Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2006年07月12日(水) 愛しにくい隣人たち



「 すべての人を良く言う人間を信頼してはいけない 」

                    ジョン・C・コリンズ ( イギリスの文学者 )

Never trust a man who speaks well of everyone.

                              JOHN.C.COLLINS



聖書には、「 汝の隣人を愛せよ 」 という一節がある。

その実行が困難なのは、「 隣人を選べない 」 からだろう。


たとえば、近所の子供を誘拐して働かせ、経済的に困窮すればミサイルを撃って脅してくる隣人を、愛することは難しい。

その問題に対して町内で抗議しようとしているときに、団結の輪から外れ、個人的な利害のために善悪の判断ができない隣人も同様だ。

その様子を眺め、「 騒ぎすぎだ 」 と批難しつつ、近所の家長が神社に参拝すると大騒ぎするような隣人も、困ったものである。

愛とは 「 見返りを期待しないもの 」 であることも事実だが、隣人にも少しは 「 愛される努力 」 をしていただきたいと思う。

お互いの気持ちを思いやれない中で、愛など生まれるはずもない。


東京都中野区で、自宅の庭にゴミを放置し悪臭を漂わせていた男が、区の改善命令に従わなかったとして、都環境確保条例違反容疑で逮捕された。

庭や敷地内にゴミを溜める輩はたまに居るようだが、この男は自分の排泄物を放置したり、魚や残飯を鍋で煮炊きまでしている。

また、早朝に怒鳴り声を上げたり、異常な行動が多かったようだ。

警視庁の調べに対して男は、容疑を認めながらも、そこに至る動機については口を閉ざしているらしい。

こんな隣人を持つ町内の方々は、さぞやお困りだっただろう。


精神鑑定を施すと、おそらく 「 正常ではない 」 という診断結果が出るだろうし、都条例に違反したぐらいでは重罰に処せられない。

事実、若い人などに多い 「 片付けられない症候群 」 の中にも、ADHD = 注意欠陥多動性障害 という脳の障害を抱えた人がいる。

この男の場合は、自分の排泄物を処理しないで溜めていたことなどから、自己愛性人格障害の可能性が高く、そのような診断が下るだろう。

悪臭の中心にいて、本人は何も感じないという点も、重病である。

生まれつきゴミを溜める人間などいないのだから、精神病にしても、神経症にしても、当然、これは後天的な病気である。


有罪になる場合も、彼らを罰する法律はなく、「 公害 」 と同様に条例違反として扱われ、最高でも一年以下の懲役か、50万円以下の罰金になる。

こういった事件があるたびに、「 病気なんだから仕方がない、ここは暖かく見守ってあげましょう 」 といったコメントをする人が、必ず現れる。

それは、「 隣人ではない 」 からである。

この男の家の前で店舗を経営していた人は、悪臭が原因でお客さんが寄り付かなくなり、閉店、廃業を余儀なくされた。

不眠などの身体的苦痛や、精神的苦痛に悩まされていた人も多い。


もし、隣家のゴミ屋敷が原因で、自分の子供が皮膚疾患や、あるいはもっと深刻な病気で苦しめられたとしても、隣人を愛せるだろうか。

受験生がいて、勉強が手につかずに落第しても、悪臭で神経を病んだ奥さんが家事をしなくなっても、ご主人が帰宅しなくなっても、平気だろうか。

それでも隣人を放置するという人は、「 嘘つき 」 か、「 異常者 」 か、「 自分や家族を外敵から守る責任感のない人 」 である。

隣人の罪を許し、愛すること自体には問題ないが、放置することは、自分のためにも、相手のためにも、地域、社会全体のためにもならない。

罰するか、隔離するか、改めさせるしか方法はないだろう。


悪いのは、ゴミ屋敷ではなく、そこに住む住人であり、病気ではなく、病人のとる行動なのである。

映画やテレビドラマでは、精神病患者や障害者は、皆、「 いい人 」 であり、悪い人間であることはない。

実際には、良い病人もいれば、悪い病人もいて、そのような事件が起きるたびに、「 キレイ事の世界 」 との間のギャップに戸惑う。

また、隣人を選ぶことはできないのに、無条件に 「 汝の隣人を愛せよ 」 という教訓を、無理に押し付けようとする人が現れる。

そして環境は、また住みにくい状態に陥っていくのである。


患者への配慮からか、精神病をソフトに 「 心の病気 」 と呼んだり、うつ病になった人に 「 心が風邪をひいたね 」 などと言う人がいる。

現実には、「 心の病気 」 などと言っても、心臓が悪くなったわけではなく、それは医学的に言うと 「 脳の故障 」 である。

実際、神経症の場合は心理療法を主体に用いられるが、精神病の場合は薬物投与がメインで、心理療法は二次的に用いられるものだ。

病気は、それ自体が悪でも、恥でもないが、感染させたり、他人に危害や迷惑を与えないように配慮するのは、病人としてのつとめである。

何も悪いことをしていない精神病患者まで差別する必要はないが、それが犯罪や、公害などに結びつく場合は、強制的に治癒させるべきだろう。


ゴミ屋敷をつくる人間は、周囲に馴染めなかったり、閉鎖的な環境の中で、「 自分に注目を集めたい 」 ケースが多い。

自己愛型人間が、すぐに 「 自殺するぞ、死んじゃうぞ 」 と周辺に言い放つのと同じ傾向で、「 自分を大事にしてもらいたい 」 心理である。

地域のコミュニケーションが疎遠になった昨今、往時の勢いを失い自信を喪失した中高年や、ひきこもりの若者の間で増え続けている。

ぬるま湯の中で甘受し、慈悲を向けるだけでは解決しない。

逸脱した隣人には、模範的な隣人になるための指導や、矯正が不可欠であり、そこで初めて 「 隣人を愛せる 」 ようになるのだ。






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