| 2006年08月02日(水) |
個人にできる平和貢献 |
「 人は、それぞれの平和を、自らの内面から見出さなくてはならない。
真の平和は、外界の状況に左右されるものであってはならない 」
マハトマ・ガンジー ( インド独立の父 )
Each one has to find his peace from within, And peace to be real must be unaffected by outside circumstances.
Mohandas Gandhi
人には相性があって、大抵は、誰にでも苦手な相手、嫌いな人がいる。
あるいは、尊敬したり、憧れたり、愛しく想う対象がある。
では、いま現在、誰かを 「 憎い 」 と感じたり、誰かが失敗したり、破滅することを望んではいないだろうか。
私の場合、しいて名前を挙げるなら 「 金正日 」 あたりだが、個人的に何かされたわけでもないので、ムカつく相手だが 「 憎い 」 まではいかない。
実は、このような個人的憎悪こそ、「 戦争の火種 」 であって、その対象が多い人ほど、好戦的性格ということになる。
戦争とは、憎しみの集積であり、発端は国益や、国の指導者にあったとしても、それを支え続けるのは、個人の内面に潜む憎悪に他ならない。
平和活動家も、熱意が度を越すと、自らの手で暴力的に振舞ったり、周りが見えなくなって矛盾した行動に走るのは、そんなカラクリによるものだ。
つまり、人類すべてが幸せに暮らしていれば、戦争など起きない。
幸せとは、ある意味、誰かを憎んだり、恨んだりしない状態であって、現状に満足しているのだから、破壊的行動に走る動機など生じないものだ。
とはいえ、人の性格や、欲の深さは千差万別なうえに、富める者がいれば貧する者もいるわけで、全人類が同時に幸せを共感できるはずがない。
自らを不幸だと感じたり、ましてや、それを誰かのせいだと思う邪な心が、人々を犯罪や、戦争の狂気に走らせてしまうのである。
ひとたび戦争が始まれば、そのまま黙って見過ごすか、別の武力によって抑止するしか、現実的には止める方法がない。
日本人全員が、金正日 を 「 殺したいほど憎い 」 と強く思えば、間違いなく北朝鮮と戦争になるし、相手が ブッシュ ならアメリカとも戦争になる。
レバノンの状況も、複雑な経緯はあるけれど、本質は 「 私怨 」 である。
殺されて、報復し、また殺されるという憎悪の輪廻が、延々と繰り返されて現在に至っているわけで、部外者に理解できるものではない。
利害や侵略が目的なら、国際世論の 「 やりすぎ 」 という意見に耳を傾けることもあるだろうが、憎い相手への復讐に、限度などないのである。
その構造を理解せずに、この戦争を斜めから眺めても、答など出ない。
本当に戦争が嫌な人は、まず自分から、誰かを憎んだり恨んだりしなくてもすむような充実した人生を、自らの努力で構築することである。
成功者を妬んだり、人気者の陰口を叩く性格を改め、自分の人生に責任を持ち、けして他人のせいにしない 「 自責 」 の習慣を持つことだ。
そうやって、自らの内面に潜む邪な心を抑え、心の平穏を保つことは、反戦デモや抗議集会に参加するような派手さはないが、よほど平和に役立つ。
自らの心が乱れた状態で、口先だけ偽善ぶっても、人の心は打たない。
世界の平和を案ずる前に、自分の心に平和を築き、明るく笑顔で人と接し、人生を有意義に楽しむことが、個人にできる最大の平和貢献である。
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