「 背表紙や表紙のほうが、( 内容よりも ) ずっと良い本がある 」
チャールズ・ディケンズ ( イギリスの小説家 )
There are books of which the backs and covers are by far the best parts.
Charles Dickens
装丁を工夫し、見栄えを良くするのも、本を売る努力の一つではある。
ただし、内容が良くないと、購入者はガッカリするだろう。
人間の場合も、たとえば学歴や職歴から判断して、有能と思われる人物を企業が採用したら、結果はサッパリだったという話をよく聞く。
あるいは、外見や第一印象が良かったので、彼氏 ( または彼女 ) に選んだけれど、交際してみると欠点が多く、すぐに別れたという話も多い。
ただ、本と違って人間の場合は、「 選んだ側の責任 」 も大きい。
期待はずれだと言われた側が、学歴や職歴に自分の価値を置かれたり、外見の良さだけに惚れられて、不本意な思いをしていることもよくある。
学歴や外見などとは別にある 「 その人の真価 」 を理解し、そこに期待して活躍の場を与えれば、同じ人物が違った成果を挙げることもあるのだ。
景気の回復を反映して、新卒の求人倍率は 「 バブル期を上回る 」 ほどに好調だが、相変わらず中高年の再就職問題には厳しい面が多い。
前職を上回る高給で迎えてもらえる人は少なく、そこそこのスキルを持っている人でも、スズメの涙ほどのギャラで転職されているケースが珍しくない。
ありがたいことに、私の場合は、たいした考えもなしに勤務先を辞めたが、それなりに商売を始められ、それなりに所得を得られるようになった。
現在は、複数のクライアントに支えられ、法人コンサルタントとしての活動をメインにしているが、やっている仕事は勤め人とあまり変わらない。
一社あたりの時間拘束が短く、その代わり、いろんな企業の顔を使い分けて働いている私は、野球でいうと 「 代打のかけもち 」 をしている感じだ。
この仕事を始めてから、前職の関係やら、友人の紹介などで、様々な企業から依頼があったけれど、すべてを引き受けることはできない。
そこで、「 何を受けて、何を断るか 」 という判断に迫られることになった。
これは誰にでも当てはまることだが、その人に適した仕事とは、「 その人が、やってきたことで、やれることで、やりたいこと 」 だと思う。
この 「 やってきたこと ( 経験・実績 )、やれること ( 能力・資質 )、やりたいこと ( 情熱 ) 」 の三要素が揃っている仕事を、まずは引き受けた。
その判断は間違っていなかったようで、まずまず順調に推移している。
次に選んだのは、「 自分の真価を理解してくれている企業 」 である。
よく知らない相手の場合は特に、学歴、職歴、資格などの情報しかないので、どうしても、そのあたりで勝手に評価されてしまいやすい。
また、同じデータを参照しても、そこからインテリといったイメージを持つ人もいれば、タフな人物像を想像する人もいて、それぞれに期待も異なる。
仕事なんだから、あくまでも相手の要求に応えなければならないが、こちらの特徴を理解し、それを活かしてくれなければ、上手くはいかない。
代打とはいっても、かなりの報酬をもらうわけなので、契約社員とは違い、成果が 「 平均点 」 というわけにもいかないのである。
こちらが企業の舵取りを経営者と共に考え、その将来を担う重責を感じている一方、役人や大企業の 「 天下り組 」 は、いとも簡単にポストに就く。
尼崎の脱線事故による責任をとる形でJR西日本を退社した引責幹部が、いつのまにか子会社の社長などに天下りしていた事実が発覚した。
遺族らは強く反発し、JR側は 「 それぞれの手腕を買った 」 と説明したが、遺族からは 「 納得できぬ 」、「 辞めさせるべきだ 」 と厳しい意見が多い。
彼らを 「 外側 」 と 「 中身 」 で判断した場合、たしかに外側は、鉄道事業に長く携わってきたのだから、その仕事に適しているようにも見える。
しかし、中身から判断すると、もう、その事業からは足を洗ったほうがよいような気もするし、遺族の感情を考慮すると、適切な人事とはいえない。
私のようなコンサルタントも、執行役員などの肩書きを借り企業役員に名を連ねたりするが、それは外部スタッフとして各社員にも認識されている。
難しいのは、役人や、倒産した大企業の重役、大口の取引先を引退した人などを天下りとして幹部に迎えるケースで、こちらは問題が多い。
よほど仕事ができるか、人格面で優れているか、仕事にかける情熱が強くないと、既存社員のモチベーションを下げたり、足を引っ張りやすい。
特に、その起用を 「 肩書き 」 で判断すると、失敗することが多いようだ。
その人物の仕事を一冊の本に例えると、背表紙や表紙の豪華さではなく、読者に感動を与える物語で綴られていることこそが、重要なのである。
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