「 すり減らすほうが、錆び付かせるよりもよい 」
リチャード・チェンバーランド ( アメリカの俳優 )
It is better to wear out than to rust out.
RICHARD CHAMBERLAND
明日からまた、新しい仕事に参加することになった。
最初は儲からないかもしれないが、大きな事業に発展する愉しみがある。
人の一生は短いので、楽しまなければ損だと思っている。
勤め人の場合は難しいが、今の私のように自営している人間は、あちこち顔を出して、いろんな分野に資金と労力を投資するのも面白い。
見込みのないものは早めに退散し、望みのあるものは追いかける。
収支が順調でもツマラナイものは他人に譲渡し、自分はできるだけ新しい発見のある分野に深く関わりながら、その中でまた新しい仕事を見つける。
この数年はその繰り返しでやってきたが、時間のやりくりに苦労しながらも、多くはない利益と、少なくはない人脈を、その成果として手に入れた。
日本のサラリーマンは働き過ぎだという説もあるが、拘束時間が長いことと、よく働いていることを混同しているケースも多い。
副業が許されない背景もあるが、企業でサラリーマンとしてひとつの仕事に取り組むことは、ある意味 「 楽 」 な部分もある。
むしろ、家事と子育てを両立しなければならない専業主婦のほうが、同時に別のことを考えなければならなかったりして、複雑な苦労もあるだろう。
どちらがエライということではないのだが、自営して複数の仕事に携わるようになってから、なんとなく主婦の感覚がわかるような気がしてきた。
主婦という仕事には、経営感覚みたいなものが必要なのかもしれない。
けして 「 よからぬこと 」 をしているわけではないが、私の周りには主婦や、子供のいる女性といった友人も多い。
彼女たちと話をしていると、「 視点が違うと、物事の判断や価値基準も異なる 」 ということがよくわかり、いろいろと勉強になることがある。
また、男性は女性に対して 「 女性というものは、こうあってほしい 」 と勝手に期待している部分が多いので、実態とのギャップに驚かされたりもする。
男性と女性では 「 ここが違う 」 と思っている点が違わなかったり、「 これは同じだろう 」 と思う点が違ったりして、なかなかに奥が深い。
女性のキャリアカウンセリングをするときにも、その勉強は役に立ったが、学んだからといって自分の恋愛が向上したかというと、…疑問である。
女性の多くは、男性以上に忙しく家事をこなしながら、なおかつ社会に参画して働きたいと望んでいる。
しかし社会は、男女雇用均等法など、法的な整備が進行したからといって、まだまだ女性が 「 働きやすい環境 」 にあるとは言い難い。
テレビで 田島 陽子 さんが女性の地位向上について力説している姿をよく目にするが、労働問題に深く関わっていると、実は、よくわかる点も多い。
女性の潜在的能力は、多くの仕事で男性以上の活躍を見込めるだろうし、その成果として、報酬と達成感を得られる機会が顕在しているはずだ。
女性像が変化したのではなく、過去において、その能力と権利を 「 封印 」 してきたが、最近になって主張する人が現れ始めただけのことである。
総体的に、働く女性は、男性よりも身の周りを清潔に保ち、化粧をしたり、家事全般を行い、そのうえで社会に参画する意欲を備えている。
問題は、特に既婚男性に求められる 「 甲斐性 」 の点で、女性よりも収入が少なかったり、女性を養育できなくなると困るというところだろう。
女性の社会進出が伸びると、男性の平均収入が下回り、家族を養えなくなるので困るという意見が、既婚男性には根強い。
もちろん、その場合には社会全体の意識構造も、「 必ずしも男性が女性を養う必要はない 」 という風に変化させねばならず、そこに時間がかかる。
あるいは、多くの 「 負け組男性 」 がパートナーを失い、将来的な出生率の低下などを招く可能性も、ないとは言えないだろう。
それでも、私の知る女性たちはよく働くし、働く意欲を持っている。
仕事から遠ざかってブランクのある女性も、「 すり減らすほうが、錆び付かせるよりはいい 」 と言って、仕事に復帰したがっている。
仕事をいくつか抱えている私が言うのも変だが、「 そんなに働かなくっても、いいんじゃない 」 と制しても、その衝動が収まることはない。
面白いもので、仕事をしたくない怠け者は、たいした仕事もしていないのに 「 働くのは苦痛 」 と愚痴を吐き、よく働く人は 「 働きたい 」 と嘆願する。
強力なライバルの出現は変化をもたらし、闘志を湧かせるので、彼女たちの社会進出を歓迎するが、「 お手柔らかに 」 と願いたい猛者もいる。
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