自分に甘く、他人に厳しい 」 批判的な人格を生む。
教師や警察官などが 「 盗撮 」 に走る背景にも、この 「 自分に甘く、他人に厳しい 」 という心理がある。
特別な職業に就いているということを、「 国民のしもべ 」 という発想ではなく、つい、「 特権階級者 」 という意識に置き換えてしまうのだ。
また、立場に関わらず、社会全体が 「 自分の自由を主張しないと損 」 という風潮にあるので、「 俺は 」、「 私は 」 という一人称の話をする人が多い。
自分の立場や自由を主張することばかりに気をとられて、他人がどのように生活し、どのような自由を求めているのかまで考える余裕がない。
その結果、「 短いスカートをはいている女が悪い 」 などと、他人の服装に関する自由を否定し、自分は平気で盗撮してしまうのである。
私は、時事に関する日記を書くにあたり、特別に勉強したり、特殊な方法で情報を集めたりはせず、自分の感性に頼って文を書いている。
妙に知識や情報を得ると、「 教えてあげましょう 」 という気になって、他人を見下したような、自分は特別と 「 勘違いした人間 」 になってしまいやすい。
1、自分に甘く他人に厳しい、2、すぐにイラつく、キレる、3、悪いと思っても謝らない、4、泣けるドラマや小説は大好き、5、無気力、鬱になりやすい
これらは若者の場合、脳や、人格形成が未成熟なために起こり得る傾向だが、分別ある大人の場合は、「 脳の病気 」 または 「 人格障害 」 である。
他人を傷つけたり、自由を脅かすことを避けたいなら、この兆候がある人は治癒につとめ、そうすることで、本当の自己実現を目指してもらいたい。
|