「 人は皆、無知である。
ただし、それぞれ違う事柄について 」
ウィル・ロジャース ( アメリカの俳優 )
Everyone is ignorent, only on different subjects.
WILL ROGERS
賢い人は尊敬できるが、「 賢そうに振舞う人 」 といると疲れる。
それに、そういう人が一番、信用できないものだ。
知恵や教養を身に付けていることと、賢そうに振舞うことは違う。
偏差値の高い学校を出ていても、そんなことは微塵も感じさせないような 「 アホっぽい人 」 もいれば、その逆のタイプの人もいる。
他人を見下して説教ばかりするので、さぞや立派な学歴や職歴をお持ちかと尋ねたら、「 う〜む・・・ 」 みたいな人もいる。
このあたりは、意外と本人自身が気付いていなかったりするようだ。
また、WEB日記の場合は、日常生活で使わないような表現をするケースも多いので、その文章だけでは人物像が推察できない場合がある。
私の日記は、「 毒にも薬にもならない、どーでもいい日記 」 を目指していて、いまのところ自分自身の評価は、それ以上でも、それ以下でもない。
文章が堅めなので、「 なんとなく難しそうなことを書いている 」 ように感じる人も多いようだが、けしてそのようなことはないと思う。
きっと、平均的な読者層よりも、私自身の年齢が上なので、表現が堅苦しかったり、古臭かったりするだけの話ではないだろうか。
ちなみに、我々のような中年が、若者より落ち着いていたり、しっかりしているとか、賢そうに感じるのは、先入観と錯覚によるものだ。
けして落ち着いているわけではなく、単に若者より 「 元気がないだけ 」 で、自分自身の若い頃と比較しても、あまり賢くなった実感がない。
では、アホなのかというと、実際にそうなのである。
世の中には自分の知らないことが多いし、どんどん変化していくものだから、いつだって勉強しなきゃいけないし、いくら学んでも追いつかない。
たしかに、好きなことはよく勉強したし、社会人になってから再び留学したりなんかしたので、それなりの知識や特徴を身に付けたかもしれない。
ただ、それが 「 賢そうに振舞う 」 ことと、「 アホっぽく生きる 」 ことの違いには結びつかないし、影響を受ける必要もないはずだ。
自分は、「 アホっぽい生き方 」 を目指し、実践してきたという自負があるので、「 難しそうな日記を書いている 」 などと思われるのは少し残念である。
誤解しないでいただきたいのは、「 アホっぽく生きる 」 ことと、馬鹿げた行動をすることは、けして同じではないということだ。
私の提唱する 「 アホっぽい 」 というのは、なんだか自分が偉くなったような錯覚に陥ったり、他人を見下したりしないように心がけるという意味である。
難しい理屈にばかり囚われていると、規則やら、今の時代には通用しない化石のような 「 常識 」 に縛られて、物事の本質が見えないことも多い。
それよりは、子供のように素直な視点で、「 理屈はよくわからないけれど、実際に困るよね 」 といったシンプルな発想のほうが、現実を直視できる。
だから、私の日記では 「 憲法にこう書いてある 」 とか、「 国際法に違反する 」 なんてことは、ほとんど重要に語っていないはずだ。
たとえば、「 戦争反対 」 と声高に叫ぶ人を例に挙げると、国連がどうしたこうしたとか、大量破壊兵器がどうこうと理屈を並べる人もいる。
これは、たしかに 「 賢そうなご意見 」 である。
それに対し、いい年をした大人が、なぜ戦争反対かと問えば 「 人がいっぱい死ぬから 」 なんて答えると、ちょっと 「 アホっぽい 」 印象がある。
私としては、前者のようなタイプよりも、後者のような人のほうが好きだし、そっちの理由のほうがずっと真相を見極めているように思うのだ。
それに、前者にはいくらでも反論できるが、後者に反論できる余地はない。
イラク戦争では多数の死者が出たけれど、では、「 イラク戦争がなかったら、何人の人間が死んだのか 」 について、あまり語る人はいない。
日本政府が駐留米軍に 「 思いやり予算 」 を支給することを問題視する人も多いが、自衛隊が同等の戦力を確保するのに必要な予算は語らない。
そのあたりが、「 賢そうに振舞っている人 」 の限界なのである。
また、こういうタイプの人は 「 自分は違うけど、大半の日本人はバカ 」 という発言が多く、当然のことながら反感を招くことも多い。
私も 「 現代の日本人は勉強不足 」 という点において同意見だが、それは 「 自分も含めて 」 という注釈がつく。
いま書店では、『 他人を見下す若者たち =自分以外はバカの時代= 』 という本が売れている。
根拠のない 「 仮想的有能感 」 を持ち、他人のキャリアやスキルを否定することで、自己防衛と優越感を確保しようとする若者を指摘している。
読んでみて 「 なるほど 」 とうなづける点も多いけれど、対象が若者の場合には、まだ幾分かの可愛げもあると思う。
中年になって、このような姿勢でいるほうが、よほどみっともない。
自分の意見はそれなりに主張しても、自分だけが正しいとか、他人を見下す発想を持つことは、なるべく避けたほうが望ましいだろう。
日記の文章でいうと、「 賢明なる読者の皆様なら 」 といった記述も、特定の読者をおだてているようで、実はバカにしているような印象がある。
あるいは、「 国民は政府に騙されている 」 なんて記述も、政府を攻撃しているようにみせかけて、実際には 「 騙されるバカ 」 を標的にしている。
問題は、国民が賢いか馬鹿かではなく、「 誰のための政府か 」 であると私は思うのだが、そういう日記を書く人は価値観が異なるようだ。
そうはいっても、たしかに周囲から誉められたり、評価されたりすると、思い上がりやすいのも事実で、自分自身も例外ではない。
これからも日記を書くときには、この心構えを大切にしていきたいと、話題の本を読んで改めて感じた次第である。
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