| 2006年07月29日(土) |
米国産牛肉の危険度とは |
「 賢明であるためには、ひとつのコツがある。
そのコツとは、なにを見過ごすかを知るということ 」
ウイリアム・ジェームズ ( アメリカの哲学者、心理学者 )
The art of being wise is the art of knowing what to overlook.
William James
英単語の [ overlook ] には、「 知らずに見落とす 」 の意味もある。
上文での訳は 「 知っていて見ぬふり 」 が適切で、「 許す 」 に近い。
関西には、「 アホの一つ覚え 」 という言葉がある。
ボキャブラリーの少ない人が、普段の生活であまり使わない難解な単語を覚えると、何度も、何度も、繰り返して使いたがる様子を嘲笑う言葉だ。
米国産牛肉の輸入は、BSE対策が十分でないとして、取りやめたり、再開したり、中止したりしながら、また再開されることになった。
牛肉を米国から輸入することが決まるたびに、なにやら難しい言葉を使って 「 日本政府には国民を危険に陥れる故意がある 」 と糾弾する人がいる。
面白い発想ではあるが、何度も使うと 「 アホの・・・ 」 となる。
自動車を運転していて交通事故で死ぬ人や、航空機事故、食中毒、煙草の害で死ぬ人のほうが、BSEの犠牲者よりはるかに多い。
あるいは、自殺、異常者による犯罪などを原因とする死者のほうが多い。
もちろん、「 転ばぬ先の杖 」 という言葉もあり、健康への被害が予想されるモノについて、事前に対策を練っておくのは重要なことだ。
では、なぜ、全世界的に有害性の認められている煙草は販売中止にせず、米国産牛肉にだけ特別な警戒を示すのだろうか。
人体に危険という点では、死亡原因との因果関係、過去の発病者数など、どれをとっても煙草の被害はBSEに比べて甚大であるとみて間違いない。
私自身、アメリカに行けば米国産牛肉を食べるし、当然、周囲のアメリカ人も普通に食している。
それを 「 危険な食物 」 と断定するのは、彼らからみれば、ずいぶん失礼な話で、ほとんどのアメリカ人が納得していない。
また、輸入反対を声高に叫ぶだけで、アメリカ人に対して 「 米国産牛肉は危険だから食べるのを止めなさい 」 と、教えてあげる人はいない。
これでは、「 自分たちは怖いから食べないけど、君たちは好きにしなさい 」 と言っているようなもので、自分さえよければいいという考え方だ。
それに、米国牛の不安要素を並べ立てるだけで、和牛は 「 100%安全 」 という保障を、できる人は皆無である。
一兆歩譲って、「 米国産牛肉は、和牛よりも、煙草より、自動車より、天災より、精神異常の犯罪者よりも危険 」 だと仮定しよう。
その場合、責任はすべて 「 原産地 」 にあるのだろうか。
あるいは、その輸入を認めた通産省、厚生省に、あるのだろうか。
過去に厚生省は、血液製剤を認可して失敗した経緯もあるが、アメリカ人が健康被害を訴えていない現状で、同列に判断することはできない。
同じ 「 容疑者 」 でも、オウムのとばっちりで冤罪の被害にあった気の毒な方と、鬼母の畠山を同列に扱うことができないのと同じだ。
前回、あくまでもビジネスの観点からみて、米国は 「 特定危険部位を取り除いて出荷する 」 という契約条項に違反したので、輸入停止は正しい。
しかしながら、輸出の際にアメリカで背骨を取るのも、日本に輸入してから加工業者が外すのも、効果としては同じである。
危険な部位が混じって入荷してしまった場合に、すべての責任が原産国にあり、まったく中間業者には責任がないというのも不自然な話だ。
また、「 日本政府は国民を殺そうとしている 」 などという常軌を逸した発想は、意見というよりジョークに近く、反論するのもバカバカしい。
政府は 「 輸入を認めた 」 だけで、「 食え 」 と言ってるわけではない。
たまに、「 アメリカ人は大雑把で、日本人は繊細だ 」 とか、見下した評価を並べる人もいるが、明らかに彼らのほうが優れている点もある。
その一つが、「 総体的にアメリカ人は、日本人よりも “ フェア ” を重んじる 」 というところで、この点について日本人に勝ち目は無い。
真珠湾を皮切りに、血みどろの戦闘を繰り返した相手の戦後復興を助け、目論見はあるにせよ、同盟関係を築いてくれたのはアメリカである。
かたや、世界が平和でないことを知りながら、自分たちだけは平和憲法を掲げ、涼しい顔で高みの見物をしてきた日本。
牛肉問題に関しては、日本の一部消費者が大騒ぎしている以上に、偏りすぎた安全評価に関して多くのアメリカ人は、激しく怒っているのである。
冒頭の ウイリアム・ジェームズ による言葉は、「 心の広さ 」 と関係のあることを言っている。
小さなことに目くじらを立てるような、そんな狭い心では賢明な人間になれないわけで、小さいこと、細かいことばかりを気にしすぎてはいけない。
けして 「 食の安全 」 を、小さいことだと言いたいわけではない。
しかし、世の中の様々な危険に比べて、米国産の牛肉が、日本人の生命や健康を脅かす存在であるとは、どう転んでも説明できない。
警戒をするのは悪いことじゃないが、まだ被害も報告されていない未知の不安に、バランスの悪い評価ばかりを下すのは、単なる愚行である。
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