| 2006年07月07日(金) |
北の脅威と、内なる敵 |
「 恐怖から交渉をしてはいけない。
しかしまた、交渉するのを恐れてもならない 」
ジョン・F・ケネディ ( アメリカ合衆国第35代大統領 )
Let us never negotiate out of fear. But let us never fear to negotiate.
JOHN.F.KENNEDY
どこかの愚か者が、海に7個の不法投棄をしたという。
その目的が何で、次に何を企んでいるのか、世界で話題になっている。
昔から 「 弱い犬ほど、よく吠える 」 という。
弱い者ほど虚勢を張りたがり、威嚇したり、大声を上げたりする。
強い者は、実際に戦いが始まったら勝てるのだから、戦う前に相手を威嚇したり、脅したりする必要などなく、悠然と構えていられる。
弱い者は、強い者に屈するか、戦って負けるか、あるいは戦いが始まらないように何らかの手を打つ必要がある。
それには、平和的、理知的、紳士的な手段もあれば、粗暴な手段もある。
少し前に、東大阪大学の学生が、岡山の同世代の若者とトラブルになり、生き埋めにされて殺された事件があった。
もちろん加害者の罪は重いが、事件の発端は被害者側が 「 暴力団に知り合いがいる 」、「 生き埋めにするぞ 」 などと脅したことが原因のようだ。
結果、威勢よく威嚇した側はリンチに遭い、生き埋めにされ殺された。
大阪に住んでいると、そういう 「 ガラの悪い言葉で相手を威嚇する 」 連中を目にする機会も多いが、大半は 「 口ほどにもない 」 弱い人間である。
私自身、そのような台詞を吐いたことはないが、吐かれたことはあり、その結果は、無視したか、あるいは返り討ちにしたか、どちらかである。
本当に暴力団に知り合いがいて、その威力を行使するつもりなら、いないところで脅し文句など吐かずに、最初から連れてくるのである。
相手を生き埋めにして殺す覚悟ができているのなら、「 予告 」 などせずにいきなり埋めたほうが成功率は高い。
殺された被害者たちは 「 口だけ 」 で、加害者たちには 「 殺意 」 があったので、威嚇などせずに殺害を実行した。
自殺者も同じで、本気で死のうと思っている人間は、周囲に言いふらしたりせず周到に計画を練り、一人静かに実行して死に至る。
誰かれなしに 「 死にたい 」、「 死んでやる 」 などと言う連中は、本心では死にたくない臆病者で、周囲の関心を集めたいだけの甘えん坊である。
本気で戦争を始める気があるなら、誰もいないところにミサイルを打ち込むようなバカな真似はしないものである。
太平洋戦争で日本が真珠湾を攻撃したように、「 本当に戦う覚悟 」 があるなら、交渉のための威嚇でも、見せかけではなく実際の攻撃を仕掛ける。
もちろん、そんなことをすれば現状に後戻りはできないわけだが、遠く離れた場所にミサイルを落としたり、口先で脅すだけでは相手が怯まない。
むしろ、「 弱さ 」 を相手に露呈させるだけで、不利に陥るだけだ。
それでもミサイルを放ってきたのは、過去において日本側が 「 極端な弱腰外交 」 を展開してきたことと、強気に転じさせない勢力の存在が原因だ。
今回のミサイル報道においても、コメンテーターの一部に 「 不良少年を追い込むことが解決策ではない 」 などの間抜けな発言をする人間がいる。
あるいは、「 あくまでも話し合い、外交努力をすべき 」 などと発言する馬鹿な解説者もいる。
もちろん、対話の余地を残すことは必要だが、「 ミサイルを発射した側 」 が謝りもしないうちに、日本側から積極的に話し掛ける理由などない。
彼らが謝罪して、今後の方策を話し合いたいと申し入れてきた場合には、意地を張らずに耳を傾けてよいだろうとは思う。
しかし、こちらから 「 貴国はミサイルを打ちましたけど、本心では平和的な解決をしたいんじゃありませんか 」 などとフォローするのは馬鹿げている。
威嚇され、脅されているにもかかわらず、「 このような事態に陥ったのは、外交努力が足りない日本政府の責任 」 などと語るキチガイもいる。
日本側にとって本当の敵は、「 標的にミサイルを当てられない弱小国家 」 よりも、内に潜む 「 善悪の見境もつかない非国民 」 のほうかもしれない。
彼らが、「 近隣諸国との対等な立場での外交 」 を阻害し、人権を盾にとり 「 凶悪犯罪者 」 の刑期を短縮し、巷に異常者を野放しにする。
日本の治安と秩序を混乱させ、安全な暮らしを脅かしているという意味では、テポドンより、工作員より、彼らの存在こそが害悪になっている。
もはや北の某国は脅威でもないが、そろそろ 「 内なる敵 」 を排除していかなければ、野犬除けに思わぬ出費を強いられる危険があるだろう。
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