Tonight 今夜の気分
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2006年06月12日(月) 畠山容疑者の動機



「 道徳的なことは行った後で気持ちがよいことであり、

  不道徳なことは後味の悪いことである 」

                 アーネスト・ヘミングウェイ ( アメリカの作家 )

What is moral is what you feel good after and
what is immoral is what you feel bad after.

                            ERNEST HEMINGWAY



不道徳な人間の顔つきは、だいたい似た傾向にある。

ベテランと呼ばれる刑事は、それを見分ける特技を身に付けている。


秋田県で発生した小一男児殺害事件は、畠山容疑者の逮捕により徐々に真相究明の時期が近づいてきた。

ただ、いまだにハッキリしないのが 「 動機 」 の部分である。

自分の娘が死亡したことで錯乱していたとか、近隣への怨恨とか、警察への挑戦とか、マスコミは様々な仮説を伝えている。

犯人であることは間違いないが、動機が不明というのは釈然としない。

はたして殺害の動機は、事件の真相は、どうなっているのだろうか。


私の推論は、「 まず、畠山容疑者が自分の娘を殺し、犯行を隠蔽するために近所の子供も殺害した 」 という仮説である。

あたかも 「 連続殺人鬼 」 がいるかのように見せかけ、自分の娘も、小一男児も犠牲者であるかのように、偽装工作をしたのではないか。

女児は生前から容疑者に ネグレスト ( 養育の怠慢、放棄 ) を受けていたという証言があり、自分の娘と言えども殺害の動機はある。

娘の遺体が発見された後、警察の捜査によって 「 自分が疑われている 」 と容疑者が感じたとすれば、隠蔽工作を考えても不思議ではない。

田舎のことだから、警察の聴きこみが、普段の親子関係を知る近所に及んだ場合、畠山容疑者に疑いの目を向けるのもうなずける話だ。


自分が関与したのでないならば、事故であろうと事件であろうと、娘が死亡した直後に、どんな理由があろうと 「 殺人 」 など犯せるだろうか。

普通の親なら、何をする気も起こらないほど、憔悴するはずである。

近所の子供を殺害し、車で運び、死体を遺棄したうえで、普段の日常生活に戻るなどという離れ業を行うのは、不意に子供を失った人間には難しい。

それが、「 不意 」 ではなかったとしたら、話は違ってくる。

つまり、何らかの理由で 「 自分の子供が死ぬことは知っていた 」 場合で、それはすなわち本人の手による殺害を意味するものだ。


あくまでも推測の域を出ないが、このような理由から、「 畠山容疑者は自分の娘を殺し、犯行を隠蔽するために別の殺人も犯した 」 と推察される。

当然、警察も同じような可能性を検証しているだろうから、女児の死因についても改めて捜査を進めているはずだ。

いづれにせよ、このような鬼畜は再び世に戻す必要などない。

世の中に 「 生まれてこなければよかった人間 」 はいないが、その行いによって 「 死んだほうがよい人間 」 に変貌することはある。

極刑以外には考えられず、早々に結審してもらいたいものである。






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