| 2006年06月03日(土) |
共謀罪成立が、そんなに困るものなのか |
「 新しい意見は、ただ単に一般的ではないという理由で、
いつも疑われ、たいてい反対される 」
ジョン・ロック ( 17世紀イギリスの哲学者 )
New opinions are always suspected, and usually opposed, without any other reason but because they are not already common.
JOHN LOCKE
世の中には疑り深く、それを 「 慎重 」 と勘違いしている人がいる。
自国の政策を素直に信じられない愚かさを、普通は慎重と考えない。
共謀罪が成立すると困るとか、夜も眠れないとか、そういう不思議な感覚を持った人たちがいて、反対する野党の後ろ盾になっている。
そればかりか、「 成立しないようで ホッ とした 」 なんて人もいるようだが、そういう人たちは一体、これから何をしようと企てているのだろう。
おそらく普通の生活を正常な神経で営んでいる人にとっては、こんな法案ができたところで、日常生活には何の影響も及ぼさないはずである。
たしかに従来の刑法とは違い、「 犯罪を実行しなくても、計画しただけでも処罰の対象となる 」 という点に、関心を持っても不思議ではない。
しかしながら、マトモな人間であれば、犯罪を実行しないだけでなく、計画もしないはずなので、この制度を脅威に感じる理由などないのである。
こういうことを書くと、楽観的すぎるとか、政府の陰謀によって罪を着せられるなどと反論する人もいるのだが、その意見も理解し難い。
犯罪の計画を立てないとか、政府に謀殺されるような反社会的活動をしないということが、そんなに不自由なことなのだろうか。
逆に、犯罪の計画を立てたり、自国の政府に敵対する権利は、テロ活動を防止する以上に、どうしても擁護しなければならないものだろうか。
日記に 「 ○○を殺す 」 と書いただけで処罰されるなどと、声高に主張する人もいるが、法律にかかわらず、そんな記述は誉められた行為ではない。
日頃、日本人のモラルが低下しているなどと嘆きつつ、この法案には反対する人などは、その主張に矛盾があるような気がしてならない。
また、この法案は 「 国連をはじめとする国際世論の要望 」 でもある。
イラクに自衛隊を派遣すると 「 国連の決議案に反する 」 と息巻き、海外で地震が発生すると 「 国際貢献が少ない 」 などと吠える人がいる。
ところが、そんな彼らが正義の御旗として担ぐ国連の要望するこの法案には、日本政府として断固、反対の姿勢を貫くべきなどと主張する。
自由世界の使命と、我が国の果たすべき役割というものを考えると、受け入れざるを得ないと思うのだが、その点についてはまったく触れられない。
自分の気分しだいで、国際貢献を語ったり、利己的なわがままを通そうとしたり、とてもじゃないが 「 正常な大人 」 の思考とは思えない。
一般人の中では、「 アメリカが嫌い 」 という歪んだ思考が原点にあって、「 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い 」 という人に、反対論者が多いようだ。
確固たる理由もなく、超大国が嫌いというタイプは、たとえば男性の場合、ペニスの大きさにコンプレックスを抱いている人に多い。
子供の頃からスポーツが苦手で、いじめられっ子だったとか、大企業に属し評価が低く出世できないとか、そういう御仁にもこのタイプは多い。
もちろん、すべて反対論者がそうだとは言わないが、自由社会の中で一翼を担おうとする発想があれば、成立の必要性にも目を向けるはずである。
政府に対し、政治的利害のある民主党が反対するのはともかく、無条件に成立を阻止しようとする一般の人は、ちょっと、どうかしていると思う。
犯罪者の人権を過剰に擁護する風潮が、凶悪犯罪を増加させ、警察の検挙率を落とし、世の中の治安を悪化させてきた。
人格障害者、異常者を隔離せず放置した結果、子供たちが野外で遊ぶ光景が減り、引きこもりや、対人能力の低い若者を増加させた。
ここでまた、「 政府の陰謀 」 を怖れ、警戒し、犯罪の計画や相談を取り締まろうとする動きに、ブレーキをかけることが正しい選択だろうか。
一握りの不心得者を庇って、日本を、マトモな神経をもった善良な市民が 「 ますます生活し難い環境 」 にしていくことを、誰が望んでいるのか。
そう考えると、どうしても反対意見には首を傾げてしまうのである。
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